同じ帰り道
クリスマスプレゼントを渡した後。
帰るときには、辺りはすっかり暗くなっていた。
どこか、年末特有の静けさが流れている気がした。
私は、靴を履き替えて帰ろうと坂を下りる。
すると、前を歩いている人を見つけた。
見慣れた背中。
――あ、先生だ。
思わず、足が止まった。
追いかけるべきか、迷う。
名前を呼べば、きっと振り返る。
でも、それをしてしまっていいのか分からなかった。
少しだけ距離を空けて、歩き出す。
――同じ方向だ。
ただ、それだけのことなのに。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
先生は、私に気づいていない。
それなのに、どうしてこんなに緊張しているんだろう。
このまま、なにも言わずに帰ることも出来る。
それでも。
――せっかく、同じ帰り道なんだから。
私は、小さく息を吸った。
「……先生。」
呼びかけると、先生がゆっくりと振り返る。
「ん?」
一瞬だけ目が合う。
街灯の下で照らされている先生は、学校に居る時よりかっこよく見えた。
「ああ、柚葉か。」
私の名前を呼んでくれた。
周りは暗くて、あまり姿も見えないはずなのに。
それだけで、心臓が飛び跳ねるほど嬉しかった。
「今、帰りか。」
「うん。」
それだけの会話。
なのに、胸が少しだけ軽くなる。
先生は、そのまま歩き出した。
私も、少しだけ間を空けて歩き出す。
気づけば、同じペースで先生の隣を歩いていた。
特に会話があるわけでもなくて。
ただ、靴音だけが静かに響いた。
それなのに、気まずさは無かった。
「……あれ。」
先生が、ふと前の方を見ながら呟いた。
「なんか、人影見えないか?」
「え?」
思わずそっちを見るけど、何もない。
「いや、気のせいか。」
先生は、少しだけ笑って言った。
「俺もこういうの見えるようになったかと思った。」
なんでもないように言った。
思わず、笑ってしまう。
「幽霊とか信じるんですか?」
「いや、信じるというか居るんだろうな。とは思ってるよ。」
少しだけ間を空けて、先生が続けた。
「でもさ、幽霊の足が見えないのって日本だけらしいぞ。」
「え、そうなんですか?」
「海外だと、普通に全身見えるらしい。」
「それ、逆に怖くないですか?」
私が言うと、先生は小さく笑った。
「確かになぁ。」
また、少しだけ沈黙が流れる。
さっきまで普通に話していたのに、ふとした瞬間に、現実に引き戻される。
――先生と、並んで歩いてる。
それだけで、胸が少しだけ苦しくなる。
「あ、そういえば。」
先生が、思い出したように言った。
「この前久しぶりにめちゃくちゃ酔っ払ってさ。」
「え、珍しくないですか!?」
「3万くらい使ってた。」
「え!?何に!?」
思わず、声が大きくなる。
「それがな、覚えてないんだよな……。」
先生は苦笑いしながら言った。
「酔っ払って買い物するんじゃないな、本当に。」
「そりゃそうですよ……」
先生は言葉を続けた。
「本当に先生ってのはさ、ブラックだからさ。たまに呑まないとやってらんないんだよ。」
「まぁ、よく話には聞きますね。」
「まぁ、こんなブラックな仕事してんのもさ。」
先生は、少し遠くを見ながら言った。
「推し活のためなんだけどな。」
「え。」
意外すぎて、思わず声が出た。
「だって、お前もバイトしてるだろ?」
「まぁ……そうですけど。」
「似たようなもんだろ。」
先生は、さらっと言った。
――バイトしていること、覚えてくれてたんだ。
先生の前では、1回しかバイトのこと話してないのに。
その言葉が、妙に嬉しかった。
「じゃあ、俺こっちだから。」
先生は何気なく言った。
「あ、うん。」
それだけで、終わるはずだったのに。
「気をつけて帰れよ。」
その一言に、胸がきゅっとなる。
「……先生も。」
私は、そう言って先生に手を振った。
先生は、軽く手を上げて、そのまま歩いていった。
背中が、少しずつ遠ざかっていく。
――さっきまで、隣に居たのに。
先生の足音が、だんだん遠ざかっていく。
気づけば、さっきまでの会話も、隣に居た温もりも、全部が少しずつ離れていく気がした。
胸の奥に、少しだけぽっかり穴が空いたみたいだった。
だけど、普段は暗くて、肌を刺すような寒い帰り道なのに。
今日は、心の中だけ、少しだけ明るく温かくなった気がした。




