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狼男に転生した俺は魔物の支配者ではなく、庭付き戸建ての夢を見る  作者: ミツメ


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11/21

思い出したのは血の臭い

 ノームとの生活は、不思議なほど穏やかだった。最初はただの取引のつもりだった。肉を持っていけば、穀物をもらえる。それだけの関係。

 しかし、それはすぐに形を変えていった。彼らは俺に住む場所を与え、粟や稗、そして様々な農作物を分けてくれるようになった。

 代わりに俺は五日に一度、森に出て肉を狩ってくる。時には、外に出たいと言うノームたちの護衛も務めた。弱い彼らにとって森は死と隣り合わせの場所だが、俺がいれば多少は安全になる。そんな関係が、自然と出来上がっていた。


 気づけば、それはただの取引ではなくなっていた。共生と呼べるものだった。俺はここで、居場所を得ただけではない。知識を得ていた。

 

 ノームたちは惜しみなく教えてくれた。ずっと同じ作物を植え続ければ土は力を失うこと。違うものを植え、土を休ませる必要があること。根には毒があるが、花には薬としての効能がある植物の存在。どの葉が食べられて、どの実が危険なのか。森のこと、畑のこと、生活のすべて。俺が知らなかった世界の仕組みを、ゆっくりと、丁寧に教えてくれた。


 それらは、今までの俺にはなかったものだった。殺して、喰らって、生き延びるだけの日々には必要なかった知識。だが今は違う。知ることで、見えるものが変わっていく。森はただの狩場ではなくなり、畑はただの食料の供給源ではなくなった。そこには流れがあり、循環があり、積み重ねがあった。


 時間は、あっという間に過ぎていった。


 気づけば、季節が変わっている。空気の匂いも、風の温度も、少しずつ変化していた。その中で、俺自身も変わっていたのだと思う。以前のように、ただ飢えに追われることはなくなっていた。満たされているわけではないが、確かに落ち着いている。


 ある日、ノームたちは俺に名前をつけた。


 バリセオ。


 それが、この集落での俺の名前になった。ノームの言葉で、幸運の神を意味するらしい。最初に聞いたときは違和感しかなかった。神などという存在とは程遠い。だが、彼らは真剣だった。俺が来てから、作物の出来が良くなった。外に出る機会も増えた。肉も手に入るようになった。そうした積み重ねが、彼らにとっては幸運そのものだったらしい。


 否定する理由もなかった。俺はその名を受け入れた。


 バリセオとして、この場所で生きることを。


 平穏な日々は続いた。朝は畑の様子を見て、必要なら手伝いをし、時には森へ出て獲物を探す。ノームたちと話をし、食べ、休む。その繰り返し。単調とも言える生活だったが、不思議と飽きることはなかった。むしろ、満たされている感覚があった。


 そして、今日。


 収穫の日だった。


 俺自身にも、小さな畑が与えられていた。ノームたちに教わりながら耕し、種をまき、水をやり、世話をしてきたもの。それが、ようやく実を結ぶ日だ。


 嬉しさがあった。


 興奮もあった。


 そのせいか、いつもよりずっと早く目が覚めた。まだ空は薄暗く、集落も静まり返っている。寝直すこともできたが、落ち着かなかった。


 仕方なく、外に出る。


 体を動かせば、気も紛れるだろうと思った。


 四足の姿になり、軽く地面を蹴る。朝の空気は冷たく、心地いい。集落の周囲をぐるりと回るように走る。いつもの習慣でもあるが、今日はそれ以上に、ただ走りたかった。


 何周かした頃だった。


 ふと、異質なものが目に入った。


 動く影。


 森の奥。


 立ち止まり、目を凝らす。


 人間だった。


 複数。


 集団で動いている。


 だが、どこかおかしい。


 匂いが違う。


 どこかで嗅いだことがある。


 記憶を探る。


 そして、思い出す。


 あのときの山賊たち。


 だが、目の前の連中はそれよりもさらにひどい状態だった。


 痩せている。


 骨ばっている。


 目が落ちくぼみ、頬がこけている。


 飢えている。


 それが一目で分かった。


 かつての自分と、よく似ていた。


 ただし、違うのは数だ。


 一人ではない。


 群れだ。


 そして、その動き。


 迷いがない。


 進む方向が決まっている。


 目を血走らせながら、一直線に進んでいる。


 その様子に、嫌な予感が走る。


 視線を追う。


 進行方向。


 それは――


「まさか、」


 自分が今まで走ってきた方向と、同じだった。


 つまり。


 集落。


 ノームたちのいる場所。


 次の瞬間、体が動いていた。


 地面を蹴る。


 一気に加速する。


 風を切る。


 全力で戻る。


 間に合え。


 そう思いながら、ただ走る。


 だが――


 視界の先。


 木々の隙間から見えた光景に、足が止まりかけた。


 明かり。


 だが、それは見慣れたものではない。


 松明でも、灯りでもない。


 揺らめく炎。


 高く、激しく。


 空へと伸びている。


 家を焼く火。


 黒い煙が立ち上る。


 嫌な匂いが風に乗って届く。


 焦げた木の匂い。


 そして――


 血の匂い。


 ついさっきまで、あの場所にはなかったはずのもの。


 胸の奥が、強く脈打つ。


 思考が一瞬止まる。


 だがすぐに、理解する。


 遅かった。


 間に合わなかった。


 バリセオとして過ごしてきた場所。


 あの穏やかな集落が――


 燃えている。

読んでいただきありがとうございます。


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