53.ここからが正念場
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『うぅ〜』
観念したのか、フィーラスが肩を落とす。大精霊の神性を手にして神々への同胞愛が芽生えた以上、それを喪失することは何よりの恐怖なのだ。
『バルロッサは決して悪い者ではない。厳しくとも相手を想うからこその指導をしてくれる。それが少々過ぎることが難点だが……お前は本来の実力は高い。開き直って発奮しさえすれば乗り切れる』
思案を巡らせれば、もう少し優しい別の方法を見付けることもできるだろう。だが、フィーラスの他者任せにする姿勢が災いし、自らが統べる世界を崩壊寸前にする事態を招いてしまった。しかも事が起こった際には頼りにならず、神成したアーディエンスに恨み言を吐く始末だ。償いと反省も兼ねて、多少は痛い目を見てもらわなければならない。
ただ、フィーラスは首の皮一枚繋がる望みがあるだけ良い方だ。かつて部下の思想と行動を御せず、地上にある秘奥の神器が暴走する遠因となった帝国中央本府の前主任神官は、責を問われて職を解かれ、平神官に降格となったのだから。
今まで主任として積み上げて来た数多の功績や成果を鑑みて、神官位の剥奪や地下行きなどにはならなかったものの、昇天後は箔付けの神性をいただけるという主任特権を喪失したことが何よりの罰になった。
しかも代々神官の家系なので、昇天した後は凋落した姿のまま、先に神使になっている先祖と顔を合わせ続けなければならない。いたたまれないことこの上ないだろう。
一方のフィーラスは、即時解任ではないため、まだ挽回できる余地が残されている。彼女が大精霊として成し遂げて来た大事も多々あり、それを評価する同輩たちもいるはずだ。神性の喪失という最悪を回避できる可能性はある。そのチャンスを掴めるかどうかは彼女次第だが。
『…………』
アーディエンスが何かを言おうと口を開きかけるが、その袖をシルファールがそっと引き、無言で首を横に振った。アルシオとウォーロックも目線で制止する。
ここでアーディエンスが下手に言葉をかければ、フィーラスはまた縋ってしまうかもしれない。それでは変われない。彼女の実力は本物だ。誰かを盾にせずとも、きちんと自力で立てるはずなのだ。
こちらの意を察したらしいアーディエンスが、目を伏せて口を噤む。
『……お言葉を承りました……大神様のご指示通りにいたします』
消え入りそうな声で、フィーラスが頭を垂れた。ウォーロックが静かに告げる。
『ボルネッタたちとバルロッサにはこちらからも連絡しておくから。君は自分のやれることを精一杯やりなさい。最後に泣かずに済むように。……頑張って』
『はい……』
『――妥当な采配であったと思う』
黙して聞いていたラーグが声を発した。
『大精霊を複数体置くやり方はやや変則的だが、考えられる手法の範疇だった。隠居者の臨時復帰も先例がある』
二体の大精霊が使役界の頂点に立つ。言わば二頭政治のようなものだ。単独の長による暴走や独裁を防げる反面、双方の意見が割れた際に面倒が生じるデメリットがある。首領が偶数なので尚更だ。
それでも、経験豊富かつ熟練者であるボルネッタと補佐たちならば、その点も踏まえた上で的確に立ち回ってくれるだろう。彼らにはそれだけの力量がある。大精霊を双頭にすること自体、期間限定の一時的な処置でもあるのだし。
『ボルネッタを始め、随分と気が強い者ばかりを選んだとはいえ、悪くはない。彼らの実力と手腕は確かだからな。大精霊はお前が鍛え直してやっても良いと思うが、バルロッサでも構わないだろう。突飛というほどでは――』
『いいえ、私の話はまだ終わっておりません』
『ん?』
ここからが正念場だ。まだ何かあるのかと首を傾ける兄と対峙し、アルシオは一つ息を吸い込んだ。
『使役界は現在、非常に混乱しています。ボルネッタたちが統制を取ったとしても、騒動の余韻は今少し残ります。必然、負の念は量、濃度共に増加することが予想されます』
『確かに、世界崩壊の危機だったからな。落着したとはいえ、身構える暇もないまま刻まれた恐慌の念はすぐには消えないだろう』
『それを踏まえ、先ほど最高神方に打診して承諾を取りました。――私とウォーロックはこれよりしばしの間、神格を抑えて擬精霊の状態となり、一時的に使役界へ限定干渉し、使役たちのフォローと負の念を集める霊具の増強を行います』
元精霊である神が神性そのものを抑え、擬似的に精霊状態に戻って使役界に干渉する。つまり、擬人として人界に関わっている聖威師の精霊版である。
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