肉体は器
数が多い。
それだけでも厄介なのに、さらに悪いことに――間合いが違う。
リザードマンたちは槍を構え、一定の距離を保ちながらじりじりと詰めてくる。無闇に飛び込んでくることはない。こちらの動きを見て、隙を待っている。
対して俺は、牙と爪。
届かない。
無理に詰めれば、突かれる。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。
突きが来る。
横へ跳ぶ。
別の個体が、間髪入れずに槍を振るう。
下がる。
さらに後ろから、別の突き。
避ける。
回避、回避、回避。
攻めに転じる余裕がない。
じわじわと、追い詰められているのが分かる。
足場も悪い。木の根が邪魔をする。ほんの一瞬でも足を取られれば、そのまま串刺しだ。
呼吸が荒くなる。
体が重い。
背中の傷が熱を持っていたはずなのに、今は――妙に冷たい。
「……まずいな」
分かる。
これは、よくない兆候だ。
血が流れすぎているのか、感覚が鈍ってきているのか。
どちらにせよ、長くはもたない。
時間をかければ、そのまま終わる。
なら――短く決めるしかない。
だが、どうやって。
槍の壁を突破する手段がない。
再び突きが来る。
避ける。
着地した瞬間、視界の端にそれが映った。
地面に転がる槍。
さっき倒したリザードマンのもの。
「……」
一瞬、意識がそちらに引かれる。
あれがあれば。
同じ間合いで戦える。
だが――使えるのか?
握ったこともない。
振ったこともない。
そんなもの、今この状況で扱えるはずが――
「……いや」
違う。
胸の奥で、何かが動く。
妙な感覚。
ざわり、と体の奥を何かが巡る。
熱でも冷たさでもない、別の感覚。
――出来る。
根拠はない。
だが、確信だけがあった。
体が、応える。
今までとは違う形で。
足に力が集まる。
筋肉が盛り上がる。
地面を掴む感覚が強くなる。
同時に、前脚が――変わる。
伸びる。
しなやかに、長く。
そして――
指が、分かれる。
「……は」
思わず息が漏れる。
掴める。
握れる。
視界に映る自分の腕は、もはやただの獣のそれではなかった。
人の形に近い。
だが、完全に同じでもない。
爪は鋭く、指は長い。
力がこもる。
全身に巡るこの感覚。
――人狼。
そんな言葉が、自然と浮かんだ。
狼男。
その方が、しっくりくる。
前世の記憶が、そう呼ばせているのかもしれない。
だが今は、どうでもいい。
使えるかどうか、それだけだ。
次の突きが来る。
今度は――避けない。
踏み込む。
わずかに体を捻り、軌道を外す。
掠る。
血が飛ぶ。
だが、止まらない。
そのまま転がる槍へと手を伸ばす。
――掴む。
重い。
だが、持てる。
振れる。
そのまま、横に振り抜く。
リザードマンが反応する。
槍で受ける。
金属がぶつかる音。
衝撃。
だが――押し返せる。
「……いいな、これ」
低く呟く。
間合いが、同じになった。
それだけで、世界が変わる。
もう一歩、踏み込む。
突き。
相手の槍とぶつかる。
弾く。
その隙に、もう一方の腕で爪を振るう。
肉を裂く感触。
血が飛ぶ。
後ろに下がる個体。
だが、逃がさない。
追う。
槍で牽制し、爪で仕留める。
一匹、倒れる。
すぐに次。
横から突き。
受ける。
流す。
踏み込む。
喉元へ、爪を突き立てる。
温かい感触。
崩れる。
二匹目。
呼吸が荒い。
だが、止まらない。
体が軽い。
痛みが遠い。
疲れも感じない。
ただ、動ける。
戦える。
その感覚だけが、全身を満たしていた。
もう一匹。
槍を弾く。
蹴り飛ばす。
倒れたところに、牙を突き立てる。
三匹目。
残りは、あとわずか。
リザードマンたちの動きが変わる。
警戒。
恐れ。
それでも、退かない。
ここは、奴らの縄張りだ。
最後まで、戦うつもりらしい。
「……上等だ」
息を吐く。
踏み込む。
槍を振るう。
爪で裂く。
牙で終わらせる。
ただ、それを繰り返す。
やがて――
最後の一匹が、目の前に残った。
息を荒げながら、槍を構えている。
だが、その動きは鈍い。
こちらも同じだ。
限界は近い。
だが――
先に動いたのは、俺だった。
地面を蹴る。
突き。
受ける。
弾く。
一気に距離を詰める。
そして――
爪を、振り下ろす。
深く、食い込む。
リザードマンの体が崩れる。
そのまま、動かなくなる。
「……はぁ……」
終わった。
全て、倒した。
その瞬間、全身の力が抜けた。
視界が揺れる。
足がもつれる。
その場に、崩れ落ちる。
もう、動けない。
だが――
生きている。
それだけを確認して、意識が落ちた。
――暗闇。
その中で、ふと気づく。
夢だ。
この世界に来て、初めてだった。
真っ白な空間。
何もない。
ただ、広がっている。
そこに、二人。
一人は――分かる。
俺だ。
姿は違う。だが、間違いなく自分だと分かる。
そして、もう一人。
そいつも――分かる。
見たことはない。
だが、なぜか理解できる。
神。
そうとしか思えなかった。
何かを話している。
だが、聞き取れない。
言葉が、断片的にしか届かない。
意味が繋がらない。
ただ、音だけが流れていく。
何を言っているのか、分からない。
理解できない。
もどかしさだけが残る。
次第に、世界が揺らぐ。
輪郭が曖昧になる。
白が、滲む。
消えていく。
その最後。
神が、こちらを見た。
はっきりと。
そして――
「……あぁ、魔力を感じ取れるようになったのですね。おめでたい」
その言葉だけが、鮮明に届いた。
音ではなく、直接、脳に染み込むように。
理解できる形で。
残る。
深く、刻まれる。
そこで、意識が途切れた。
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