表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼男に転生した俺は魔物の支配者ではなく、庭付き戸建ての夢を見る  作者: ミツメ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/24

ザリア

 森の空気は静かだったが、その静けさの奥には確かな重みがあった。戦いの余韻がまだ地面に染みついている。血の匂いは薄れてきているが、完全には消えていない。少し離れた場所で、ハーピーの呼吸が浅く続いているのが耳に残る。


 守ったはずなのに守り切れなかった現実が、言葉よりも強く胸の奥に残っていた。手を伸ばしても届かない距離、ほんの一瞬の遅れ、それだけで結果が変わるという事実を、身体が理解してしまっている。強くなったはずだった。それでも足りなかった。


 アルアインはそんな空気など気にも留めないように、木にもたれながらこちらを見ていた。片目を細めるその視線は、値踏みというより確かめるようなものに近い。


「立てるか」


 短い問いに、俺は黙って立ち上がる。足取りに迷いはないが、軽くはない。


「さっきの戦いで分かっただろ、あれじゃ足りねぇ」


 返す言葉はない。だが否定もできない。


「少し相手してやる、来い」


 その言葉は軽く放たれたものだったが、拒否する理由もなかった。むしろ必要だと、どこかで分かっていた。


「最初から本気で来い、手加減はするな」


 一度だけ息を整え、人型へと変わる。骨格が軋み、筋肉の配置が変わる感覚はもう違和感ではなくなっていた。構えを取る。視界が狭まる。


 踏み込む。速さはある。だが、その一歩はアルアインには届かない。


「遅いな」


 わずかな動きで軌道を外される。視界から消える。次の瞬間には腕を取られていた。


「踏み込みが浅い、重心が流れてる」


 そのまま崩され、地面に叩きつけられる。息が抜けるが、止まらない。すぐに立ち上がり、もう一度踏み込む。


「いいな、そのまま来い」


 今度は角度を変える。だが、結果は同じだった。刃のように鋭い動きで懐に入られ、攻撃は空を切る。


「腕に頼りすぎだ、体で振れ」


 受け流され、押し返される。速さも力もあるはずなのに、届かない。まるで最初から読まれているような感覚だった。


「見えてるからだよ、全部な」


 何度も打ち込む。何度も崩される。汗が滲み、呼吸が荒くなる。それでも止めない。


「獣のままだ、だから通じねぇ」


 最後の一撃を放つが、軽くいなされる。足を払われ、視界が回転する。


 地面に倒れたまま、空を見上げる。枝の隙間から差し込む光がやけに遠い。


「その程度だ」


 アルアインの声は冷たくも熱くもなかった。ただ事実を述べているだけだった。


 ゆっくりと起き上がる。悔しさはある。だが、それ以上に納得している自分がいる。


「お前、名前は」


 不意に投げられた問いに、言葉が詰まる。かつての名前が頭をよぎる。人としての記憶。ノームたちに呼ばれた名前。それらが交差する。どれも自分であり、どれも今の自分ではないような感覚があった。


 沈黙が続く。


「名前がないのか」


 アルアインはあっさりと言い切る。


「それならお前はザリアだ」


 その言葉は迷いなく落とされた。


「昔、帝国に行った時に聞いた守り神の名前だ。お前にピッタリだろ?」


 俺はその名を口の中で転がす。


「ザリア」


 不思議と違和感がなかった。むしろ、今の自分に最も近い形のように思えた。守るという行為に縛られているわけではない。ただ、それを選んできた。その結果が今ここにある。


 アルアインはそれ以上深くは聞かない。ただ頷くだけだった。


 森の奥へと歩き出す。その背中は迷いがない。ザリアは一瞬だけ後ろを振り返る。集落の方向。グリフォンの匂いがまだ強く残っている。あれだけの存在を倒した痕跡は、簡単には消えない。しばらくは抑止になるはずだった。


 それでも完全ではない。


 だからこそ、足を前に出す。


「ついてくるかどうかだ」


 アルアインの声が前から飛んでくる。


 ザリアは答えない。ただ、その後ろを歩くことで意思を示す。


「不安か」


 振り返らずに問う声。


「……ああ」


 短く返す。


「当然だな」


 森の空気が少しずつ変わっていく。匂いが違う。土の感触も、風の流れも変わる。人の領域へ近づいている証だった。


「知らねぇままじゃ守れねぇ」


 その言葉は重かった。戦いよりも、現実を突きつける重さ。


「敵を知れ、場所を知れ、流れを知れ」


 歩きながら続く声は、教えるというより刻み込むようだった。


「力だけじゃ生きられねぇ場所がある」


 ザリアは黙って聞く。言葉の意味は完全には理解できない。それでも、否定はできなかった。


 ハーピーの荒い息遣いが頭に残る。あの瞬間、自分は間に合わなかった。その事実だけで十分だった。


 アルアインの背中が少しだけ近くなる。


「離れるなよ」


 短い忠告。


 ザリアは小さく頷く。


 森の境界が見えてくる。見慣れた世界が、ゆっくりと終わろうとしていた。


 足は止まらない。


 ザリアはその背中を追いながら、ただ一つだけ確かに理解していた。


 これは守るための一歩だということを。

読んでいただきありがとうございます。


いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