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狼男に転生した俺は魔物の支配者ではなく、庭付き戸建ての夢を見る  作者: ミツメ


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3/21

生きることは食べる方。食べることは殺すこと。

最初の一匹を喰ってから、どれくらい時間が経ったのかは分からない。


 ただ一つはっきりしているのは、俺がまだ生きているということと、そのために“同じこと”を何度も繰り返しているという事実だけだった。


 血の匂いにも、肉を裂く感触にも、もういちいち動揺することはなくなっていた。


 慣れた、というのが正しいのかもしれない。


 目の前に転がる獣の腹を裂きながら、そんなことをぼんやりと考える。


 温かい。柔らかい。生臭い。


 手を突っ込めば、内臓の感触が指の間を滑る。


 それを口に運ぶ。


 噛む。


 飲み込む。


「……」


 やっぱり、美味くはない。


 腹は満たされる。確かに満たされる。空っぽだった胃に、重みが落ちていく感覚はある。


 けれど、それだけだ。


 嫌悪感はもうほとんどないが、満足感もない。


 ただ、“必要だからやっている”というだけの行為。


 食事というより、補給に近い。


 口の周りについた血を舐め取りながら、俺はゆっくりと顔を上げた。


 静かだ。


 だが、それは“安全”を意味しない。


 むしろ逆だ。


 この森は、静かなときほど何かが潜んでいる。


 分かる。


 気配が、ある。


 木の陰、草の奥、風の流れのわずかな乱れ。


 視界に映らなくても、“いる”と分かる。


 いつの間にか、そういう感覚が身についていた。


 食事の最中でさえ、完全に気を抜くことはできない。


 背後を取られれば終わりだ。


 さっきまで喰っていたもののように、自分が転がる側になる。


 それが、この場所だ。


「……面倒だな」


 ぽつりと呟く。


 満腹になったからといって、休めるわけじゃない。


 眠るときでさえ、意識のどこかを起こしておく必要がある。


 少しでも気を抜けば、死ぬ。


 それを、もう理解している。


 最初の頃は、ただ襲ってきたものを返り討ちにするだけだった。


 考える余裕なんてなかったし、それで十分だった。


 けれど――それだけじゃ足りない。


 じわじわと、実感してきている。


 “待っているだけ”では、いずれ終わる。


 さっきの獣だって、俺が先に気づかなければどうなっていたか分からない。


 運が良かっただけだ。


 そんなものに頼り続けるのは、長くない。


 なら、どうするか。


 答えは単純だった。


 自分から動くしかない。


 俺は、残りの肉に視線を落とした。


 まだ食える部分はあるが、もういい。


 これ以上ここに留まる理由はないし、留まるほど安全でもない。


 立ち上がる。


 風向きを読む。


 匂いを探る。


 どこに何がいるのか、ぼんやりとだが分かるようになってきていた。


 獲物の匂い。


 弱い個体の気配。


 逆に、近づかない方がいい“濃い気配”。


 それらを選り分ける。


 ……あっちだな。


 森の少し奥。湿った土と草の匂いに混じって、獣の匂いがする。


 まだ新しい。


 足を踏み出す。


 音を立てないように、ゆっくりと。


 自然と、体が低くなる。


 視線を落とし、呼吸を浅くする。


 ――狩り。


 その言葉が、頭の中に浮かんだ。


 さっきまでとは違う。


 襲われて、反撃して、結果的に喰うのではない。


 最初から、“喰うために動く”。


 自分の意思で。


 その違いは、思っていた以上に大きかった。


 茂みの向こうに、影が見える。


 小さい。四足。耳が長い。


 こちらには気づいていない。


 ゆっくりと、距離を詰める。


 風は問題ない。匂いは届いていないはずだ。


 足場も悪くない。


 いける。


 その瞬間――


 そいつが、顔を上げた。


 視線が、合う。


 ***


 ――何かいる。


 草を食んでいた口を止め、顔を上げる。


 風が運んできた匂いは、知らないものだった。


 だが、本能が警鐘を鳴らす。


 危険。


 すぐに逃げるべきだと、体が叫ぶ。


 視線を巡らせる。


 いた。


 黒い影。


 低く、静かに、こちらを見ている。


 目が合った。


 その瞬間、理解する。


 あれは、逃げなければいけない相手だ。


 脚に力を込める。


 逃げる。全力で。


 だが――


 遅かった。


 地面を蹴る音。


 迫る気配。


 背後からの衝撃。


 体が宙に浮く。


 痛い。


 何かが食い込む。


 温かいものが流れ出る。


 鳴き声が漏れる。


 逃げたい。


 でも、体が動かない。


 視界が揺れる。


 地面が近い。


 黒い影が覆いかぶさる。


 牙。


 目。


 終わる。


 ***


 手応えがあった。


 噛みついた首筋から、はっきりとした感触が伝わってくる。


 暴れていた体が、次第に弱くなる。


 やがて、動かなくなる。


 俺はしばらくそのまま押さえつけていたが、完全に力が抜けたのを確認してから、ゆっくりと口を離した。


 息を吐く。


 心臓が早い。


 だが、さっきまでとは違う。


 恐怖ではなく、どこか冷静な感覚があった。


 周囲を見る。


 他に気配はない。


 今のところは、安全。


 視線を落とす。


 さっきまで動いていたそれが、もうただの肉になっている。


 俺がやった。


 自分から狙って、仕留めた。


「……なるほどな」


 小さく呟く。


 これなら、選べる。


 相手を。


 場所を。


 タイミングを。


 ただ待つよりも、ずっといい。


 リスクはあるが、少なくとも“運任せ”ではない。


 腹の奥が、わずかに満たされる感覚があった。


 食欲とは別の、何か。


 理解したことへの納得感に近い。


 俺は、倒したそれに口をつけた。


 やはり味は大したことはない。


 だが、構わない。


 重要なのはそこじゃない。


 ここで生きるために必要なことを、一つ覚えた。


 それだけで十分だった。


 血を舐め取りながら、ゆっくりと顔を上げる。


 森は変わらない。


 相変わらず、どこもかしこも危険だ。


 だが、さっきまでよりも少しだけ、見え方が違っていた。


 獲物がいる。


 敵がいる。


 避けるべき場所がある。


 そして、自分がどう動くべきかも。


「……強くなるか」


 自然と、そんな言葉が口をついて出た。


 別に、大それた理由があるわけじゃない。


 ただ――


 楽に生きたい。


 無駄に怯えずに済むように。


 そのためには、今より強くなるしかない。


 単純な話だ。


 俺は立ち上がり、森の奥へと視線を向けた。


 まだ知らない気配が、いくつもある。


 その中に、次の獲物も、次の脅威もいる。


 だったら、やることは一つだ。


 殺して、喰って、慣れる。


 それを繰り返す。


 足を踏み出す。


 覚悟に満ちた一歩は慎重に、けれど確実に進む。迷いはとうに無くなっていた。

読んでいただきありがとうございます。


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