第11話「癒やしの波と家族を強く想うこと」
凍りつくような吹雪の白さが森の木々を痛めつける北側の平原では、もはや雪の色ではなくおののくような真っ黒い血のにおいが混ざった凄絶なる乱戦の熱波が空気を引き剥がし続けている。
前足の太さだけでも人を凌駕しうる巨大な魔獣たちは硬く毛深い頭部から鋭く湾曲した重たい角を雪原に突きつけ、ただただ生あるものすべてを踏みにじろうとする狂った破壊の意思だけでそこにうごめいていた。
騎士たちの構えた数かぎりの刃で切りつけられても、傷口から流れるのは鮮血などではなくどろりとした黒紫色の腐臭をもった泥土の魔気ばかりがこぼれるのみである。
ヴォルフガングの後方から放ばれる大振りの剣は音をこえる早さで獣の側頭部の一つを一撃にて打ち砕いて破裂させしめたものの、すでに右からのもう一匹の魔による不規則にはじかれた体当たりの余波が彼の厚い防具の半面をやすやすとへし曲げ後方へ吹きとばそうとする結果を生み出すのも止められなかったようにみえた。
「させるものか!」
高く割れあがるルカの声とともに小さな横風をついて木々の上へ駆けあがった二人の少年兵たちの長剣がその魔物の喉の肉の奥深くへと刺しこまれる軌道を作り上げる。
しかし体格と魔力からの力の隔たりというものはどう補正しようとも厳しい現実となってそこに残るのも明らかであり、魔の頭部の乱暴な持ち上がった横なぎの一振りだけで二人の体は容易にもはるか先方にある雪原の中へとうっちゃりをくわされて沈み込んでしまったのだ。
重たい悲鳴とも防戦のかけごえのままならないともしれぬ不規則な音が交雑する戦場で、膝の自由がわずかによそりとられた父親はその両足を雪の中でもがき苦しむまま前へと突き進めようと苦悶しその目尻へ濃い焦燥感を募らせていっている。
負傷によって甲冑や軍靴へとしみ入りこんでいく兵たちの痛ましい感覚を知るかのように空が低くなり一瞬の暗き闇が平原を重くふせてしまいそうになった瞬間だった。
『こんなの、絶対にいやだ』
かすれた細くかぼそい少女の吐息が一列にあがっただけのはずが、その振動は魔と獣性のあふれかえる戦場全体の地面を恐ろしいほど強く震わせたことに気づかせるものであるようだった。
遠くの屋敷から見え隠れしているのではない。
平原の中央で倒れ伏す兵のすぐ斜め後ろに、小さな少女の姿があった。
彼女は心配のあまり、無意識のうちに精霊の力を借りて戦場まで跳躍してきてしまったのだ。
薄い外套も羽織らず、雪の深さなど気にも留めない様子で、ひたすらに前へ向かって滑り込んできた。
「リ、リリア。お前どうしてここへ!」
ヴォルフガングの信じられない大きな喉の裏返りの声すら聞こえていないかのまま、リリアはひび割れたように呼吸を吐きだす唇のあいだをわずかに横への強ばりで強くこらえあげていたのである。
彼女の手の中にあるものは、もう孤児院での誰かが気まぐれに与えたものだけではない自らのあたたかい体全体を使い切って守りきってやろうという一つの決心だけの熱の奔流そのものだといってよい。
次の瞬間、彼女の細い手首が平原へと無音の中に押しむけ広げあげられたとたん、まるで彼女の体内の中に太陽の一きれそのものが押し込められていたのではないかという途方もない強烈な眩い光が視界という視界の全部をおおいつくしたのである。
精霊というにはあまりに巨大で数え切れないほどの密度の波風が、ただの遊戯であった庭の時の花をもたてさの比には全くならないほどの圧力をあげ円環のすべてを満たす。
暖かくてやさしいその白光の壁は、男たちや倒れた兵の体に対しては包み込むような完全の生命の修復と体力の逆流をもたらした。
一方、魔とよどみのあふれるあの獣たちの分厚い組織の前面に触れるやいなや強烈なほどの熱の暴風となってどろどろとした魔性のためのおびえを完全に無機質へと解き離してしまうのであった。
雪原を包み込むやわらかな光の波動。
その前に、黒い魔獣たちは満足な咆哮すらあげられなくなった。
確かな浄化の光に触れたそれらは、ただ砂と灰に変わり、風の彼方へとさらさらと流れて消え去っていく。
すべての熱気が前へとはなたれつづけられた数十秒ほどの沈黙のあとは、空にはいちはやく分厚い重い鉛色の雲がひきちぎられた切れ目の晴天のようなやわらか水色の部分がいっきに落雪とともに注がれ降りるようだった。
リリアはどうにかその重たすぎる結果を見終える前にすでに頭の中のはるかな明滅によって力すべてを吐きおえていたかのまませわしない前のめりに上半身から完全にのめった。
かたい氷への直撃の前に、しかしまたしてもとてつもなく深く分厚か暖かな皮の着込みの内側にやわらかく受け止められたのだったという確信だけは残っているのだ。




