↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

最初の瘴気核

王都を出発して三日後、一行は目的地周辺へと到着していた。

街道を外れてからというもの、周囲の景色は徐々にその様相を変えていた。

最初は木々の勢いが失われている程度だった。

しかし先へ進むにつれて、その異変は誰の目にも明らかなものとなる。

葉は黒ずみ、枝は痩せ細り、地面には黒褐色の染みが広がっていた。

まるで大地そのものが病に侵されているかのようだった。

栞は無意識のうちに胸元へ手を当てた。

実地訓練で感じたものと同じ不快感だが、濃さが違う。

あの時は瘴気を感じたが、今は瘴気の中を歩いているような感覚だった。


今回の遠征は実地訓練とは体制そのものが異なっていた。

対象は瘴気汚染ではなく瘴気核。

王国にとっても研究院にとっても極めて重要な案件である。

そのためアルフレッドも現地へ同行していた。もっとも前線へ出るわけではない。

数名の護衛騎士を伴い、少し後方から状況を見守っている。


◇◇◇


先頭を進んでいた騎士が手を上げた。

一行が足を止める。

警戒。

その二文字が形を持ったような緊張感だった。

騎士たちの視線は森の奥へ向いている。

アシュレイも剣の柄へ手を掛けていた。

栞は息を潜める。

不意に木々の隙間で何かが動いた。

一瞬だったが、見間違いではない。

巨大な影だった。実地訓練で見た低級魔獣など子供に思えるほど大きい。

異様な圧迫感があった。

「追跡は不要だ」

アシュレイが低く命じる。

騎士たちは即座に従った。

それだけ危険な相手なのだろう。

「今のは」

栞が問い掛けると、アルフレッドが静かに答えた。

「恐らく中位種ですな」

穏やかな口調だったが内容は穏やかではない。

実地訓練で遭遇した低級魔獣とは格が違う存在である。

「瘴気核の周辺では珍しくありません」

アルフレッドは淡々と続ける。

「むしろ瘴気核が存在するからこそ、ああした魔獣が引き寄せられるのです」

栞は無意識に唇を引き結んだ。

視線は消えたが、気配までは消えていない。

どこかでこちらを窺っているような感覚が拭えなかった。


◇◇◇


さらに奥へ進んだ先で、森は完全に死んでいた。

黒く変色した幹、ひび割れた地面、生命の痕跡すら残っていない空間。

虫の声も鳥の囀りも聞こえない。不自然な静寂だけが広がっていた。

そしてその中心に、それはあった。

巨大な黒い結晶。

人の背丈を遥かに超える異形の塊だった。

表面には無数の亀裂が走り、その隙間から黒い靄が絶えず漏れ出している。

栞は言葉を失った。

王国各地を蝕み続ける元凶で、自分が浄化しなければならない存在が目の前にあった。

「これが瘴気核です」

アルフレッドが静かに言う。

「想像していたものとは違いますかな」

「もっと……ただの石のようなものかと思っていました」

アルフレッドは小さく頷き、瘴気核へ視線を向ける。

「ですが、これは単なる石ではありません」

その声にはわずかな緊張が混じっていた。

「瘴気を生み出し続ける災害そのものです」

栞は黒い結晶を見つめた。見ているだけで胸の奥がざわつく。

まるで何か生き物を前にしているような感覚があった。

「周辺の魔獣も、この瘴気核が原因なんですか」

アルフレッドは頷く。

「瘴気に惹かれて集まるものもおります」

そこで言葉を切る。

「ですが、それだけではありません」

栞は眉をひそめた。

「どういうことですか?」

「魔獣は瘴気核から生み出される場合もあります」

一瞬意味が分からなかった。

「生み出される?」

「ええ」

老人の表情は真剣だった。

「瘴気が凝縮され、形を得るのです」

栞は思わず瘴気核を見上げる。黒い靄は今も絶えず湧き出ている。

「だから瘴気核を放置できないのですよ」

アルフレッドは静かに続けた。

「土地を蝕むだけではありません」

「魔獣まで……」

「増やし続けます」


周囲へ展開していた騎士たちの表情が引き締まる。

誰一人として気を緩めていない。

アシュレイもまた瘴気核から目を離していなかった。

「行けるか」

短い問いだった。

栞は大きく息を吸う。怖くないわけではないが逃げたいとも思わなかった。

「はい」

迷いなく答える。

「やれます」

アシュレイは静かに頷いた。

「俺たちが守る」

その言葉だけで十分だった。


栞は瘴気核の前へ進み出る。

ゆっくりと目を閉じた。

本来あるべき姿から歪められたものを元へ戻す。

意識を集中させる。白い光が指先へ集まり始めた。

その瞬間だった。

瘴気核の表面に走る亀裂が、不気味な音を立てて広がる。

騎士たちの間に緊張が走った。

「殿下!」

一人の騎士が叫ぶ。

黒い靄が瘴気核の根元から溢れ出していた。

それは地面を這うように広がり、徐々に一つの形を成していく。

獣だった。だが普通の獣ではない。

巨大な体躯。赤黒く光る眼。凝縮された瘴気そのものによって形作られたような異形。

その姿が完全に現れた瞬間、森全体が震えるような咆哮が響き渡った。

「中位種だ!」

騎士の声が飛ぶ。

アシュレイは即座に剣を抜いた。

「総員戦闘準備!」

鋭い号令が森に響く。だが栞は目を開かなかった。

ここで止まれば同じことになる。

自分の役割は戦うことではない。

浄化することだ。

白い光はさらに強さを増していく。

中位種の咆哮が響く中、最初の瘴気核浄化が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。