57.兄弟たちは水入らずで話す
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『静かになったね』
『ああ』
呟くウォーロックに頷いたアルシオは、ふと先達たちを見た。皆、どこか茫洋とした目で扉を眺めている。彼らはかつて、扉の奥で身を粉にして働き続けていた。使役界の負を一身に引き受ける、生きた浄化装置として。誰に強制されるでもなく、自分の意思でその役割を引き受けた。そして疲弊し、ボロボロになっていた。
だが、それももう終わったのだ。解き放たれた彼らは、もう二度とあの暗闇に己を押し込めることはない。散漫な視線で佇んでいた先達たちだったが、我に返ったように動き出した。
『……どれ、儂らも様子を見ておいてやるか』
『脇からちょいちょい突っついてやろう』
『あー責任が無い立場って良いのう』
『老爺、アルシオ、ウォーロック、また後で』
何やら好き放題言いながら、我先にかき消える。使役界に転移したのだ。要するにアーディエンスたちが心配なので、いざとなればフォローしてやるつもりなのだ。
アルシオはラーグに視線を移した。兄も扉を見ていた。だが、その眼差しには何の色も宿っていない。自分たちがいる領域とは完全に別世界となった場所を見ている、無味乾燥な目。彼は本当に、もはや使役界に対して何の感情も持っていない。今回手を貸してくれるのは、弟たちを守るためだ。
『勝手なことをしてごめんなさい、ラーグ兄さん。擬精霊になるという案は僕が考えたんです』
ウォーロックが申し訳なさそうに言った。途端、人形のようだったラーグの面差しに心が宿る。
『やはりな。神成した元精霊が、一定期間に渡り神性を抑え続けるなど前代未聞だ。アルシオの性格では中々思い付かない内容だろう』
大精霊や副大精霊などの選定を実施する室内でのみ、神格持ちの使役が箔付けの神性を押し秘めることならばある。だが、それは選定時のみのごく短時間かつ、特定の会場内に限定しての話だ。アルシオとウォーロックが行った行為とはまるで違う。
『……どうせ私は頭が固いですよ』
『そうではない。お前は真面目だと言っているんだ』
偏屈な受け取り方をして唇を尖らせるアルシオを、ラーグが静かに宥めた。
『でも、ラーグ兄さんたちを呼んで蘇っていただこうという案は、アルシオ兄さんの方が先に閃いたんですよ。いざという時は臨機応変な対応もなさいます』
『あれは事前に復活のための情報をお聞きしていたから思い付いただけだ』
一から斬新な発想を考案して組み立てるという点では、ウォーロックの方が優れている。負の念が美味しいから悪神に差し上げようだとか、聖威師が容認されているのだから自分たちも神格を抑えてみようだとか、そういう斜め上のアイデアは、アルシオには容易に出て来ない。自分と弟は適正も得意分野も違うのだ。
『そうだったのか』
転瞬したラーグが微笑んだ。真っ白に脱色した織物のように表情も感情も削ぎ落とした彼が、例外で目立った反応を見せるのは弟たちに対してだけだ。
『では、私たちがこうして見えられたのはアルシオのおかげだな』
『そうですね。やっぱりアルシオ兄さんはすごいです』
気が付けば、何故か自分が褒められている。目を点にしつつ、アルシオは密かにウォーロックへ思念を飛ばした。
《しかし、まさかフィーラスがあのような気性だったとは。むろん悪神の茶の影響も大いにあることは分かっているが……。結果論とはいえ、アーディエンスを擬精霊にさせなくて正解だったな。私とお前に縋ろうとしていたくらいだ。かつて頼みとしていたアーディエンスまでいれば、きっとしがみ付こうとしてしまっていた》
《そうだね。あの子は先代大精霊だからちょっと迷ったけど、ルゥとロンたちを宥める役を担って欲しかったし》
と、念話で内緒話するアルシオたちは知らないが、もし擬精霊となることを提案されていても、アーディエンスは断っていた。仮定の話、アーディエンスやシルファール、ミスティーナ、イルーナが神格を抑えたとしても、ラーグはきちんと守ってくれる。同胞愛はあるのだから、大切な身内として慈しんでくれる。
だがあくまで、ラーグの最愛は〝特別〟である弟たちなのだ。アーディエンスたちも大事な家族だが、それでも弟たちのために守るオマケという側面もある。
ゆえに、闇雲に数を増やすよりもピンポイントでアルシオとウォーロックだけに絞った方が、ラーグを釣るためにも、最高神を説得するためにも効率的だと言っていただろう。
そんなことを知らないアルシオたちは、自分たちが取った選択が正解だったことを呑気に喜んでいた。
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