↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

来年の結婚式

はじめまして。普段は読む専門でしたが、思い切って投稿してみました。

初投稿のため至らない点もあるかと思いますが、お手柔らかにお願いいたします。

安藤 栞(あんどう しおり)は、自分の人生はそれなりに順調な方なのだと思っていた。

二十四歳。食品メーカー勤務の営業職。社会人三年目になり、仕事にも慣れてきた。忙しい日々ではあるが嫌いではない。上司からの評価も悪くなく、最近は任される業務も増えた。

平日は残業ばかりだ。それでも不満はなかった。頑張れる理由があったからである。

来年の五月、結婚する。

大学二年生の頃から付き合っている恋人、奥田 守(おくだ まもる)との結婚が決まっていた。

だから今日も休日を使い、結婚式の準備を進めている。

ウェディングサロンの鏡の前に立つ守を見ながら、栞は小さく笑った。普段からスーツ姿は見慣れているが、タキシード姿は少し新鮮だった。ただ、選んだネクタイだけはいただけない。

「その色、あんまり似合ってないと思う」

率直に言うと、守は眉を寄せた。

「そんなに?」

「うん」

スタッフが別のネクタイを差し出す。そちらの方がずっと似合う。守も栞の反応を見て察したらしく、あっさりと選び直した。

昔からそうだった。服や家具にはあまり興味がない。そのくせ栞のことになると妙に細かい。

ちゃんと食事をしているか。

体調は崩していないか。

帰りが遅くなり過ぎていないか。

最初は過保護だと思ったこともある。けれど六年も付き合えば分かる。それが守なりの愛情表現なのだ。

いつも自分を大事にしてくれる人だ。

守の試着が終わると、今度は栞の番だった。スタッフに案内され、更衣室へ入る。

何着か試した中で、最後に選んだ一着だった。

真っ白ではない。

少しだけクリーム色を帯びた柔らかな色合いのドレスだ。

鏡の前へ立った瞬間、栞は思わず息を呑んだ。

想像していた通りだった。

何度も式場を回り、カタログを見比べ、守に付き合ってもらいながら探した一着だった。

よく見つかったな、と自分でも思う。

更衣室の扉を開く。

先に待っていた守が振り返った。

一瞬だけ言葉を失ったようだった。

「似合ってる」

照れたように守が言う。

飾り気のない一言だったけど守がそういう人間だと知っている。

鏡に映る自分を見る。来年の五月。本当にこのドレスを着るのだ。守の隣で。

そう信じて疑わなかった。

試着を終えた二人は、そのまま新居の内見へ向かった。

駅から徒歩十分ほどの場所にあるマンションだった。まだ築年数も浅く、日当たりも良い。

家具のない部屋は想像していたより広く見えた。

明るいリビング。

大きな窓。

栞はゆっくりと部屋を見渡した。

ここで暮らすのだ。結婚して。

一緒に朝を迎え、一緒に帰宅し、休日には買い物へ出掛ける。そんな何気ない日々を積み重ねていく。

当たり前の未来がそこにあった。

胸が熱くなった。家族になるという実感が湧いた。

父は幼い頃に亡くなった。母も大学一年の時に亡くなっている。

親族との付き合いもほとんどなく、帰省する実家もない。

だからこそ、自分の家庭を持つことに憧れていた。

守は照れ臭そうに笑っている。

その横顔を見ながら、栞は幸せを感じた。


夕方になると、二人は駅前の居酒屋へ向かった。

そこにはもう一人の約束相手が待っている。

「お待たせー!」

明るい声とともに現れたのは神崎 朱莉(かんざき あかり)だった。

大学時代からの親友。

母を亡くした後も何度も連絡をくれた数少ない友人だった。

三人で飲むことは珍しくない。

乾杯を済ませ、近況を話しながら料理をつまむ。自然と話題は結婚式や新居のことへ移った。

「本当に結婚するんだね」

朱莉はどこか感慨深そうに言った。

「まだ大学生だった気がするのに」

「私もそう思う」

栞が笑うと、守も苦笑した。

六年。長いようで短かった。

あっという間に時間は過ぎてしまった気がする。

しばらく話を聞いていた朱莉が、小さく息を吐いた。

「いいなあ」

何気ない呟きだった。

「何が?」

「何がって」

朱莉は肩をすくめる。

「仕事も順調そうだし、結婚も決まってるし」

冗談めかした口調だった。

だが、本音も少し混じっていることが長い付き合いの栞には分かった。

朱莉は昔から仕事への意欲が強かった。

大手企業に就職し、将来は管理職を目指したいとも言っていた。

ただ最近は、期待していた仕事を任されなかったり、自分より成果の低い同僚が先に評価されたりと、思うようにいかないこともあるらしい。

それでも朱莉は前を向いていた。

「私はまだ仕事かな」

グラスを傾けながら笑う。

「結婚とか考えるより先に昇進したいし」

それも本音なのだろう。

仕事が好きなのだ。

だから栞は朱莉を格好いいと思っていた。

けれど朱莉から見れば、栞の人生もまた羨ましく映っているのかもしれない。

結局、人は自分にないものへ目を向けてしまう。

朱莉はふと守へ視線を向けた。

守は相変わらず栞の皿へ料理を取り分けている。

自然で、当たり前のような仕草だった。

六年間ずっとそうだった。

羨ましいと思った。

守が欲しいわけではない。

ただ、そんな風に誰かを大切にし、誰かから大切にされる関係が少しだけ羨ましかった。

栞は仕事も順調そうで、結婚も決まっている。

守は今も変わらず栞だけを見ている。

なんだか全部持っているように見えた。

もっとも、その感情はほんの一瞬だった。だから朱莉は笑う。

「ちゃんと幸せになりなよ」

心からの言葉だった。

「うん」

栞も笑った。仕事もある。友人もいる。愛する人もいる。

来年から暮らす家もある。幸せだと思った。

この先も続いていくのだと疑わなかった。

夜九時過ぎ。

守とマンション前で別れた後、栞は帰宅した。

少しだけ酒が入って、気分は良かった。

来週は式場との打ち合わせ。再来週には家具選び。

来年の今頃は、守とは同じに家に帰る。そんなことを考えながらマンションの鍵を開けた。

玄関へ入り、靴を脱ごうとして違和感に気付く。

床が光っていた。最初は目の錯覚かと思った。

白い光が床一面に広がっている。

複雑な紋様。見たこともない文字。幾重にも重なった円。

まるで物語に出てくる魔法陣だった。

「……え?」

心臓が大きく跳ねた。

一歩後ろへ下がろうとした。その瞬間、魔法陣が強烈な光を放った。

視界が真っ白になる。床の感覚が消える。

守。そう呼ぼうとした。けれど声は光に飲み込まれた。

登場人物の名前を変更しました(8/30)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。