第13話 玉藻、乱舞
「玉藻、乙矢ちゃんと菖蒲ちゃんを家まで送ってくれないか」
紅蓮は真剣な表情だ。
「妾がか? 仕方ないのぅ、店からの帰宅時に殺されては寝覚めも悪いしの。良いじゃろう、早く支度せよ。帰るぞ」
玉藻は溜め息を吐いて乙矢達を見た。
「大丈夫だよ。自分の身を守る術は習ったし。それにそう何度も危険な目に合うわけないよ」
楽観的な乙矢の言葉を聞いた玉藻は顔をしかめた。
「馬鹿もんが! 少しかじった程度で身を守れるじゃと? 紅蓮がその気になれば貴様等などとうに細切れになっておるわ! それにの、常に最悪の事態を想定して動かんか。事態は悪い方へ転がるのが世の常じゃ」
うぅ、慢心しているつもりはないんだけどな。
乙矢達は玉藻に言われた通りに帰り支度をして『幻想堂』を後にした。
そうして駅前に出ると乙矢達に玉藻がどちらの家が近いか聞いてきた。
「私の家はここから歩いて10分位です」
そう言った菖蒲の家に向かって彼女達は歩き出した。
「ぬし等は吸血鬼、いや妖怪と言うモノを理解しておらん」
突然玉藻がそんな事を言い出した。
「妖怪とは霊長の枠から外れた、元は神だったモノもおるのじゃ。世界に溢れる神話を紐解いてみよ、神は理由も定からぬままに人に天罰を下す。つまりじゃ、妖怪が人を襲うのには本来理由なぞなかった。そこに人がおるから襲う。ただそれだけの話じゃ」
確かに神話の神様には嫉妬で人間を化け物に変えたりするものもいる。
でも妖怪が理由もなく人を襲う意味がわからない。
実際、乙矢は玉藻達とは普通に接しているのに。
そんな事を考えていると玉藻が更に話を続けた。
「何と言ったかの……そう、ワクチンじゃ。人が病気に罹れば体内の抗体がそれに抗う。つまり、世界にとって人間は病原菌であり妖怪は抗体、ワクチンなんじゃ」
そんな、人間がウイルスなんてあり得ないだろう? 地球環境を考えて様々な取り組みをしているっていうのに。
「考えてもみよ? 永い時の中で人は何をしてきた? 森林を伐採し空気を汚染し汚水を垂れ流す。それだけでは飽きたらず同族どうしで殺し合い。そんな人間に世界が愛想を尽かしてもおかしくは無かろう」
確かにその通りだ、乙矢達に反論など出来る筈もない。
重い雰囲気のまま彼女達が歩いていると菖蒲の家に着いた。
「ここが家なんで、もう大丈夫です。今日はありがとうございました」
かなり大きい日本家屋だ、武家屋敷と言うのだろうか。厳格な空気が漂っている。
「それではまたの、危険がなくなれば連絡する。また来るが良い」
菖蒲に別れを告げ玉藻達は駅まで引き返した。
とても空気が重い。やはり玉藻も人間が嫌いなのだろうか。
「何か誤解をしておるようじゃから言うておくが、何も全ての妖怪が人間を忌み嫌っておるわけではない。ただ、住処を人間に奪われ、人間に迫害されたという事実があるからのぅ、あまり良い感情を抱いておらぬ妖怪が多い事は事実じゃ」
乙矢が初めて『幻想堂』を訪れた時にも言われた、理解出来ないモノを認めないと言う事か。
「勿論全ての人間が妖怪を迫害した訳ではない、妖怪に畏敬の念を抱いていた人間もおるしの」
そんな話しを聞いているうちに駅に着いた。
二人は電車に乗り乙矢の家の最寄り駅に行った。
電車に乗っている間、彼女達は一言も発する事なく黙っていた。
乙矢の家の最寄り駅に着き電車を降りて彼女の家に向けて再び歩き出した。
後少しで家に辿り着くと言う頃になって、玉藻が急に歩みを止めた。
「玉藻ちゃん、どうしたの?」
乙矢が問いかけると、玉藻は鋭い視線で周りを見渡していた。
「乙矢、妾の後ろに下がれ!」
緊張感の走る声でそう言われ、乙矢は玉藻の後ろに行った。
いったい何事かと乙矢が聞こうとしたら玉藻が先に口を開いた。
「何者じゃ? 隠れているのはわかっておるぞ。疾く姿を現せ」
一切の否定を許さない強さを含んだ声で玉藻は言った。
「臆病風に吹かれおったか? それとも炙り出されるのが好みか?」
玉藻がそう言った後、辺りに結界が張られた。
「いや、すまない。ただの小娘と侮っていたがどうやら違ったようだな」
声の主、結界を張った男が二人の前に姿を現した。
大柄で灰色の髪の異様な迄に血色の悪い男だ。
「ほぅ、そのまま侮っておれば良いものを。そうか、貴様がサイラスか」
確かに紅蓮達に聞いていた特徴と合致する。
「如何にも。私が第六使徒サイラス也」
サイラスは完全に敵意を剥き出しにしている。
しかし玉藻はそんな殺気などお構いなしに話を続けた。
「そのサイラスが何故妾の後をつけた?」
