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スピンオフ置き場  作者: 土広 真丘
第1章
57/73

48.神格喪失の危機

お読みいただきありがとうございます。

 唇を噛んだシルファールと視線を交わしたアーディエンスが、言葉を選ぶように口を動かした。


『……神に迷惑はかけてねーし、神怒を被ったわけでもない。だから、神の側から切られる可能性は低い。今日の一件だって、結果的に先達方が復活してくれて大喜びだろうしな。だが、使役側から大精霊に不適格だと見なされ、上級会議で罷免される可能性は高い』


 何しろ、フィーラスがミーシャの動向をきちんと管理せず野放しにしていたがために、使役界の中枢を担う上級精霊の多くに被害を出してしまったのだ。

 しかも、メンテナンス担当者が暴走し、あわや使役界消滅の危機にまでなった。アルシオとウォーロックがラーグの復活という切り札を持っていたから良かったものの、そうでなければ取り返しが付かないことになっていたのだ。

 加えて、かつて降格された時のウォーロックのように、神々が直々に手を回して特別に守っているわけでもない。となれば、使役内で弾劾される確率が濃厚だった。


『大精霊だけじゃなく神格持ちとしても欠落してると認定され、それを神々が受け入れれば、箔付けの神格は喪失することになるな』

『いやああああぁぁぁ!!』


 喘鳴(ぜんめい)を帯びた絶叫が木霊する。アルシオはヒヤリとして周囲を窺った。もし他の神々が近くにいれば、うるさいと眉を顰められるかもしれない。だが、目敏くその気配を察したラーグが告げた。


『案ずるな、ここは使役界の門前だ。神々が来ることは滅多にない』

『そう、ですか』


 まるで心を読まれているようだと思いつつ、アルシオは頷いた。そして憮然とした表情で呟く。


『神という立場に慣れるのがお早いのですね』

『慣れるとはどういう意味だ?』

『私が神成したばかりの頃は使役の意識が抜けず、神々に対して敬語を使っていました。兄上はそうではないので』

『僕も同じです。僕がラーグ兄さんの立場だったら、今の台詞は〝神々がおいでになられることは滅多にない〟と言っていました』


 ウォーロックが援護してくれた。転瞬していた深紫の双眸が柔く細まる。


『そうだったな。新たな立場に慣れず右往左往するお前たちも可愛かった』


 何を言っているんだと、アルシオはジト目で兄を見た。自分たちは真剣だったというのに。


『あ〜、儂らは想念になった時から神成していたも同然じゃったしのう』

『あの間に慣れてしもうたわい』


 教えてくれたのは先達たちだ。やはりラーグたちは色々と規格外だったらしい。アーディエンスが見ていられんとばかりに発破をかけた。


『フィーラス泣くな! そんで騒ぐな、パニクってる場合か! まだ挽回できるかもしれねーだろ!』

『ひくっ……こ、ここがらどうやっで巻き返せば良いんですかぁ〜! 私だっでたくさんお茶を飲んだし、ミーシャ様はもう頼れないしぃ、どうしだら良いんですか!?』

『だからそれを考えるんだろーが、とにかく落ち着け!』


 世界の終わりを見たような顔で髪を振り乱し、大声で泣きじゃくるフィーラス。開いた門の向こうから、使役たちが遠目に様子を窺っている。自分たちのトップである大精霊の乱心を目の当たりにして動揺しているものの、今のタイミングでこちらに来ても良いものか判断が付かないらしい。


『だ、大精霊様……一体何があったのですか。先ほど神逐と聞こえた気がするのですが……使役界は大丈夫なのですか?』


 門越しに消え入りそうな声を発し、おずおずと呼びかけるのは、珊瑚(コーラル)色のミディアムヘアを持つ少女姿の精霊だ。暗みがかったラズベリー色の目を不安で満杯にし、こちらを窺っている。


『ひいぃ……神逐だけはいやあああぁぁっ!』


 だが、フィーラスは彼女を落ち着かせるどころか、神逐の単語を他者から聞かされたことで余計に取り乱し、それを見た使役たちもますます顔色を悪くしていく。


『全員落ち着け。大精霊は少し混乱しているだけだ。先ほど伝えられたと思うが、使役界は無事だ』

『そーだぜ、騒動は起こったけど大事には至らず収まったしな。もう心配ねーから安心しろ!』


 アルシオが静かに、アーディエンスが力強く、皆を宥める。氷刃と烈火。正反対の気質で使役界を総べていた前任者の声が、門の向こうに真っ直ぐ届いた。


『先々代様、先代様……』

『し、しかし、やはり不安で……当代様もこんなに憔悴しておられますし』


 かつて大精霊であった者たちの太鼓判と、神の御言葉(みことば)の威力により、使役たちに広がりかけていた恐慌の気が霧散した。とはいえ、平静を取り戻せたわけでもない。つい今しがた、実際に自分たちの世界が崩壊しかけたばかりなのだから。


 消し切れない焦燥と混乱、不穏がうっすらと、しかし確実に拡散していき、それを感知した霊具がフルスロットルで動き出す。先ほど修復したばかりの、使役界の負の念を収集する霊具だ。血相を変えたシルファールがフィーラスに言葉をかける。


『大精霊、冷静になって。あなたの発する恐怖や不安が、良くない気として放出されている。しかも、それが使役たちにも伝播してしまっている』

『ぞんなごど言われでも……ふえぇぇん!』

『あークソ、こうなったら俺の神威でフィーラスへの茶の影響だけでも中和するか? だが、コイツ元から動転しやすいからな。この状況じゃ、ちょっとマシになるだけでどのみちパニックは続くか』


 かといって、神成した立場でそれ以上の干渉をしても良いものか。現時点のフィーラスはまだ大精霊だ。広くは神族に含まれるので、普通の使役より関わりやすいが……手助けする加減を間違えれば、逆にフィーラスが挽回する機会を奪うことになる。そんな葛藤を抱えている顔で、アーディエンスが眉間に皺を寄せる。

ありがとうございました。

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