戻れない選択
クリスマスが過ぎて、気づけば年が明けていた。
冬休みも終わり、いつも通りの学校生活が戻ってくる。
――あの日の帰り道も、もう随分前のことみたいに感じるのに。
どうしてか、まだはっきりと思い出せた。
教室の中では、どこか浮ついた空気が流れている。
「もうすぐバレンタインじゃない?」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。
「今年どうする?これとかいいじゃない?」
そんな会話が、あちこちで交わされている。
誰にあげるのかとか、何を作るのかとか。
みんな楽しそうに話していた。
――いいな、と思った。
そういう話を、何も考えずに出来るのが。
私は、ぼんやりとその会話を聞きながら、机に視線を落とす。
バレンタイン。
去年までは、ただのイベントだったはずなのに。
今年は、少しだけ違っていた。
――渡すべきなのかな。
考えがふと頭によぎった。
仲が良い先生に渡すのは、正直ありだと思っている。
だけど、私が渡したい先生は、恋愛的に好きな人。
しかも、既婚者。
もし、私が渡したら先生は困るかもしれない。
奥さんに怒られるかもしれないし、迷惑になるかもしれない。
先生が悲しむくらいなら、渡さない方がいいのかもしれない。
そう思った。
それに。
渡したいなんて思ってしまうこと自体、間違っている気がした。
ただの生徒や先生。
それ以上でも、それ以下でもないはずなのに。
――なんで、こんなことで悩んでいるんだろう。
私は小さく息を吐いた。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
渡したいのに、渡せない理由ばかり浮かんでくる。
でも。
渡さない理由を並べても、その気持ちが消えるはずもなかった。
「ねえ、柚葉」
不意に、横から声をかけられる。
顔を上げると、夏華がこっちを見ていた。
「なんかさっきから、ずっと静かじゃない?」
「……そう?」
「そうだよ。バレンタインの話、全然乗ってこないし。」
図星だった。
私は少しだけ目を逸らす。
「別に、考えてないだけ。」
「ふーん。」
夏華は、少しだけ間が置いた後、にやっと笑った。
「もしかしてさ。」
嫌な予感がした。
「先生にあげるか迷ってる?」
「……は?」
思わず、変な声が出た。
「違うし~。」
反射的に否定する。
でも、声が少しだけ強くなってしまった。
夏華は、それを見てくすっと笑う。
「分かりやす。」
「うるさい。」
「はいはい。」
それ以上、夏華は何も言わずに会話は流れていった。
だけど。
さっきの言葉が、頭から離れなかった。
――先生にあげるか迷ってる?
図星だった。
認めたくなかっただけで。
放課後、私は駅に向かっていた。
どこに行くかなんて考えてすらなかったのに、私の足は自然と駅の方に向かっていた。
――なんで、駅に向かってるんだろう。
自分でも、よくわからなかった。
別に、買い物をするつもりだったわけでも、どこかに寄る予定があったわけでもない。
それなのに。
気づけば、足は止まらなかった。
まるで、もう決まっているみたいに。
駅前に着くと、いくつかのお店の灯りが目に入る。
バレンタインが近いからか、どの店も少しだけ賑わっていた。
ショーケースの中には、綺麗にお菓子が並べられていた。
それを見た瞬間、胸の奥が、少しだけざわついた。
周りの女子高生の会話が聞こえる。
「こっちの方が彼氏喜ぶかな?」
「いや、こっちの方が良いんじゃない~?」
「やっぱり?彼氏にあげるの楽しみだなぁ。」
「毎年渡せたらいいね~」
「結婚しても渡したい!」
「先長いね~」
――ああ、そっか。
皆の恋人は、うまくいけば結婚してずっと一緒に居ることが出来るのか。
なのに、私は既婚者の先生に恋をしたから、気持ちを伝えることが出来ないんだ。
生涯を一緒にすることもないのか。
――やっぱり、やめようかな。
今なら、まだ引き返せる。
ここで帰れば、何もなかったことにできる。
それでも。
足は、動かなかった。
帰る方向じゃなくて。
目の前の店の方へ。
自動ドアが開いて、甘い匂いがふわりと広がる。
一歩、店の中に入った瞬間。
もう、引き返せない気がした。
ショーケースの前に立つ。
色とりどりのお菓子が並んでいて、どれも綺麗だった。
でも。
どれを見ても、すぐには手が伸びなかった。
――どれを選べばいいんだろう。
そんなこと、決まっているのに。
ただのお菓子を選ぶだけなのに。
どうして、こんなに悩んでいるんだろう。
ふと、前に調べたことを思い出す。
クッキーは「友達」
チョコは「本命」
そんな言葉が、頭の中に浮かんだ。
――じゃあ、私は。
どれを選べばいいんだろう。
意味なんて、気にしなければいいのに。
ただ、あげたいからあげる。
それだけでいいはずなのに。
どうしても、気になってしまう。
……分かっている。
チョコを選べば、どういう意味になるのか。
分かっているのに。
それでも。
私は、チョコレートの並ぶ棚に手を伸ばしていた。
並んでいるチョコの中から、ひとつを手に取る。
少しだけ値段が高くて、他のチョコよりも高級そうな箱に入っていた。
普段なら、自分では選ばないようなものだった。
――どうして、これを選んだんだろう。
自分でも、よく分からなかった。
ただ。
これを渡したいと思った。
意味なんて、持たせたくなかったのに。
結局、私は一番意味のあるものを選んでいた。
――これで、よかったんだろうか。
ふと、そんな考えがよぎった。
もし、先生が意味を知っていたら。
もし、気づかれてしまったら。
どうなってしまうんだろう。
……でも。
すぐに、その考えを打ち消した。
クリスマスプレゼントを渡した時も、先生は意味なんて気にしていなさそうだった。
きっと今回も、同じだ。
先生は、そういうことに気づく人じゃない。
――分かるはずがない。
そう思うことにした。
それでも。
胸の奥に残ったざわつきは、なかなか消えてくれなかった。




