第9話 踏み入れたるは極寒地帯
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《もうここまで冷気が来てるな、なかなかの寒さだ》
《いよいよ次は極寒地帯ですか。どんな存在が我々を待っているのか……その真相を探る為にジャングルの奥地へと向かったのであった》
《向かうな、帰ってこい》
というか、なんでいきなりジャングルなんだよ。
《分かりません。メモリー領域にこのタイミングにはこれを言え、と唯一残されていました》
《よりにもよって残された記憶がそれだけ!?》
なんて都合の良い記憶喪失なのか……そんなことより、
《密林地帯なら前に行ったぞ》
《マジですか。あるんですかジャングル》
《あるけど……ジメジメしているし、放送の電波は悪くなるし、そもそも湿気で機材が壊れて大変だった記憶しかないな》
《機械の私には天敵ですね》
そりゃそうか、やはり精密機械に水や湿気は駄目だよな。
《今時点でかなり寒いけど、それは大丈夫なのか?》
《私はどうやら広域温度耐性を持っているみたいなので、極低温から超高温まで活動可能なようです》
おーそんな能力が、凄いなアンドロイド。
《それに付随して……ナギ少しだけコップをお借りしますね》
《お? このコップか?》
丁度コーヒーを飲んでいたコップを手渡すと、シエルはそれを自身の口に近づけ――
《おぇーー》
《なにしてんだお前はぁぁぁ!!?》
突然、口から液体を吐き出し、俺のコップへと注ぐ。見た目はどう考えても嘔吐そのものだが、
《これは”お湯”です。空気中の水分を吸収、体内で濾過後にお湯にしてみました。新能力です》
《それにしたって汚いな……うわ、コーヒー薄まってるよ……》
《シエルちゃんの新能力をもっと喜んでくださいよ。そこは我々の業界ではご褒美です、と言うところです》
俺はアンドロイドで興奮するほど、そんな特殊性癖じゃないんだよ。
相変わらずのシエルに振り回されながら、定期放送を終えた。
◆
遂に極寒地帯に足を踏み入れる。
積もった雪の踏み心地の良い感触を味わいながら、目の前の光景に目を向けた。
「見てくださいナギ、防寒着を着たモコモコなラブリーシエルちゃんです。可愛過ぎます。法的に大丈夫なのでしょうかこの可愛さは」
暖かそうな衣装に身を包み、普段の地面と違う積もった雪を何度も踏み締め、跳ね回るシエルはもはや子供と変わらない。
だからこそ、そんな無邪気な可愛さに思わず笑みが溢れる。
「なにシエルちゃんを見て笑っているのですか。ナギはこんな小さな生き物に興奮する変態ですか」
「やっぱ可愛くないなーー」
いつものノリで旅をしているが、この極寒地帯は凄まじく寒い。
俺自身も爺ちゃんから話を聞いていただけで、実際来たのは今回が初めてだ。
喉が凍傷になるから防護マスクを着け、完全な防寒着で冷気を遮っても、なお寒い。ここは生き物が生きる場所じゃない。
「シエルは大丈夫なのか? この寒さ」
「問題ありません。広域温度耐性ですので」
便利なことで、羨ましい限りだ。
「寒いのであればお湯を出しましょうか。口から」
「こんなところで水分なんて出してみろ? 下手したら口から出してる最中に凍るぞ?」
まるで氷の柱にかじりついた変な奴、みたいになるぞ? 良いのか?
「そんなシエルちゃんは嫌です。諦めて氷像になってくださいナギ」
「そもそも頼んでないんだが!?」
やめろよ……いくらマスクを着けてても、寒いものは寒いんだから……、
「それにしても、いつまでもここにいるわけには行きませんね」
「だな。良い天気の防寒着でもう寒いんだから、吹雪いてきたら終わりだ」
「墜落物も何処にも見当たりませんし、これは困りましたね」
極寒地帯の名の通り、本番はこれからだ。
今は良くてもこの後どうなるか分からない。爺ちゃんからも言われたが、ここは生き物が生きていける場所ではないのだ。
「私は耐性がありますが、私の道具たちはさすがに寒くて機能不全起こしているようです」
「そりゃ、これだけ寒ければそうなる」
「少し先を見て来ます。ナギはここで待っていてください」
シエルからの突然の提案に、俺は理由を尋ねてみる。
「耐性のある私なら何処までも行けますが、こんな足場の悪い場所、なにか会った時にすぐ対応できません。ナギの安全のためです」
なるほど、理に適っている。
実際、防寒着を着た動きずらい俺より、可愛らしいモコモコ軽装備のコイツの方が小回りも効くだろう。
こんな場所で余計に体力を使うより、無尽蔵に動けるシエルに頼むのが合理的だ。
「分かった。頼めるかシエル」
「お安いご用です」
シエルは俺と歩いていたよりも早い速度で雪道を走り出す。やはり動きずらい俺に気を遣ってくれていたようだ。
ここは大人しくシエルの帰りを待つとしよう。
「それにしても凄いなここは」
見渡す限りの雪、雪、雪。
真っ白な世界に残っているのは、既に消えかけたシエルの足跡だけだ。
こんな時、暇つぶしでやることは決まっている。
「……雪でも転がすか」
シエルを待っている間、雪を集めて転がし、大きくしながら待つ。
子供の頃に雪を見た時もそうだったが、何故か雪を見ていると、転がして大きくしたくなる。雪にはそんなよく分からないことをさせるという、そんな魔力があるのだ。
そして時間が経ち、手のひらくらいの大きさの球体だった雪の塊は、下の大きな胴体と、上に乗せた胴より少し小さな球体となった。
雪だるまの完成だ。
「我ながら良い完成度……」
後ろに少し下がって立派な雪だるまを眺めようとした瞬間、
「え――」
先ほどまで足にあった雪の感覚は突然消え、地面が白く覆われ見えない状態で、足が宙に浮き――
「嘘だろマジかァァァ!!!」
自然に出来た落とし穴にはまり、俺は雪の下へと落ちていった。




