第4話 残された存在、旅の始まり
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放送を終えてしばらく、なんとかシエルという我ながら良い名前を与えて、気に入っているシエルの様子を眺めながら、自分のネーミングセンスの良さに浸っていると、ふと思い出し、我に帰る。
「そういえばお前さっきの手なんなんだよ」
「ノンノン、違います。私の名前はシエルです。お前ではありません。訂正することを強制します」
めんどくさ……。お前さっきまで自分の名前も覚えてなかったのに、受け入れる早さ凄いな。まあ気に入ってくれているなら良かった。
「シエル」
「はいなんですか。シエルです」
食い気味に言うな……。さて、
「それで? さっきの腕はなんなんだって」
「記憶喪失のシエルちゃんにそれを聞きますか。ならば敢えてお答えいたしましょう」
「ほう」
「分かりません」
「だろうな!!」
記憶喪失の奴に聞いたのは悪かったけど、しっかりとした前置きをわざわざ言わんでも良いだろうに。
それでもさっきの変形を見た側からしたら、聞かないわけにはいかなかったんだよ。
爺ちゃん以外に出会えた〝人間〟だと思っていた者が、ロボットなんだ。動揺するのは当たり前だろう。
「私は普通の人間です。そんな得体の知れないヤツみたいな言い方、少し不愉快で……あ、ユニットから通信がきました。何かがレーダーに入ったみたいです」
お前やっぱり隠す気ないだろ――あ、隠してないのか。短い付き合いだが、馬鹿正直な感じが伝わってくる。
「……いや、ただの馬鹿か」
「どうかしましたか。ご自身のことでも再認識したんですか。意外と賢いですね」
「おっと喧嘩か?」
大金積んで買ってやろうか、と言おうとした時、シエルが先ほど言ったことを思い出した。
「……おい待てシエル、さっき何かがレーダーに入ったって言ってなかったか?」
「はい確かに報告しました。大きさは六メートル程、速度は四十八キロ、動いています……ただ生命反応がありません」
「っ!?」
「不可解です。動いているのに生きていない。これはどういうことで……」
「こっちに来い! シエル!!」
理解できないことに呟き首を傾げ、ナニカが来るであろう方向を眺めていたシエルを、俺は強く抱き寄せ荒野にある岩陰へと身を潜める。
その俺の謎めいた行動を見て、シエルはさらに首を傾げた。
「どうしたのですかナギ。急に身体に触れないでください。セクハラです」
「言ってる場合か!! 今は言うこと聞け!!」
抱き寄せたシエルに覆いかぶさるようにして、マントで頭まですっぽり隠して息を潜める。最初は文句を言っていたシエルだったが、近づいてきたあまりにも大きな足音を聞き、ようやく静かになった。
これを見たら誰だって理解するはずだ。
「ーーッ!! ッ! ーーッ!!!?」
言語は分からないが音が響く。耳鳴りのような、金切り音のような、謎のノイズが聞こえてくる……それが奴らの発する音。
目はなく、輪郭も曖昧な靄のようで、思考は感じられず、ただ何故か強い殺意のようなものを感じる得体の知れない、血に飢えた獣のような存在。
「「……」」
そいつは俺たちが先ほどまでいた場所にいる。
シエルが何か言おうと、静かに口を開こうとしたが、俺は自分の閉じた口元へ人差し指を近づけ、喋ってはいけない意図を伝えた。
意図を汲み取り頷いてくれたシエルだが、一向に動く気配の無い謎の異形のものを見て、コイツは腕を静かに変形させて何かを操作している。
なにをしているのか――緊張感走る中、シエルの行動に目を向けていると、
「__ッガ!?」
突然、動かないでいたそれは、空を見上げ何かに超反応を表した。
見てみると、シエルが発射した物体が小さなエンジン音を鳴らしながら、あらぬ方向へと飛んでいったのだ。
静かになって安全を確認した後、マントを剥がすとシエルが早速質問をしてくる。
「あれはなんですか」
生体反応は無いのに動いており、あまりの異質な存在に対して質問したくなるのは当然だ。
別に嘘を言う必要がないので、素直に答えるとしよう。
「アイツは〝レゾナント〟だ」
「レゾナント……なんですかそれは」
「今、この星の人類は俺以外いるのかも分からない……そんな状況だが、遥か昔には人間は確かにいた」
この星には過去の人の痕跡、昔に生きていた人のデータや存在記録、さらには記憶が何かに残されている。
そんな人の残した何かに影響を受けた朧げで虚な存在、それが〝レゾナント〟なんだよ。
「あんなおぞましい姿のあれが……怖いですね……」
「今回は偶々やばい方のレゾナントだったけど、あれは稀だ。基本的にはアイツらはこっちに干渉して来ないから」
「そうなのですか」
「ここ先に見ると思うぞ。アイツらはどこにでもいるしな」
事実な話だ。
レゾナントは別にこちらに敵対しているわけではない。
アイツらには思考も無ければ、知能も無い。本来であれば奴らは、ただそこにいるだけの無機物のような存在なのだ。
「言うなればそこら中の石と変わらないな」
「あの姿を確認して、そうは思えないのですが」
「さっきの奴も思想の強い残滓の影響であんな風になったんだろう」
遥か昔の人類の強い想いが残滓となって何処かに存在する。レゾナントはあくまでその影響を受けたに過ぎない。
「それよりシエル、さっきは助かったわ。レゾナントは音に敏感だからな、ずっとあれを追いかけ続けるだろ」
「ユニットに命令を出したので燃料が切れるまでずっと飛び続けます。とりあえず一安心です……あのナギ、一つ良いでしょうか」
「どうした?」
俺の応答を聞くと、シエルは自身の腕を変形させて機械仕掛けの腕を眺めながら語り出す。
「どうやら私は人間ではないようです」
「今更?」
「喧しいですよ。話の腰を折らないでください」
あ、す、すいません。
「素直なのは良いことです。それでですねナギ、私は記憶は無いのに何故か使い方を覚えているこの私の正体が気になってまいりました」
「それは俺も同意見だな」
コイツの正体は俺も興味がある。
「私が乗っていたという乗り物? は何処へ飛んでいきましたか?」
「北の方だな、飛んだというより落ちていったけどな」
なるほど、と俺の話を聞き、シエルはしばらく目を閉じていると、静かに目を開け俺を見つめ言い放った。
「私と旅をしてくれませんかナギ」
……なるほど、そうきたか。
「おそらく、私が乗っていたであろう乗り物には私の正体が分かる物があるはずです。私は〝自分の存在を探す為に〟あなたは〝自分以外の人類を探す為に〟お互い行動を共にするメリットを感じます」
「確かにな」
言い方は良くないかもしれないが、コイツの常識を外れた力はこれからの旅に役立つだろう。それに俺もコイツの正体が気になる。
ならば答えは一つ。
良いぜ、連れてってやるよお前を北の地に。
「一緒に行こうかシエル」
「はい。よろしくお願いしますナギ」
こうして人間〝ナギ〟と、機械仕掛けの少女〝シエル〟の旅が始まった。




