表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼男に転生した俺は魔物の支配者ではなく、庭付き戸建ての夢を見る  作者: ミツメ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/21

ここにきた理由

また、食べたい。


 頭の中に残り続けているのは、それだけだった。


 あの時、口にしたもの。名前は分からない。思い出せそうで思い出せない。ただ、人間だった頃のどこかに、それが“食べ物”として存在していた記憶だけが、ぼんやりと残っている。


 だから俺は、それを“アレ”と呼ぶことにした。


 アレを、もう一度。


 肉でも血でも満たされない何かが、あれを思い出すたびにわずかに埋まる気がする。甘くて、柔らかくて、ゆっくりとほどけていくあの感覚。


 噛むたびに広がる味。


 飲み込むのが惜しいと思った、あの瞬間。


  欲しい。


 ただそれだけの感情が、妙に強く胸の奥に残っていた。


 足を止め、振り返る。


 人間たちのいた方向。もう気配は遠い。だが、追えばまだ追いつけるかもしれない、そんな距離だった。


 一歩、踏み出しかけて――止まる。


「それは違う」


 小さく呟く。


 本能が否定していた。


 あれは奪うものじゃない。追いかけて得るものでもない。あの時のように、差し出されて、受け取る。


 あの形でなければ意味がない。


 理由は分からない。


 だが、間違いなくそうだと分かる。


 なら、どうする。


「どうしたらいい」


 答えがない。


 狩ればいいわけじゃない。相手は獣じゃない。今までのやり方が通用しない。


 何をすればいい。


 どうすれば、もう一度――


 思考が同じ場所を回り続ける。


 そのときだった。


「――ッ!!」


 背中に、焼けるような痛みが突き刺さった。


 息が詰まる。視界が揺れる。何かが体を貫いている。


 理解するより先に、体が動いた。


 地面を蹴る。転がる。距離を取る。


 振り返る。


 そこにいたのは――


「なんだ、」


 見たことのない魔物だった。


 全身が薄黒い甲羅で覆われている。光を鈍く反射するそれは、ただの皮膚ではない。二足で立ち、長い尾が地面をなぞる。


 細長い口から、ぬるりと舌が出入りする。


 目が、こちらを捉えている。


 そして――手に持つ槍。


 それが、ゆっくりと引き抜かれる。


 血が滴る。


 ……不覚だ。


 完全に意識が逸れていた。ここは縄張りじゃない。この地には、この地の主がいる。


 異物である俺を排除しに来るのは当然だ。


「リザードマン、か」


 なぜか、その言葉が浮かぶ。


 一歩、踏み出してくる。


 動きに無駄がない。間合いを測りながら、じりじりと距離を詰めてくる。


 本能が告げていた。


 ――強い。


 今までの獣とは違う。武器を使い、距離を制し、確実に仕留めるために動く存在。


 格上。


 はっきりとそう分かる。


「逃げるか?」


 一瞬、考える。


 だがすぐに首を振る。


 それじゃ何も変わらない。


 満たされないまま、また同じ場所に戻るだけだ。


 ここに来た意味がない。


 あの“アレ”に触れた意味も。


「やるしかないか」


 体勢を低くする。


 痛みはあるが、動ける。


 風を読む。距離を測る。


 リザードマンが槍を構える。


 来る。


 突き。


 速い。


 横へ跳ぶ。掠る。だが貫かれない。


 そのまま踏み込む。


 だが、即座に槍が引かれ、横薙ぎに振られる。


 衝撃。


 体が弾かれる。


 地面に叩きつけられる。


 肺から空気が抜ける。


 ……近づけない。


 槍の間合い。


 それが、圧倒的に不利だった。


 なら――見る。


 動きを読む。


 もう一度、突き。


 今度は早く動く。


 踏み込みと同時に、斜めへ。


 軌道を外す。


 掠る。血が滲む。


 だが構わない。


 そのまま一気に距離を詰める。


 懐へ。


 腕に噛みつく。


 硬い。


 甲羅に弾かれる。


「チッ!」


 膝蹴りが腹に入る。


 鈍い痛み。


 だが、離れない。


 噛む位置を変える。


 関節。


 柔らかい場所。


 そこへ牙を突き立てる。


 手応え。


 血の匂い。


 リザードマンが低く唸る。


 槍が落ちる。


 そのまま押し倒す。


 体重をかける。


 逃がさない。


 首へ。


 牙を突き立てる。


 暴れる。だが弱い。


 力が抜けていく。


 やがて、完全に動かなくなる。


「……はぁ……」


 息を吐く。


 勝った。


 格上に。


 全身が痛む。血も流れている。


 だが、立っている。


 生きている。


「強く、なったな」


 ぽつりと呟く。


 だが、それでも足りない。


 胸の奥に残る、あの空っぽ。


 満たされない何か。


 消えていない。


 視線を上げる。


 森の奥を見る。


 まだ知らないものがある。


 まだ足りないものがある。


 そのときだった。


 ぞわり、と背筋が粟立つ。


 遅れて気づく。


 気配。


 一つじゃない。


 二つでもない。


 もっと多い。


 周囲を見る。


 木の陰。


 草の奥。


 そこに――いる。


 同じ姿。


 薄黒い甲羅。


 細長い口。


 舌を揺らしながら、こちらを見ている。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 さらに、その奥にも。


 いつの間にか、完全に囲まれていた。


「……は」


 乾いた笑いが漏れる。


 そういうことか。


 ここは、あいつらの縄張りだ。


 俺は、その中に踏み込んでいた。


 さっきの一匹は、その一部に過ぎない。


 血の匂いが広がっている。


 仲間の死。


 そして、俺自身の血。


 それに引き寄せられたのか。


 それとも最初から、見られていたのか。


 どちらでもいい。


 状況は同じだ。


 逃げ場はない。


 前も、横も、後ろも。


 リザードマン。


 槍を構え、じりじりと距離を詰めてくる。


 冷たい視線。


 完全に“狩る側”の目。


 さっきの一匹と同じ。


 だが――数が違う。


 体が重い。


 傷もある。


 普通なら、ここで終わりだ。


 だが――


「……上等だ」


 低く唸る。


 体勢を落とす。


 呼吸を整える。


 まだ動ける。


 まだ終わっていない。


 胸の奥で、何かが強く脈打つ。


 飢え。


 満たされない何か。


 それが、今までで一番強く感じられた。


 これか。


 これが足りなかったものか。


 分からない。


 だが――確かにここにある。


 強敵。


 逃げ場のない状況。


 生きるか、死ぬか。


 ただそれだけの場所。


 自然と、牙が覗く。


 唸り声が漏れる。


 囲まれた中心で、俺はゆっくりと息を吐いた。


 そして――


 ワォォォォォォォォォォォンン

 戦いの狼煙を自ら高らかに宣言した。

読んでいただきありがとうございます。


いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