3.時代の申し子
お読みいただきありがとうございます。
シルファールの視界には、使役たちと同じ目線に立って力付けるアーディエンスの姿がある。使役たちが不安と混乱の沼に落ち込んでいれば、シルファールは上から差し込む清廉な光のように彼らを照らし、澱みを浄化する。
一方のアーディエンスは自ら沼に飛び込み、底に沈殿した泥部分にまで手を突っ込んで丸ごと巻き上げるかのごとき力強さで、懸念ごと彼らを抱き込んで激励する。
これはどちらが正しいという話ではない。個々の方法が違うだけだ。だが、負の念を御すという重要な仕事を成すには、高みから清らかな光を照射して正に導くシルファールより、使役たちと同じ位置に立ち、負をもまとめて受け入れた上で良い方向へ引っ張って行くアーディエンスの方が遥かに適役だ。そのことをありありと見せ付けられた。
《悪くなどない。お前のやり方も在り方も正しい。ただ、負の念と正面から向き合って処理せねばならなかった当時に限っては、大精霊により適していたのはアーディエンスの方だった。……時機と時代が必要とする要素が、あの子の性情と合致したのだ》
アーディエンスに目を向けながら、ラーグが呟いた。その胸中には、幼いシルファールの姿がある。最期の大賭けに備える中で、必然的に甥のことも視ていた。その存在が博打に影響するかもしれなかったからだ。
そして、彼を取り巻く境遇を見て、これは駄目だと思った。
彼の母たるミスティーナは、我が子に諭していた。シルファールが感じる苦しみや辛さ、不自由さは真っ当なものだが、それでも恵まれた者の悩みなのだと。学びたくても、衣食住を充実させたくても、這い上がりたくても、その機会さえ掴めない下級使役にとっては垂涎の環境にいるのだと。
遠視でそれを聴いたラーグは、ミスティーナは正しいが、間違ってもいると思った。シルファールよりさらに上の環境にいるラーグが、全てを手放して下働きになりたいと渇望したことが幾度もあったからだ。
例え日々の食べ物にすら事欠き、あちこちが破れた衣を纏い、弱い霊威がために馬鹿にされ、上にいく機会さえ与えられない状況に転じ、全てを喪ったとしても。それでも、最上位者として使役界の全てを背負う責任や義務から逃れられるならばそちらの方がマシだと、心の底から思った。
どれだけ惨めに地べたを這おうとも、自身の一挙手一投足が使役全体の運命を左右する現状と比べれば、如何程に心が軽く、楽になることか。
だからこそ分かる。ミスティーナの言い分は正しい。だが一方の視点からの意見であり、やや偏っていると。上には上が背負う重荷や重圧、苦労があるのだ。それは下働きの苦境とは種類も方向性も異なるものだ。ミスティーナが恵まれていると断じた上位者とて、下働きにも劣らぬ地獄のような辛苦を味わいながら生きている。
だが、上位の使役ではないミスティーナにはそれが分からない。高みにある者が下を這いずる者の辛さを理解できないのとは逆に、下にいる者も上の苦労が理解できない。生きとし生けるものは皆、自分が見聞きし経験や体感を行った事象から、己の価値観や思考、基準を作り上げていくからだ。
なお、全てを超越した神ならば万物の思考や想いが分かるはずだが、神々の多くは同胞以外の気持ちを理解しようという意欲自体を持たないので、別の意味で論外だ。
《アーディエンスは、あの子は、時代に選ばれた申し子なのだよ》
アルシオは気付いていただろう。ミスティーナの精神は素晴らしく、意思も堅固で、考えも主張も共に正しい。……だが、偏ってもいると。ミスティーナはシルファールに、『皆が見ているのは私やあなたではなく、私たちの背後にいるアルシオだ。大精霊の妻子だから皆が良い顔をするのだ』と諭していた。
だが、ミスティーナの場合はそうかもしれないが、シルファールは違う。彼はれっきとした上位精霊であり、強大な力を有し、下位使役へ命令を出せる立場にある。それはアルシオとの親子関係とは別個の事実だ。ゆえに大精霊の息子云々ではなく、シルファール自身を見て近付く輩も少なくなかったはずだ。
ミスティーナはその点でも、下位の神使である自分を基準にした思考から脱し切れていなかった。繰り返すが彼女の思考や信条は素晴らしい。だがそれでも、今少しだけ多面視点での視野が足りなかったのだ。
ありがとうございました。




