58.生まれて初めて
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『こうなった以上、お前たちのやりたいことを、やりたいようにやってみろ。失敗しても助けてやるから、何かあれば私の背に隠れていれば良い。私が必ず守ってやる』
平坦な声で言うラーグは、弟たちが擬精霊になると聞いた時の狼狽からすっかり立ち直っている。さすがというべきか、平静に戻るのは一瞬だった。
『ありがとうございます』
『……え……?』
やったーとばかりに礼を述べるウォーロックの横で、アルシオは間の抜けた声を上げた。たった今、ラーグに言われた台詞を反芻する。
『アルシオ兄さん? ――えっ、何で泣いてるの!?』
動きを止めたアルシオの異変を感じ取ったウォーロックが次兄を一瞥し、トパーズの目を見開く。長兄よりも微かに輝きのあるアメジスト、切れ長の眼差しから溢れる滂沱の涙。
『……なんでも、ない。ただ……今までそんなことを、言われたことが、なかったから、驚いただけだ』
アルシオの生涯は、常に責任と重圧と共にあった。生まれながらに比類なき霊威を持つ上級精霊であり、長じては大精霊となり、夫となり、父となり兄となり。いつでも自分が他者を守る側、助ける側だった。他の使役と群れない一匹狼な性格もあっただろうが、他の誰かに一方的に守ってもらう、助けてもらうことはなかった。
神格持ちでも役職付きでもない頃は、上級使役とはいえ上に守られる立場でもあったはずだが、当時のトップはアルシオを目の敵にしているイーネストだった。僅なミスや手落ちが原因で追い落とされかねない、安息とは程遠い状況だった。
ミスティーナやシルファール、ウォーロック、アーディエンスとは互いに守り合い助け合って来たが、夫、父、兄、伯父、年上の先達という立場である以上、やはり自分の方がしっかりしなければならないと気を張っていた。必然、自分が先陣切って先頭に立つか、仕えるべき神々の後に静々と従うか、その二択だった。
だからこんな風に、自分より確実に目上で格上で年上で、この上ないほどに自分を愛してくれる者から、絶対に守ってやると丸ごと抱かれた経験がなかった。自分を守ってくれるために前に立ってくれる者の陰で守られる、そうして良いのだと言ってもらえたことは、生まれて初めてのことだった。
未だかつて味わったことがない、絶対的な感動と安心感。ずっとずっと荒れ海を泳ぎ続けた果てに、大きな船に引き上げられて、もう大丈夫だと暖かな布団で包み込まれたかのような。
『……っ……』
『アルシオ兄さん、これ……』
無言で泣き続けるアルシオに、ウォーロックがそっとハンカチを差し出した。有り難く受け取ってふと前を見ると、何故かラーグまで泣いている。
『どうしたんですか!?』
ラーグ兄さんまで何で、というニュアンスで弟が目を剥いている。
『すまない。アルシオが泣いているのと、今の言葉を聞いたら私まで涙が出て来た。私もこのような幸せを享受したことは初めてだと考えた途端に』
長兄が淡々と言った。同じように涙を流す二対の紫眼が、ボヤけた視界の中で絡み合う。
『心を偽ることなく、兄としてお前たちと同じ場所に立つことができている。このような日が来るとは思ってもいなかった。永きの疲弊も全て吹き飛ぶほどの、広大無辺の幸福だ』
『ラーグ兄さんはずっと頑張って不幸を背負い続けて来たから、その分大きな幸を手に入れたんですよ。禍福は交互にやって来るものでしょう。というか、ハンカチまだあったかな』
『神威で……いや、聖威で出せば良いだろう……』
無邪気に言いながら長兄の分のハンカチを探す弟に、アルシオは若干涙声でツッコんだ。
『あっ、そうか! アルシオ兄さんはやっぱり賢いね!』
ポンと手を打つウォーロック。お前は発想力豊かなのか極度の鈍チンなのかどっちなんだと思っていると、ラーグが次弟を制し、自分の指で涙を拭った。そして寸の間口を閉じ、静かに開く。
『これは私の考えだが、幸福と不幸が等しいとは思わない。不運が来ればそれだけの幸も訪れる。山があり谷があり、幸と不幸が代わる代わるやって来て、最後は両者の釣り合いが取れる。そのような考え方もあるが……それは幻想なのではないかと、私は思う』
『何故ですか?』
ようやく涙が落ち着いたアルシオは聞いた。
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