30.大精霊選での珍事①
お読みいただきありがとうございます。
声を震わせるアーディエンスの横で、アルシオたちも遠い眼差しになっていた。あの場には自分たちも臨席していた。神の立ち会いは不要だが、自主的にだ。先代と先々代の大精霊及びその家族として、後任の選定結果を見届けたかった。アルシオと和解したばかりのウォーロックは、表舞台に顔を出したくないと渋っていたが、皆で説得して連れて来た。
『なのに戻って来たアイツ、急いでイバリアの方に札を入れようとしてセカセカ駆け寄ったせいで、箱の前で躓いてすっ転びやがって。それで札がすっ飛んで、隣に置いてあった自分の箱の中に落っことしちまったんですよ!』
『『…………』』
先達たちが目を真ん丸にしている。ラーグはシラッとした顔を崩さない。
『色々落っことしてばっかじゃのう』
『もうコントかギャグだろ、それ』
『そんな自爆、前代未聞ではないか』
『どれどれ、ちょっと過去視してみよう。皆にも視える形にするかの』
興味本位だろう、先達の一柱がラーグの補佐をする片手間に、ちょちょいと神威を操作した。虚空にスクリーンが投影され、当時の光景が映り込む。
『いやああああぁぁぁぁっ!!』
『バカヤロー! 何やってんだテメーはぁ!』
決選投票が行われる会議室。ふんわりしたブラウンヘアを振り乱し、半狂乱で泣き叫ぶフィーラスに、アーディエンスが詰め寄っている。
『す、す、すぐ取り出しますっ!』
『無理だっつの、箱には不正防止の結界が張ってある。いったん入れたら出せねーようになってんだろ!』
『そ、そうでしたー!』
フィーラスの名が書かれた箱の前に駆け付け、眉を顰めているのはアルシオ。その傍らでは青ざめたシルファールが佇んでいる。ウォーロックは部屋の壁際にあるデスクに走っていた。
『あなた、これは不慮の事故ではありませんか? 取り消しや無効扱いにはできないのですか?』
少し離れた場所に控えて様子を窺っていたミスティーナが、憂いを帯びた表情で言った。その背後からは、イルーナがおずおずと顔を覗かせている。
『規則上では、一度札を入れてしまえばやり直しはできないことになっていたはずです』
シルファールが首を横に振った。大精霊を目指して使役界の規定を総暗記していたので、大精霊選の決まりにも詳しい。
『洗脳や暗示などにより自我を封じられていたことが明らかになった場合や、第三者が投票者から札を奪って勝手に入れた場合などは特例で無効票になることも有り得ますが……今回の場合は投票者の自己責任になるかと。お父様、合っていますか?』
『ああ。過去にも投票形式を用いた際、投票者が札を入れる直前でくしゃみをした拍子に手元を狂わせ、本意とは異なる者の箱に入れてしまったことがある。だが結局、それも有効扱いとなった』
いつの時代も間抜けな使役はいたのである。アルシオが怜悧な美貌に険を滲ませたまま言う。
『それでも駄目で元々だ。やれることはやってみる』
そして、箱に視線を落としたまま手を横に差し出す。タイミングを合わせたようにやって来たウォーロックが、兄の手のひらに光るカードを置いた。壁際のデスクに置かれていた物を持って来たのだ。
『結界の解錠キーです』
『ああ。ひとまず中の札を確認する』
元々、投票後はこのカードで結界を消し、票数を確認する予定になっていた。神威で結界をぶち破るより順当な手段を選んだのだ。カードを箱の上部にかざすと、箱を覆っていた透明な結界が消失する。素早く中身をひっくり返し、アルシオは顔を歪めて呻いた。
『全て投票済みの黒札に変わっている。やはり副大精霊が入れた物も有効扱いになっているな』
『投票札は霊具の一種なのです。最初は白色をしていますが、一度箱に入れると黒に変わります。そうなると再投票はできません』
キョトンとしているイルーナに、シルファールが説明する。ウォーロックが解錠キーと共に持ってきた透明なボードをアルシオに手渡した。
『投票札を管理している霊具です』
ありがとうございました。




