第16話 隔世
殺人マンションの件から一夜明けた次の日。乙矢と菖蒲はいまだにだるさの残る身体を引きずって『幻想堂』に向かっていた。
「気を抜いたら立ち眩みしそう」
乙矢は殺人的な日差しを手で遮った。
「私はそんなに疲れてないですよ。昨日はちょっと焦げたくらいで他には何もしてないですから。」
菖蒲は可愛らしく頬を膨らませる。
「怒ってる?」
「怒ってないですよ。ただ、一人で先走って無茶をしたのはどうかなと思いますけど。ああ、焦げたのはご愛嬌って事で」
菖蒲は軽く意地の悪い笑みを浮かべた。確かに乙矢は先走ったので何も言い返せない。
彼女達がそんないつも通りの遣り取りをしていると『幻想堂』に着いた。
いつもの様に乙矢が扉を開けて中に入り、店の奥に向かった。
何だ? 紅蓮がいつもの2割増しでニコニコしている姿を見た乙矢は、何か良いことでもあったのだろうかと思った。
「二人に聞きたいんだけど、夏休みは空いているかな?」
何かあるのかな? まぁ乙矢は夏休みは大体クーラーの効いた部屋でゴロゴロしてるだけだから用事なんてない。
「特に予定はないですよ。強いて言えば宿題くらいです」
乙矢がちらりと菖蒲の方を見ると、私も似たようなものですと言っていた。
「それじゃ夏休みは僕達と旅行に行かない? 八ヶ岳に日本に置ける我々の様な存在を統括している所の総本山があってね。良ければ行ってみないかな?」
「それって“組織”のって事ですか?」
乙矢の問いに驚いた顔をして紅蓮は頷いた。
「“組織”の事を教えたっけ?」
どうやら乙矢が“組織”について知っていたことに驚いているようだ。
「昨日、天音から聞いたんです。試験に合格したら“組織”に推薦するつもりだって。」
紅蓮は成る程と言っているが玉藻は、あの馬鹿もんがと言っている。
「まぁ、そう言うこと。でも推薦じゃなくて“組織”で若い術者に指導を行っていてね、その講習に二人を参加させようかなと思ってるんだ」
乙矢達は顔を見合わせ喜んだ。
「喜ぶのはその講習に合格してからにした方がいいよ。各門派で下地を作った優秀な若者が集まるから結構高度な教育を行う。だから甘く見ない方がいい」
選抜ってやつなのだろう。とにかく彼女達は一応認めてもらえたのだ。
「ご両親の説得は各自頑張ってね。ほぼ夏休み全部を使うからね」
とりあえず乙矢達は一緒に旅行に行くって事にしようと話しをした。
「それと乙矢ちゃんには渡す物がある」
何だろと乙矢が紅蓮の方に向くと、2ヶ月前にサイラスが持っていた剣が彼の手に握られていた。
「一応回収してたんだ。なかなか『力』の通りが良くて扱い易い剣だけど僕達には必要ないからね。乙矢ちゃんが使えばいいよ」
それを乙矢は喜んだが、菖蒲にはないのかだろうか。
「菖蒲ちゃんが持ってるのは玉藻の髪で編まれた第一級の礼装。イメージだけで様々な武器になるし、有る意味神器に匹敵するほどの物だ。対して乙矢ちゃんは僕のお古のナイフ、そこそこ良いものではあるけど、攻撃力に乏しいからね」
確かにナイフ一本では戦力が低い。
「それにチャームとしてブレスレットに付けられるから持ち運びにも便利だし、この剣自体なかなか面白い能力があるしね」
そう言って紅蓮が剣に『力』を流すと、ダガー型のチャームに変わり、乙矢のブレスレットに付けた。
「あの、面白い能力って何ですか?」
「そうだね、斬るんじゃなくて叩き潰す能力かな。本来なら斬撃という結果になるものを全て打撃に変えている、でも刃の幅分に打撃が集中するからかなりの高威力になって結果として触れた部分を叩き潰す、千切れるって事だね」
うわぁ、極悪な武器だな。
「凄く嫌そうな顔してるけど、敵を吹き飛ばしたり、固い相手にも有効なんだよ」
そうは言われても、元々この剣を持っていた奴と剣の能力の印象が悪すぎる。
そんな事を思っていた乙矢を玉藻が一喝した。
「ぬしが使う力を選べる程の者か? 大した実力もないくせにガタガタ言うでないわ!」
確かにその通りだ。力に貴賎なし。乙矢はそう教えられていた事を失念していた。
「ゴメン、そうだよね。なりふり構ってられるほど私は強くないもんね」
乙矢の言葉に納得したのか、玉藻は分かればよいと言った。
「じゃあ、ありがたく頂戴します。そういえばこの剣の銘ってなんですか?」
「壊剣ギァリッグ、典型的なハンド・アンド・ア・ハーフソード、所謂バスタードソードだよ」
ギァリッグ? 言いにくいな、ギアでいいや。
乙矢はギアに『力』を通して剣に戻した。ズシッとした重量が彼女の手に掛かる、やはり重い。慣れるまでに時間がかかりそうだ。
乙矢はギアの重さを確かめるように両手で握りしめた。
それから『幻想堂』の前でいつも通りに練習を始めた。
20分もしないうちに乙矢は腕を上げることが出来ないほどに疲弊していた。
「キッツ! 腕がパンパンだよ」
そう言った乙矢を見て、玉藻は精進が足りないと言った。
そんな事私が一番わかってるって。
その日の練習は早めに切り上げ、乙矢達はそれぞれ両親を説得する為に家に帰った。
両親の説得から明けて翌日、乙矢の家は基本的に放任主義なので簡単に許可が下りた。
「私は大丈夫でした」
「私も大丈夫です」
『幻想堂』に着いた乙矢達は真っ先に紅蓮に報告した。
「それじゃあ二人共参加って事だね。講習まで時間はあまりないけど、詰め込めるだけの知識を詰め込もうか」
ニッコリ笑いながら言う紅蓮に彼女達は、ただひたすら恐怖しか感じなかった。この男、普段はおっとりしてるのだが、指導しているときは人が変わったかのように怖くなる。笑いながら無理難題を限界ギリギリの範囲でやらせるし。
「それでは、今日は座学にしようか」
おおっ! 久しぶりに座学だ。今日は何を教えてもらえるんだろう?
