少しだけ、いつも通り
あの日から、私はまた先生のクラスへ向かうようになった。
前みたいに毎日じゃないけど、放課後になると、気づけば、足が先生のクラスに向いてることが増えた。
行かないと決めたはずなのに。
それでも、やっぱり会いたいと思ってしまう自分がいた。
前みたいに、ただ楽しく話せばいいだけなのに。
それが、少しだけ難しくなっていた。
ある日の放課後、私は先生のクラスに向かっていた。
前みたいに、気軽に行けるわけじゃない。
扉の前に立つたびに、少しだけ足が止まる。
それでも。
引き返す理由には、ならなかった。
先生のクラスの前に来る。
前より、鼓動が速くなっているのが分かる。
今日は何を話そう。
そう考えながら、ドアに手を掛ける。
中からは、楽しそうな話し声が聞こえていた。
私は少しだけ気持ちを整えてから、ゆっくりとドアを開ける。
「あ、柚葉。」
声を掛けてきたのは、夏華だった。
私は少し戸惑って、夏華に先生を呼んでと頼もうとした。
「あのさ――」
言いかけたところで、夏華がふっと笑った。
「先生~!柚葉来てるよ!!」
「あ、ちょっと……!!」
止める間もなく、夏華は教室の奥に向かって声を張った。
その声に反応して、教室の奥から先生が顔を上げた。
「……ん?」
そして、こちらに気づいた。
こっちに来る。
私の鼓動はどんどん早くなった。
「ああ、来てたのか。」
たったそれだけの言葉なのに、胸の奥がじわりと熱くなった。
「まぁ、今日はね……」
思うように言葉が出ない。
自分の心臓の音が聞こえる。
何を話そうと思って来たんだっけ。
上手く話せない自分に苛立つ。
すると、夏華が先生の後ろから出てきて、口を開いた。
「そういえば、もうすぐクリスマスじゃない?先生は何かクリスマスプレゼントもらう予定あるの?」
「いやー、特にないな。」
そういえば、クリスマスが近いのをすっかり忘れていた。
今年のクリスマスも一人か……と思っていたら、夏華がこっちを見て少し笑って言った。
「柚葉、なんかあげたら?先生可哀想だし。」
「え?なんで私?」
思わずそう返すと、夏華はくすっと笑った。
「だって、一番来てるじゃん。」
「いや、まぁ……そうですけど……」
言い返せなくて、視線を逸らす。
そのとき、先生が小さく笑った。
「あれば嬉しいけど、別に無理しなくていいからな。」
その何気ない一言に、胸がきゅっと締めつけられる。
優しいだけなのに。
それだけなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
無理していいって言われたわけじゃないのに。
むしろ、無理しなくていいって言われたのに。
――それでも。
何か、あげたいと思ってしまった。
その日の放課後、私はお菓子屋に寄った。
クリスマスが近いからか、店内は賑わっていた。
何をあげたらいいんだろう……。
クリスマスプレゼントのお菓子って、バレンタインの時みたいに何か意味があるのかな?
ふと思い、私は少しかじかんだ手でスマホを取り出し、調べた。
検索画面には、色々な記事が出ていた。
クッキーは「友達」、チョコは「本命」、マカロンは「特別な人」。
そんな言葉が並んでいた。
「……なにそれ。」
思わず、小さく呟く。
たかがお菓子なのに、どうしてこんな意味があるんだろう。
ただ、あげたいだけなのに。
変に意味なんて、持たせたくなかった。
……いや、本当は。
持たせるのが怖かったのかもしれない。
スマホを閉じて、棚に並ぶお菓子を見つめる。
どれを選んでも、きっと意味なんて関係ない。
先生は、そんなこと気にする人じゃないし。
そもそも、知らないだろうし。
……それなのに。
どうして私は、こんなに悩んでいるんだろう。
しばらく悩んだ後、私はひとつのお菓子を手に取った。
理由なんて、うまく説明できない。
ただ、なんとなく。
――これがいいと思った。
終業式の放課後。
私はこの間買ったお菓子を持って、クラスへ向かった。
今日会って話せたら、3週間ぐらい話せなくなってしまう。
私は少し寂しい気持ちと今から会えるという胸の高鳴りを持ち合わせていた。
クラスのドアを開ける。
すると、先生がちょうどクラスから出ていくところだった。
先生と目が合う。
「今日はなんだ。」
「えっと……」
言葉が詰まる。
本当は、渡すって決めてきたのに。
いざ目の前にすると、うまく言えなくなる。
「……これ、先生に。」
私は、少し視線を逸らしながら袋を差し出した。
「もうすぐでクリスマスだから。」
できるだけ、なんでもないことみたいに言った。
先生は一瞬だけ、不思議そうな顔をして、それから袋を受け取った。
「……俺に?」
「先生に。」
少しだけ、強く言ってしまった。
先生は袋の中を覗いて、不思議そうに聞いてくる。
「この箱、犬?」
先生は箱を取り出した。
私は思わず、吹き出す。
明らかに熊なのに、犬と間違える天然さ。
けど、そこも愛おしく思えた。
私は笑いながら答える。
「違う、熊だよ。」
「あっ、これ熊か!」
先生と私は笑いあう。
――あぁ、この時間が続けばいいのに。
先生は箱を開けて、小さく笑った。
「へえ、クッキーか。」
その何気ない一言に、胸がざわめく。
意味なんて、知らないはずなのに。
――知ってたら、どうしよう。
そんなことを、ほんの一瞬だけ考えてしまった。
「ありがとうな。」
先生は、いつもと同じ調子でそう言った。
それだけなのに。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
たった、それだけのやり取りなのに。
どうしてこんなに嬉しいんだろう。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
クッキーの甘い匂いが、やけに鼻の奥に残っていた。
まるで、この時間を忘れないようにするみたいに。




