2.ひと時の会話
お読みいただきありがとうございます。
《だよなー。ちょっと発破かけとくか》
しゃーねーなぁ、というニュアンスで肩を竦めたアーディエンスが、パンと軽く両手を打った。重く沈みかけていた空気を引き上げるかのように。
『空間揺れにしてもだ。今はウォーロック様たちがいるんだし、俺もできる範囲で使役界に注意を向けといてやるから。万一またヤバくなってもスルーとかしねーよ。可能な限りでだがちゃんと動いてやる』
『先代様……』
『ほら、元気出せ。有事が起こってもゆったり構えてイイ仕事してりゃ、デキる奴だって神にも目をかけてもらえるかもしれねーだろ。俺も見ててやるから、こーゆー時こそ使役根性見せてみろ!』
右腕を頭上に突き上げて鼓舞するアーディエンスが放つ力強い上昇気流に引き上げられるように、先日の動揺が尾を引いていた使役たちが士気を取り戻していく。不安に染まっていた彼らの顔に血の気が戻っていくのを、シルファールはぼんやり眺めていた。
紅涙からカーネリアン色に転じたアーディエンスの瞳。カーネリアンは成功や勝利を表す指導者の石だ。
《私はいつまで衣を掴まれていれば良いのだ?》
脳裏に静かな声が響く。自分とアーディエンスの前を歩いていた彼がこちらを顧みており、父と同じ紫眼を向けて来ていた。叔父と同じ青緑の髪が揺れる。
《アーディエンスさんのお話が終わるまでです。ここで私が手を離せば、あなたはさっさと先に行ってしまうでしょう?》
《ああ。使役にも使役界にももはや関心はない。何なら私だけ先行し、お前たちはここで存分に話をしてから追い付いて来ても良いぞ》
《そのようなことを仰せにならず、もう少しだけ。きっとそろそろ終わりますよ》
《何故そう思う?》
《何となく。勘です》
《当て推量か。まあお前が言うならば仕方ない、今少し待つとしよう》
応じる声が苦笑を孕んだ。シルファールは先だって復活したばかりの伯父を見上げる。ラーグは何だかんだで自分に優しい。かつて賭けに利用して傷付けた負い目と、自分の甥であることと、神同士の同胞愛と、何よりアルシオが大切にする愛息であることと……色々あるのだろうな、と思っている。
なお、ラーグはシルファールやミスティーナ、イルーナには罵詈雑言を吐かない。シルファールは果断な思考もするが性格としては謙虚な部類に入るため、ミスティーナは元々ラーグに礼儀正しいため、イルーナは怖がりで繊細なためだ。
反骨精神旺盛で生意気なアーディエンスに対しては時に苛烈な片鱗も見せるが、それも十分に手加減しており、本領からは程遠い。ラーグをよく知る最古参の先達精霊だった神々が見れば、羽虫くらいの力しか出していない大怪獣みたいなものだと評するだろう。
そんなことを知らないシルファールの頭に、風にそよぐ木立のように深い美声が木霊する。
《シルファール・アディ。両親の良き器量を存分に受け継ぎしお前が大精霊になっていれば、歴代でも屈指の気高い長として使役界を統治していただろう》
唐突な言葉。だが、シルファールは困惑することもなく苦笑した。自分の心情を読まれていたと悟ったからだ。
神成したアルシオの後釜に収まったのは、大精霊への就任を夢見ていたシルファールではなく、アーディエンスだった。そうなるようラーグたちが暗躍した。そしてアーディエンスにはそれだけの素養と適性があったのだと、今改めて思い知った。
シルファールの様子からそのことを察したラーグは、フォローも兼ねて思念を送って来たのだ。
《……あなた方が何故、私ではなくアーディエンスさんを大精霊に望んだのかは分かっています。私にはこのような形でのまとめ方はできない。良くも悪くも、どこまでも上位者という立場から言葉を授ける、そういうやり方を用いていたでしょう》
ありがとうございました。




