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スピンオフ置き場  作者: 土広 真丘
第1章
34/41

25.そして現在軸に戻る

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


『アーディエンス? どうした?』


 ラーグは弟だけが大事なのだ。意味深な台詞を呟いたきり黙り込んだアーディエンスに、アルシオは訝しげな声で呼びかけた。何かを回顧するように虚空をさ迷っていた赤い双眸が、ハッと焦点を結ぶ。


『っ……ですからラグドール様、いやもうラーグ様なのか。とにかくあの方は、父さんとアルシオ様が大切なんです。お二人が頼めば全力で応えてくれますよ』


 聞いていたらしい先達たちが、ラーグの補佐と並行してこっそり念話を送って来る。


《その通り。ただし一つ忠告しておく。老爺……ラーグ様を動かす手段として、都合良くアルシオたちを使おうとしてはならんぞ。それはそれで怒りを買うでな。ラーグ様が怒れば相手は微塵の躊躇もなく捻り潰される。くれぐれも気を付けよ》

《普段は至って冷静なのだが、一度逆鱗に触れた時の発火具合と言ったら……。ちなみに今回は大丈夫じゃよ。アルシオとウォーロックは心から使役界を助けたいと思うておった。アーディエンスはその心を口に出すよう進言しただけじゃからのう》


 親切な助言に反応したのはウォーロックだった。


《ラーグ兄さんって怒るとそんなに大変なんですか?》

《そりゃあもう。使役界の長老という立場と負の念を大量に受け続けていた負担もあり、滅多に感情を動かされぬようになっていたが、いざ臨界点を超えると怒る怒る、そりゃあもう……とにかく怒る怒る怒る。相手は存在抹消などという楽な方法で消してはもらえんぞ。生まれて来たことを永劫に後悔する状況に追いやられる》


 一体どれだけ怒るのか。そんな一面があるのかと驚いているシルファールとミスティーナ、そしてイルーナの脇で、アルシオは黙念と口を閉ざし、アーディエンスは何か納得したような遠い目になっている。慄然とするシルファールたちの様子を察したか、先達たちが急いでフォローを送って来た。


《だがお前たちは大丈夫。最愛の弟たちと、弟たちが慈しむ妻子じゃからのう。ラーグ様の尾を踏んでも特別に許してもらえる側じゃ。良かったのう》

《本当に許していただけますか?》


 不安そうに尋ねるウォーロックは、自分でもポヤポヤだという自覚があるのだろう。


《大丈夫、大丈夫。お前とアルシオなら、神経のど真ん中を爪先で踏み抜いても無かったことにしてもらえる。大精霊の頃のアルシオが何度突っかかっても笑顔で受け流しておったじゃろ。きっと弟が可愛くて堪らなかったのであろう》


 能天気に笑う爺共曰く、ラーグはああ見えて短気なところがあるそうだ。ひとたび相手をウザいと思えば、無感情のまま、回復不能なまでに叩き潰す。ごく稀にそれをも超えて怒りが表出すると、とんでもないことになるそうだ。


《かつてのラーグ様は、最愛の弟たちを傷付け、苦境に追いやるやり方で賭けを行うことに苦悩しておられた。もっと別の手段はないかと、あらゆる角度からお考えになられておったのじゃ。非常に多くの要因や事情が重なり、結局ああいった方法を採ることに落ち着いたがな》

《あの頃は断腸どころか魂を削る思いでおられたはずじゃ。その分、これからは弟たちを目一杯可愛がるだろう。何せ、本来は兄だと伝えることもなく無残に神逐される最期を覚悟しておったはずが、このような決着に落ち着いた。なればもはや己を殺す必要は無しと、今後はきっと本意のままに振る舞われる》


 そう補足する先達たちの声には、はっきりと安堵が滲んでいる。彼らはラーグをとても慕っていたと聞いている。ラーグが永きに渡る重圧と鎖から解放され、心の赴くままに在れるようになったことが喜ばしいのだろう。


『半分ほど直した。残りもそれほどかからず終わる』


 遠隔で神器を修復していたラーグが言った。周囲には神紋が幾つも浮かんでいる。相当複雑かつ精密な復元を行なっているのだろう。まるで、崩れやすい絹豆腐に細かな彫刻を施すかのごとき手並みだ。


『大精霊に進捗を念話します』


 アーディエンスが素早く動いた。順調に修理が進んでいる様子に、固唾を飲んでいたシルファールとミスティーナ、イルーナが一様に胸を撫で下ろしている。

ありがとうございました。

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