血潮の正体
目が覚めたとき、最初に感じたのは――妙な清々しさだった。
重さがない。
だるさも、痛みも、ほとんど残っていない。
あれだけの戦いをした後とは思えないほど、体が軽かった。
「……なんだ、これ」
ぽつりと呟く。
あの日、この世界で目を覚ましたときとはまるで違う。
あのときは、ただただ混乱して、飢えて、何も分からなかった。
今は違う。
頭が、やけに澄んでいる。
ゆっくりと体を起こす。
違和感はない。
手を前に出す。
ぐっ、と握る。
ぱっ、と開く。
もう一度、繰り返す。
ぐっ、ぱっ。
ぐっ、ぱっ。
指が動く。
しっかりと、自分の意思通りに。
その動きが妙に面白くて、しばらく繰り返していた。
「……は」
小さく笑いが漏れる。
なんだか、悪くない。
そう思った瞬間だった。
「……腹、減ったな」
ぐう、と腹が鳴る。
急に、強烈な空腹が襲ってきた。
さっきまで感じていなかったのに、意識した途端に押し寄せてくる。
周囲を見る。
……ある。
食べ物が。
いや、正確には――
「……朝食、か」
転がっているのは、リザードマンたちの死体だった。
自分が倒したもの。
数は多い。
どれも新しい。
血の匂いが、まだ濃く残っている。
自然と、口の奥に唾液が溜まる。
迷う理由はない。
近くの一体に手を伸ばす。
爪を立て、甲羅の隙間から肉を引き裂く。
噛む。
飲み込む。
……やっぱり、美味くはない。
だが、慣れた味だ。
腹は満たされる。
それで十分だった。
無心で食べる。
一体、また一体と、順に処理していく。
やがて、腹が落ち着いてくる。
完全に満たされたわけではない。
だが、今はこれでいい。
口の周りについた血を舐め取り、息を吐く。
「……さて」
顔を上げる。
森は静かだった。
さっきまでの戦いの気配は、もうほとんど消えている。
残っているのは、死体と血の匂いだけ。
それも、時間が経てば消える。
その前に、動くべきか。
これから、どうするか。
自然と、考えが巡る。
その中で、ふと浮かんだのは――
「……どこから来たんだ、あいつら」
リザードマンたちのことだった。
一匹ではない。
あれだけの数が、まとまって動いていた。
それだけでも異質だ。
だが、それ以上に――
「連携、してたな」
思い出す。
囲み、間合いを保ち、順番に攻撃してきた動き。
あれは偶然じゃない。
明確な意思があった。
今まで戦ってきた獣たちとは、決定的に違う。
群れはいた。
だが、あれはただの集まりだ。
各々が勝手に動き、欲望のままに襲ってくる。
連携なんてものはなかった。
だが、リザードマンは違う。
役割があった。
意図があった。
つまり――
「知性、か」
ぽつりと呟く。
考える。
もし、あいつらが知性を持っているなら。
ただの狩りだけで生きているわけじゃないかもしれない。
群れとして、生活している可能性がある。
拠点があるかもしれない。
……そして。
「……あるかもな」
思い浮かぶ。
あの“アレ”。
人間が持っていたもの。
ああいうものを、持っている可能性。
あるいは、それに近いものを。
奪うのではなく。
戦うだけでもなく。
関わることで、手に入る何か。
その可能性。
胸の奥で、何かがわずかに高鳴る。
希望、と呼べるのかもしれない。
アレを、もう一度。
そのための手段が、そこにあるかもしれない。
「……探すか」
小さく呟く。
立ち上がる。
まずは、匂い。
鼻を利かせる。
残っている。
リザードマンの匂い。
血の匂いとは別に、個体ごとの癖のある匂い。
それを辿れば、何か分かるかもしれない。
歩き出す。
だが――
「……遅いな」
すぐに違和感に気づく。
動きが、鈍い。
走れる。
だが、いつもよりも重い。
地面を蹴る力が、しっくりこない。
……そうか。
「この体、か」
今の自分の姿。
さっきまでの戦いで変化したそれ。
二足に近い形。
武器を扱うには向いている。
だが、森を駆けるには――少し不向きだ。
枝を避ける動き、地面を捉える感覚。
全部が微妙にずれている。
「……面倒だな」
呟いた、そのときだった。
ふと、思い出す。
「……魔力、って言ってたか」
あの夢。
白い空間。
神のような存在。
最後に聞こえた言葉。
“魔力を感じ取れるようになった”。
あれは、どういう意味だ。
考える。
体の中に、何かがある。
それは分かる。
さっきから、ずっと感じている。
熱。
あるいは流れのようなもの。
意識すれば、確かにそこにある。
なら――
「やってみるか」
試すしかない。
目を閉じる。
意識を、内側へ向ける。
流れを感じる。
それを――動かす。
どうすればいいかは分からない。
だが、イメージはある。
さっきの戦い。
武器を持ちたいと願ったとき。
体が変わった。
なら――
「走りたい」
思う。
四足で。
森を、自由に駆ける自分を。
軽く、速く、しなやかに。
そのイメージを、強く描く。
体の中の何かが、応える。
流れる。
巡る。
変わる。
骨が軋む感覚。
筋肉が動く感覚。
形が、変わる。
次の瞬間――
地面に触れる感覚が、変わっていた。
四足。
見下ろせば、見慣れた形。
最初の頃の、自分の体。
「なるほどな」
小さく呟く。
理解した。
これが、魔力。
これが、自分の力。
形を変える。
状況に合わせて、最適な姿を取る。
それができる。
つまり――
「俺は二つだ。」
戦うときは、あの姿。
走るときは、この姿。
それが、一番効率がいい。
悪くない。
むしろ――かなりいい。
地面を蹴る。
軽い。
速い。
木々の間を、滑るように抜けていく。
感覚が戻る。
いや、それ以上だ。
以前よりも、明らかに速い。
風を切る音が変わる。
匂いが流れ込んでくる。
リザードマンの痕跡を、拾う。
方向が分かる。
「探そう。」
低く呟く。
アレのために。
満たされない何かのために。
そして――
まだ知らないもののために。
森の中を、駆ける。
その動きは、以前よりもずっと迷いがなかった。
狼として。
そして――人狼として。
その両方を手に入れたまま、俺は先へ進む。
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