56.ミスティーナは怒る
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『お前という奴は……!』
こめかみを引き攣らせ、アルシオは唸った。まさかこれほど他者依存な性格だったとは。きっと、今までは上手く隠していたのだ。彼女はウォーロックのように精神そのものを改竄されたわけではない。茶の影響により、情緒不安定や短所の増幅、思想の偏りなどは出ているが、己というものの根幹まで激変しているわけではないはずだ。
加えて、使役たちを知り尽くしている先達たちとて、フィーラスを腹黒だと評していた。ということは、残念ながらこれが彼女の本性だったということだ。
すっかり騙されていたと肩を落とすアルシオの横で、ウォーロックも唖然と当代を眺めている。弟もフィーラスが秘めていた性格に気付いていなかったらしい。
『御二方とも、使役界の運営会議には出て下さるんですよね。私が答弁に詰まったら助けて下さい〜。ボルネッタ様たちと同じ部屋とか息が詰まって、ふげっ』
餌を見付けた猪のごとくアルシオたちに詰め寄ろうとしたフィーラスが、カエルが潰れたような声を上げて後ろへ下がる。というか、下げられた。
『メア……』
『ミスティーナ?』
当代大精霊の首根っこを引っ掴んでアルシオたちから引き離したミスティーナが、満点の夜空ラピスラズリの瞳に静かな憤激を宿して佇んでいた。
『バルロッサには私からも言い含めます。当代をしっかり鍛えよと。川を渡る際、浮き具を付けた者の背におぶさって便乗しようとし、自力で泳いで渡ろうとする気概がない者に上位者は荷が重いでしょう』
『う、うん……でもまぁ、適材適所で誰かを頼るのも一つの手だから、一概に悪いわけじゃ……』
『今回に関しては悪いでしょう。使役の長たる者が、事ここに及ぼうとも甘え癖から脱しようとする意思がないのですから。極悪非道な性格ではないにしろ、上に立つ者としては大いに不足なのではありませんか?』
『その通りです……』
恐る恐るフォローしようとしたウォーロックだが、あっさり瞬殺された。アルシオは内心で冷や汗をかく。愛妻は努力を怠る者が嫌いなのだ。むろん、個々の考え方や生き方もあるので、ある程度は何も言わず受容している。
だが、誰かに苦労や責任を任せて自分はろくな管理もせず、それにより周囲に大迷惑をかけ、自省の様子も見せずまだ他者に縋ろうとするフィーラスの姿勢は、完全にミスティーナの地雷を踏み抜いている。
『あなた方も、くれぐれも情に絆されて当代を甘やかさぬよう』
『『はい』』
反射的に返事をするアルシオとウォーロック。神格を抑えた今、天の神であるミスティーナの言葉に逆らい難いということもあるが、それ以前の話として単純に怖かった。
『バルロッサには私から経緯を話し、早急に動いてもらいます』
『じゃー俺はボルネッタたちにアルシオ様の指示を伝達して来ますよ。母さんも一緒に行きましょう』
『ええ……』
『私はバルロッサ様がおいでになるまでの繋ぎとして、大精霊――もう第一大精霊ですね――がきちんとミーシャを捕縛し、使役たちに正しい説明ができるか見ています』
ミスティーナに次いでアーディエンスとイルーナが言い、母からフィーラスを引き取ったシルファールが締めくくった。
『分かった』
『頼んだよ』
アルシオとウォーロックは頷いた。正確には、怒ったミスティーナに気圧されてそれしか言えなかった。アルシオやラーグたちに頭を下げたミスティーナが姿を消し、消沈した様子のイルーナを気遣うアーディエンスもそれに倣う。
最後に、一礼したシルファールがフィーラスを引きずって使役界の門の中へ入って行った。遠巻きに成り行きを見守っていた使役たちが、慌てて道を開けている。
アルシオは遠い目で息子を見送った。シルファールは優しいが、父から容赦なく鍛え抜かれ、母に似た果断さと思い切りの良さも持っている。フィーラスに対して生温い対応をすることはないだろう。少しでも至らない点があれば、ビシバシ指導を入れる。
軽い音を立てて門が閉まった。シルファールが閉じたのだ。売られていく子牛のような目をしたフィーラスの姿も、その向こうに消える。一気に気配が減り、場がシンとなった。
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