確かに。乙矢が聞いていた話ではシルヴィアを狙っているとの事だったのに。
「知れた事よ、貴様は姫君と共にいた。どんな関係かは知らぬが姫君の関係者である限り殺す。出来んなどと思うな。貴様がいかなる化生の類であろうが私の敵ではない」
そう言ってサイラスは禍々しい剣を取り出して構えた。
「確かにシルヴィアとは知らぬ仲ではないが奴の尻拭いをするほど親しい訳でもない。じゃが、何時までも周りを羽虫がチョロチョロしておるのを許すのも業腹じゃ。妾が直々に殲滅してやる、かかって来るがよい!」
そう言って玉藻は虚空から刀を取り出し、その身が炎に包まれた。
その炎の中から現れた玉藻は妙齢の女性の姿になっていた。
「源九郎から賜りし妖刀子狐丸の切れ味その身にとくと刻んでくれよう。さあ来い」
玉藻が言い終わると同時にサイラスは斬り掛かった。
−−斬−−
という音と共に袈裟斬りに振り下ろされた剣を玉藻は子狐丸で流し、返す刀でサイラスの首を狙った。
−−疾−−
辺りには風を切る音のみが響いた。
玉藻の斬撃をかわしたサイラスは再び距離を詰め、胴体を薙払った。
−−緊−−
サイラスの剣撃を受け止めた玉藻は再びサイラスの首に斬撃を放った。
−−疾−−
再び空を切る音がした。サイラスは上半身を後ろに逸らして首への斬撃をかわし、そのまま後ろに跳び下がり距離を取った。
そこから剣に『力』を込めて玉藻に向けて剣を振るった。
−−斬−−
剣筋をなぞる斬撃が玉藻に襲いかかる。二度、三度と飛んでくる斬撃をかわし、玉藻は右腕を振る。
−−業−−
サイラスの左半身に青い炎が上がるが左腕の一振りで炎は払われた。
乙矢が見る限り完全に膠着状態だが、サイラスは息を荒げている。片や玉藻は余裕綽々でサイラスを完全に見下した目で見ている。
再び玉藻が距離を詰め逆胴を打ち込む。
−−緊−−
と今度はサイラスが防ぐがそこに玉藻が渾身の右回し蹴りを放つ。
玉藻の蹴りはサイラスの脇腹を捉え五、六m程吹き飛ばした。
吹き飛んだサイラスが体勢を立て直した時には既に玉藻が眼前に迫り、真っ向から斬撃を放った。
−−斬−−
辛うじて体を捻り致命傷を避けたサイラスだったが左腕を斬り飛ばされていた。
「小童が紀元前から生きる妾に本気でかなうと思うてか」
圧倒的だ。玉藻は完全にサイラスを小物扱いしている。
「まさか私が遅れを取るとはな。しかし、我が本領はこれからだ!」
サイラスが雄叫びを上げると身体がどんどん変化していった。斬られた筈の左腕も生えて、腕はさっきまでの二倍に膨れ上がり、足はつま先が鉤爪の様に変化し、顔は肉食獣の様に変わり、尻尾が生えて全身が鱗で覆われた。
完全に変貌したサイラスはさっきまでとは比べ物にならない速さで玉藻に詰め寄り、拳を振り抜いた。
−−剛−−
向かって来る拳を玉藻はその細腕で受け止め、あろうことか拳を握り潰した。
サイラスは苦痛に悲鳴を上げるも逆の腕を振りかぶった。
−−斬、斬、斬−−
三度、刀を振るう音がすると、玉藻はサイラスの拳を放し、背を向けた。
そのまま玉藻が乙矢の方に三歩程歩くとサイラスの体に三本の赤い線が走り、ずれて四つに別れ、切り口から青い炎が上がった。一瞬後にはサイラスの体は塵も残さず燃え尽きた。
「乙矢、終わったぞ。しかし聞いていたよりも小物じゃったの」
そう言いながら玉藻は炎に包まれると普段の姿に戻っていた。
「よし、乙矢。ぬしの家はどこじゃ。さっさと行くぞ」
玉藻はさっきまで闘っていたことをまるでなかったのかの様に振る舞っている。
「あのさ、サイラスを倒したんならもう私一人で大丈夫じゃないかな?」
乙矢の言葉を聞き玉藻は一瞬キョトンとしたが、それもそうじゃな。ではまた明日来るが良いと言い踵を返した。
帰ったら菖蒲に連絡しないと。
翌日、乙矢達が『幻想堂』に行くと、玉藻はいつもの様に二人を出迎えてくれたが、紅蓮とシルヴィアはどこか疲れているようだった。
「あの、士道さん。どうかしたんですか?」
乙矢の質問に紅蓮は苦笑いした。
「それはね、そういえば乙矢ちゃんはサイラスを倒すところを見てたんだよね?」
「はい見てました! もう、圧倒的でしたよ。余裕で斬り刻んで焼却処分。格好良かったです」
乙矢の言葉を聞いた紅蓮はあははと笑った。
「それだよ。僕とシルヴィアがどうやって倒すか話してたら玉藻が帰って来て、「羽虫は殺した。もう心配する必要はないぞ」なんて言うから一晩かけて痕跡を洗って、とにかく大変だった。僕達が悩んでいたのが馬鹿みたいだろ?」
あはは、それは何と言うかご愁傷様だ。
それから、昨日に引き続き二人は『力』の使い方の修業を始めた。




