↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

誘拐ですけど

眩い光が視界を埋め尽くした。足元の感覚が消える。

身体が浮くような、落ちるような、不快な浮遊感。息が詰まり、思わず目を閉じた。

そして次の瞬間。

硬い石の床に膝をついていた。

どさり、とバッグが落ちる音が響く。

栞は顔を上げた。自宅の玄関はどこにもない。

代わりにあったのは巨大な講堂だった。

高い天井。

何本もの白い柱。

足元には複雑な紋様を描いた巨大な魔法陣。

どう見ても普通ではない。

周囲には大勢の人間がいた。

ローブ姿の老人たち。

鎧を着た騎士たち。

全員が魔法陣の中心にいる栞を見ていた。

一瞬の静寂。

その直後だった。

「□□□□□□!」

「□□□□□□□□!」

「□□□□!」

講堂が歓声に包まれた。

何を言っているのか分からない。

聞いたことのない言語だ。

だが喜んでいることだけは伝わってくる。

ぞっとした。知らない場所で、知らない人間たちに囲まれている。

しかも、なぜか全員が自分を見て喜んでいる。

「な、何なんですか……」

栞が一歩後ろへ下がると、歓声は徐々に収まった。

代わりに何十もの視線が突き刺さる。

やがて白髪の老人が前へ進み出る。

豪華なローブを纏い、長い杖を持った人物だった。

老人は栞へ何かを話しかける。

もちろん意味は分からない。

「すみません! 日本語分かりますか!?」

老人は困ったように眉を下げると、杖を掲げた。

杖の先が青白く光る。

耳の奥がじんと痺れた。

「これで聞こえますかな」

突然、言葉の意味が理解できた。

「え?」

「おお、成功しましたな」

周囲のざわめきも聞き取れる。

意味不明だった言葉が、なぜか普通に理解できていた。

「今、何したんですか」

「翻訳術式です」

「翻訳……」

「言語を共有する魔術ですな」

さらりと言われた。

「魔術?」

思わず聞き返す。ゲームじゃないんだから。

「いや、意味分かんないんですけど」

「ここ、どこですか?」

栞が尋ねると、老人は講堂の奥へ視線を向けた。

つられて栞も顔を上げる。

講堂の最奥には高い壇上があった。

中央には玉座。そこに年配の男性が座っている。

その両脇には二人の青年。

一人は金髪碧眼だった。柔らかな笑みを浮かべたいかにも王子様という雰囲気で、思わず安心感を覚える。

対してもう一人。黒髪に赤い瞳。整った顔立ちをしているのに近寄り難い。

無表情だからだろうか。

視線が合った瞬間、妙な威圧感を覚えた。

「ご紹介いたしましょう」

老人が恭しく一礼する。

「私は王立魔術研究院長、アルフレッド・ノイスと申します」

「安藤栞です」

反射的に名乗り返してから言った。

「だから、ここどこなんですか?」

空気を読む余裕はなかった。すると玉座の男性がゆっくり立ち上がる。

講堂中の人々が頭を下げた。

「ようこそ、聖女殿」

重々しい声が響く。

「余はアルヴェリア王国国王、アルフォンス・ルーベルトである」

嫌な予感しかしなかった。

「我が国は瘴気という災厄に苦しんでいる」

国王の声が講堂に響く。

「我々は召喚の儀を執り行い、そなたをこの世界へ招いた」

栞は固まった。

「……は?」

思わず声が漏れた。

「いや、何で?」

頭が追いつかない。

「何で私なんですか?」

守の顔が浮かぶ。ウェディングドレス。新居。来年の結婚式。

「無理です」

反射的に首を振った。

「仕事もあるし。来年結婚するんです」

声が少し大きくなる。

講堂は静まり返っていた。

胸が苦しくなる。

「いきなり知らない場所に連れて来られて、納得できるわけないじゃないですか」

誰も反論しない。

できないのだろう。

「何なんですか、これ」

栞は唇を噛んだ。

「誘拐ですけど」

沈黙が落ちた。

やがて国王が重く息を吐く。

「……その通りだ」

意外な言葉だった。

「だが我々は滅びの瀬戸際にある」

国王の目は真っ直ぐだった。

「聖女の力なくして、この国は救えぬ」

それでも栞は納得できなかった。

「自分たちの国のことですよね」

思わず声が強くなる。

「だったら自分たちで何とかしてください」

胸が苦しい。

怒りと恐怖で震えながら続ける。

「私は帰りたいんです」

それだけだった。

しかし国王は首を横に振る。

「それはできぬ」

胸の奥が冷えた。

「約束しよう。瘴気の浄化が果たされた暁には、必ず元の世界へ帰還させる」

帰還。

その言葉に栞は顔を上げた。

「……本当に?」

「王の名に誓う」

国王はそう言った。

だが栞は信じていなかった。信じられるはずがなかった。

魔術だの。瘴気だの。聖女だの。

いきなりそんな話をされて、受け入れられる人間がいるのだろうか。

少なくとも自分には無理だった。

「そして」

国王が視線を横へ向ける。

「聖女殿の護衛ならびに補佐役として、第二王子アシュレイ・ルーベルトを任命する」

黒髪の青年が一歩前へ出た。

近くで見ると驚くほど整った顔立ちだった。

だがやはり怖い。

柔和なもう一人とは正反対だ。

「アシュレイ・ルーベルトだ」

低い声が響く。

「これからお前を支援する」

短い言葉だった。愛想もない。

だが不思議と嘘も言わなそうだった。

栞はその赤い瞳を見上げる。

ただ帰りたい。今はそれだけだった。

そしてその願いが、思っていたより遥かに遠いものになることを、この時の栞はまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。