「今日は世界の仕組みについて勉強してもらうね」
「世界の仕組み? ですか。“組織”とかに関する事ですか?」
「それはまた今度。今日はもっと根源的な世界についてだよ。本当はもっと早くに教えるつもりだったんだけどね。」
根源的な仕組み? 乙矢はますます意味がわからなくなってきた。どうやら菖蒲も理解出来てないみたいだ。
そんな彼女達を見て、紅蓮は苦笑しながら話始めた。
「ふふ、君達は偶に僕達が現世って言ってたのを覚えているかな?」
そういえば乙矢は何度か現世という言葉を聞いた事がある気がした。
「世界は大まかに三つに分ける事ができる。一つが現世、今我々が住んでいるまさにこの場所だ」
現世がこの世界だと言うのは理解できる。しかし三つと言うことは後二つは何だ? 天国と地獄だとでも言うのか?
「そして二つ目が幽世、所謂あの世ってやつだ。そして三つ目は現世と幽世の間にある世界、隔世と呼ばれている。この隔世だけど、厳密には何層にも別れているんだけど、一番上層にあるものを一般的に隔世と呼称している。そして隔世は現世と折り重なるように位相をずらして存在するんだ」
現世と幽世と隔世か。それが何だというのか?
「そしてだ、隔世は現世と非常に近い。だから神隠しなどと呼ばれる現象に巻き込まれると隔世に渡ってしまうことになる。昔は現世の至る所に隔世に繋がる場所が有ったからよく神隠しが起こったけど最近じゃ繋がりが薄れて少なくなっている。とは言っても全くない訳じゃないけどね」
そうなのか、では行方不明者の内幾らかは隔世に迷い込んでいるんだろうか? そんな事を乙矢が思っていると、紅蓮は話が逸れたと再び話を始めた。
「隔世には手順さえ踏めば誰でも行けるんだけど、妖怪の住む世界だから紛れ込んだ人間は普通は生きて帰れない。まぁ、ある程度の『力』さえあれば出られるけどね。中には現世で普通に生活している妖怪もいるが、大半の妖怪は隔世で暮らしている。まぁ、結構気のいい連中が多いから今度遊びに行ってみようか。それと、御伽噺にもある鬼ヶ島とかも隔世の事だよ」
わぉ、鬼ヶ島かぁ。とりあえずイメージは掴めた。
乙矢が納得していると隣の菖蒲が質問した。
「あの……、天神様の細道とか、西洋の妖精の住む世界とかも隔世なんですか?」
「ああ、そうだよ。世界中にある、と言うよりもさっきも言ったように、現世と隔世は折り重なるようにあるからね。そうでもなければとっくに妖怪は見つかっているだろうしね」
妖精の住む世界か、ファンタジーの世界だ。やはりドラゴンとかもいるのだろうか。
乙矢が軽く妄想に耽っていると紅蓮は更に話を進めた。
「後は、結界にも使われる。さっきも言ったように何層も存在する。勿論現世の外側にも広がっていてね、それをわざと位相をずらす事によって金剛界とか幻界とかって結界として使うんだ」
聞いた事があるだろうと紅蓮は言った。
確かに乙矢が初めて除霊を見た時の結界を金剛界結守と言っていた。
「折り重なる世界だから、そこで幾ら被害を及ぼそうとも現世に被害はない。かなり便利なんだ」
確かに便利だ。いや待て、たしかこの前天音が使った呪怨結界でも被害はなかったはずだ。つまり位相をずらしていたのか。
一応は乙矢も理解出来たと思う。
「隔世には行けるんですよね? じゃあ幽世にもいけるんですか?」
乙矢の質問に難しい顔をしながら紅蓮は答えた。
「行けると思う。ただ方法がわからないんだ。神話などで黄泉の国に行ったって話は数多く存在するから何らかの方法で行くことは可能だと思うけど、既に失伝しているから新たに方法を編み出すしかないけどね、向こうからは簡単に出てこられるけど。」
今日はこれくらいにしとこうかと紅蓮が言い、お開きになった。
今回はかなり難産でした。




