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第9話 踏み入れたるは極寒地帯




《もうここまで冷気が来てるな、なかなかの寒さだ》

《いよいよ次は極寒地帯ですか。どんな存在が我々を待っているのか……その真相を探る為にジャングルの奥地へと向かったのであった》

《向かうな、帰ってこい》


 というか、なんでいきなりジャングルなんだよ。


《分かりません。メモリー領域にこのタイミングにはこれを言え、と唯一残されていました》

《よりにもよって残された記憶がそれだけ!?》


 なんて都合の良い記憶喪失なのか……そんなことより、


《密林地帯なら前に行ったぞ》

《マジですか。あるんですかジャングル》

《あるけど……ジメジメしているし、放送の電波は悪くなるし、そもそも湿気で機材が壊れて大変だった記憶しかないな》

《機械の私には天敵ですね》


 そりゃそうか、やはり精密機械に水や湿気は駄目だよな。


《今時点でかなり寒いけど、それは大丈夫なのか?》

《私はどうやら広域温度耐性を持っているみたいなので、極低温から超高温まで活動可能なようです》


 おーそんな能力が、凄いなアンドロイド。


《それに付随して……ナギ少しだけコップをお借りしますね》

《お? このコップか?》


 丁度コーヒーを飲んでいたコップを手渡すと、シエルはそれを自身の口に近づけ――


《おぇーー》

《なにしてんだお前はぁぁぁ!!?》


 突然、口から液体を吐き出し、俺のコップへと注ぐ。見た目はどう考えても嘔吐そのものだが、


《これは”お湯”です。空気中の水分を吸収、体内で濾過後にお湯にしてみました。新能力です》

《それにしたって汚いな……うわ、コーヒー薄まってるよ……》

《シエルちゃんの新能力をもっと喜んでくださいよ。そこは我々の業界ではご褒美です、と言うところです》


 俺はアンドロイドで興奮するほど、そんな特殊性癖じゃないんだよ。


 相変わらずのシエルに振り回されながら、定期放送を終えた。







 遂に極寒地帯に足を踏み入れる。

 積もった雪の踏み心地の良い感触を味わいながら、目の前の光景に目を向けた。


「見てくださいナギ、防寒着を着たモコモコなラブリーシエルちゃんです。可愛過ぎます。法的に大丈夫なのでしょうかこの可愛さは」


 暖かそうな衣装に身を包み、普段の地面と違う積もった雪を何度も踏み締め、跳ね回るシエルはもはや子供と変わらない。


 だからこそ、そんな無邪気な可愛さに思わず笑みが溢れる。


「なにシエルちゃんを見て笑っているのですか。ナギはこんな小さな生き物に興奮する変態ですか」

「やっぱ可愛くないなーー」


 いつものノリで旅をしているが、この極寒地帯は凄まじく寒い。

 俺自身も爺ちゃんから話を聞いていただけで、実際来たのは今回が初めてだ。


 喉が凍傷になるから防護マスクを着け、完全な防寒着で冷気を遮っても、なお寒い。ここは生き物が生きる場所じゃない。


「シエルは大丈夫なのか? この寒さ」

「問題ありません。広域温度耐性ですので」


 便利なことで、羨ましい限りだ。


「寒いのであればお湯を出しましょうか。口から」

「こんなところで水分なんて出してみろ? 下手したら口から出してる最中に凍るぞ?」


 まるで氷の柱にかじりついた変な奴、みたいになるぞ? 良いのか?


「そんなシエルちゃんは嫌です。諦めて氷像になってくださいナギ」

「そもそも頼んでないんだが!?」


 やめろよ……いくらマスクを着けてても、寒いものは寒いんだから……、


「それにしても、いつまでもここにいるわけには行きませんね」

「だな。良い天気の防寒着でもう寒いんだから、吹雪いてきたら終わりだ」

「墜落物も何処にも見当たりませんし、これは困りましたね」


 極寒地帯の名の通り、本番はこれからだ。

 今は良くてもこの後どうなるか分からない。爺ちゃんからも言われたが、ここは生き物が生きていける場所ではないのだ。


「私は耐性がありますが、私の道具たちはさすがに寒くて機能不全起こしているようです」

「そりゃ、これだけ寒ければそうなる」

「少し先を見て来ます。ナギはここで待っていてください」


 シエルからの突然の提案に、俺は理由を尋ねてみる。


「耐性のある私なら何処までも行けますが、こんな足場の悪い場所、なにか会った時にすぐ対応できません。ナギの安全のためです」


 なるほど、理に適っている。

 実際、防寒着を着た動きずらい俺より、可愛らしいモコモコ軽装備のコイツの方が小回りも効くだろう。

 こんな場所で余計に体力を使うより、無尽蔵に動けるシエルに頼むのが合理的だ。


「分かった。頼めるかシエル」

「お安いご用です」


 シエルは俺と歩いていたよりも早い速度で雪道を走り出す。やはり動きずらい俺に気を遣ってくれていたようだ。

 ここは大人しくシエルの帰りを待つとしよう。


「それにしても凄いなここは」


 見渡す限りの雪、雪、雪。

 真っ白な世界に残っているのは、既に消えかけたシエルの足跡だけだ。

 こんな時、暇つぶしでやることは決まっている。


「……雪でも転がすか」


 シエルを待っている間、雪を集めて転がし、大きくしながら待つ。

 子供の頃に雪を見た時もそうだったが、何故か雪を見ていると、転がして大きくしたくなる。雪にはそんなよく分からないことをさせるという、そんな魔力があるのだ。


 そして時間が経ち、手のひらくらいの大きさの球体だった雪の塊は、下の大きな胴体と、上に乗せた胴より少し小さな球体となった。

 雪だるまの完成だ。


「我ながら良い完成度……」


 後ろに少し下がって立派な雪だるまを眺めようとした瞬間、


「え――」


 先ほどまで足にあった雪の感覚は突然消え、地面が白く覆われ見えない状態で、足が宙に浮き――




「嘘だろマジかァァァ!!!」




 自然に出来た落とし穴にはまり、俺は雪の下へと落ちていった。




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