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第10話 大切な存在



「痛っ……といっても雪がクッションになって幾分かマシか」


 地面があると思っていた足元から落下し、たどり着いた場所は、パイプやコードが張り巡らされた謎の鉄の洞窟だった。


「上は……見えないな。結構落ちてきたから見えなくても仕方ないか」


 上を向いても陽の光が見えないことから、おそらく俺が落ちた穴は再び雪で埋もれてしまったようだ。

 

 自由落下というよりも、雪が積もって滑り台のようになったところから落ちてきたおかげで良かった。

 ただ落ちただけなら大怪我どころか、ここで命を落としていてもおかしくなかったわけだしな。


 いや、そんなことよりも、突然姿を消した俺をシエルは心配するはずだ。


「なんとしても合流しないと」


 考えた末、ここで留まることをやめて、洞窟内を進み始める。


 しばらく歩いてみても風景は変わらず、薄暗く金属臭い洞窟はどこまでも続く。

 寒いことには寒いが、地上ほどではない。

 マスクを外して呼吸をしても、肺が凍てつく感覚に襲われないことから、上にいた時よりは間違いなく動きやすい場所だ。


「唯一不満なのは景色が悪いところだな」


 相変わらず、何かが起こるまで歩き続けてみるが、どこまでも何も変わらない世界。

 落ちてからどれ程の時間が経ったのだろうか。シエルは今頃何をしているのか。


「俺がいなくなってること、アイツは分かってるか?」

《はい。認識していますよ》

「そうか、なら良かった。悪いないきなりいなくなって」

《お気になさらず。ナギがいなくなって五時間三十九分経ちましたが、私は手当たり次第に捜索していますよ。えぇ、お気になさらずに》

「そ、そうかーーもうそんなに経ったのか――あれ?」


 突然近くから聞こえてきた声。

 落ちてからそれなりに歩いた気はしていたが、それでも五時間という数字は、俺の感覚を大きく裏切った。

 それよりも、慣れ親しんだ会話にいつものペースで話していたが、自分一人しかいないこの状況から違和感を覚え、俺は辺りを見渡してみる。


「誰もいない……よな?」


 暗闇を歩いているうちに、目は慣れて暗くてもある程度は周りを確認することができる。

 変わらず俺一人の空間、そこに響くやつの声。


《シエルちゃんには分かります。今のナギの様子が手に取るように。私の声がどこから聞こえたのか分からずに慌てている姿が見えてきます》

「貴様!? さては見ているなぁ!?」

《そう錯覚されるほど、ナギのことは分かります。ずっと……ミテマスヨ》

「突然のヤンデレやめてくんない? てかお前そこにいたのか!!」


 どこから聞こえているのか不思議に思っていたが、声の発生源が放送機材から鳴ってることに気付く。お前そこから鳴ってたのかよ。


《前に機材の不調を直した際に細工をしておきました。これはシエルちゃんの優秀なところが出ちゃいましたね》


 声しか聞こえないけれど、相変わらずのシエルの調子良い話。

 久々に一人でいる環境が続いて寂しさを覚えていたが、気分はだいぶ回復した気がする。

 まさかシエルで安心する日が来るとは、俺はもうここまでかもしれない。


《なにか失礼なことを考えましたか。ナギ》

「いやいやいや、そんなこと思うわけないだろう?」

 

 シエルの声が聞けて良かったよ、と言うとシエルは声のトーンは変わらないが、嬉しそうに声を弾ませている……ような気がする。


 さて、


「ちなみに聞いて良いかシエル?」

《なんでしょう。今のシエルちゃんは上機嫌なのでなんでも話してあげます》


 あ、そうなの? なら聞くけど。


「なんで最初から連絡してきてくれなかったんだ? 俺がいなくなったと分かった時に連絡できたんじゃないか?」

《シエルちゃん的にはナギのことを心配して死ぬ物狂いで探したんです。なんせいきなり旅のお供が姿を消したわけですし、得体の知れない存在の食料になったのかと不安でした》

「え、あ、そ、そうなのか。ごめんな心配かけて」

《どこ探してもいないですし、日も落ちて暗くなって何も見えない状況。もう気が気ではありません。私がいくら優秀でも万能ではありません》

「そ、そうか」


 なんか……俺が言ったことに対しての返答じゃない気がする……これはもしや?


《そもそもナギは》

「なあシエル」

《なんですか》

「回りくどいから要点をハッキリ聞かせてくれ。なんで連絡して来なかったんだ?」

《……》


 さっきまでよく喋っていたシエルだったが、俺が改めて聞くと、しばらく黙った後にゆっくり音声が流れてきた。


《……連絡手段の存在を内蔵された記憶領域から忘却しておりました》

「要するに?」

《忘れておりました》

「素直でよろしい」


 やけに質問に答えないな、と思っていたが、どうやらコイツも連絡できることを忘れていたようだ。

 アンドロイドなのに忘れるとかあるのか。人間らしい奴だ。


《屈辱です。まさかナギに指摘されるなんて》

「まー仕方ないだろ? 誰にだって”ポンコツ”なところはあるだろう?」

《声のトーンが違いますね。ニヤニヤしてる感じを感知しました。馬鹿にしてますね。ナギに馬鹿にされました。一生の不覚です》


 そこまで? 俺に言われるのがそんな悔しいのか?


《自害のために自爆します》

「そこまで!?」


 今までの反撃を込めて言ってみたが、そこまで悔しかったのかよ。人間らしいアンドロイドだな。

 

 寂しかった空間だったけれど、シエルと話すだけでそこが漆黒の空間でも世界が変わる。

 共に旅をした時間が、話をした密度が、俺たちにしかない世界を作り出す。


 やはり俺は、シエルと共にいられることに幸せを感じている――のかも知れない。


《ナギどうしたんですか》

「ん? なにがだ?」

《何やら声の質が変わりました。なにか嬉しいことでもありましたか》

「……どうだろうな? 気のせいだろ」


 シエルに知られてしまうのは少し悔しい。だからシエルに再会した時に伝えよう。






 これからも俺と旅を続けて欲しいと――





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