24.先代大精霊は視た⑦
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《大当たりです。僕のこと何でもご存知なんですねぇ。やっぱり心を触っていたからですか?》
《それもあるが……お前とアルシオのことはずっと見て来たから、大抵知っている。お前ももう神成したのだから、今後は自分のしたいことを自由にすれば良い》
際限なく優しい語調で背を押すラグドール。かと思えば、地を這うような声がアーディエンスの意識を叩く。
《おいガキ、お前はいつまで視ているつもりだ。何か用があるのか? 後任決めでトラブルでもあったか?》
《違います。あなたの神威と傲岸不遜な態度を向けられたら、ウォーロック様が怖がるんじゃないかと思って心配してただけですよ》
《この子にお前と同じ態度を取るはずがないだろう。何もないなら引っ込んでいろ、ボケ》
罵声と共に、遠視が強制的に断ち切られた。ラグドールが自身の神威をぶつけて遮断したようだ。
『あっ! あの野郎……!』
『ひぃ……な、何でそんな怖いお顔をなさってるんですか?』
アーディエンスが眉間に皺を寄せて虚空を睨め付けると、飛び上がったフィーラスが涙目になって震え出す。その様相は、ふんわりしたブラウン色のミディアムヘアに、淡い桃色のおっとりした垂れ目。体系は小柄で、絵に描いたように愛くるしい女精霊だ。
『もしかして私が鈍臭いと思ってらっしゃるんですか? 資料一つ用意するのにどんだけかかってんだって? うぅ……じ、自分でも分かってますよ! 仕事は遅いし、臆病だし、ウジウジしてるし、アーディエンス様やアルシオ様、ウォーロック様みたいに上手くできないし……で、で、でも、私だって精一杯やってるのにぃぃ!』
『ああ? 何勝手に勘違いしてんだよ、つーか俺何も言ってねーだろ! 短所があっても克服するとか、有能な配下で固めるとか、色々あんだろーが。大精霊だからって完璧じゃなくても良いんだからな』
苛立ったように頭をかくアーディエンス。女性相手に容赦がないが、フィーラスは大任を背負う立場にある。厳しい言い方になろうとも指摘しなければならないのだ。
『それよりお前が一番に直さなきゃいけねーのは、すぐパニクる癖だ。もったいねーなぁ。もうちょっとデンと構えて開き直れば、大精霊の器にも届くだろうに』
『うぅぅ……私だって大精霊になりたいけどちゃんとできるか不安で怖いんですううぅぅ……。ええん、大精霊になりたいよー、神成したいよおぉぉ。でも、でも重責が怖いー!』
『こんなトコで泣くな馬鹿! とっとと涙拭け!』
『はいぃ』
『ってちょい待て。そのペーパー、インク付いたやつじゃねーか!? 顔が真っ黒になってんぞ!』
『ご、ごべんなさあぁぁい! 洗って来ますうぅぅ』
『あ、おい……』
グズグズ泣きながら続き部屋の洗面台に走るフィーラスを見送ったアーディエンスは、やれやれと嘆息した。
『ったく……わざわざ洗いに行かんでも自分の神威使って落とせば良いんだっつの。落ち着けよ』
そして、つい今しがた彼女が言った台詞を反芻する。フィーラスは自分で思っているほど仕事が遅いわけでも、できていないわけでもない。ただ比較する対象が悪すぎた。何せアルシオにウォーロックという規格外の異才を目の当たりにして来たのだ。
そしてフィーラスの最大の短所は、有事の際に慌てやすいところだ。上に立つ者としては致命的な欠点である。十分に光る力を持っているのに、それを発揮できない。アーディエンス自身、大精霊であった時分から、彼女の性情を惜しいと思っていた。
『さっさと泣き止め。……もう俺は助けてやれない。お前が自分で歩いてくしかねーんだ』
手を貸してやりたくとも、神成を果たしたアーディエンスは、以前のように使役界に関われる立場ではない。
『わ、分かってますよぅ。……まさかアーディエンス様が神成するなんて……』
『ぶつくさ言ってねーでちゃっちゃとしてくれ。なるべく早く母さんとウォーロック様のトコに戻る』
『うぅぅ……しかもウォーロック様まで神成しちゃうとか、何で? アーディエンス様だけじゃなく私のフォローもして下さって、ものすごく頼れる方だったのにぃ』
顔と手を洗い、半べそで作業を再開するフィーラスを視界の片隅に、アーディエンスは意識を戻るべき場所とそこにいる者に向けた。
帰った時、あの腐れ爺の思念はまだいるだろうか。ウォーロックとアルシオを異様に気にかけるアイツは。先達全員がそうなのか、それともラグドールだけか。だがどちらにせよ、老害共はラグドールの一声があればそれに従うので、同じことだ。
『あの爺は何であれほどウォーロック様とアルシオ様を大事にするんだ……?』
答えの分からない疑問。当事者に聞いてみようか。だが、何となくはぐらかされるような気がした。
えぐえぐと泣く副大精霊の嗚咽を聞き流しながら、アーディエンスは正解の分からない問いに悩み続けた。
ありがとうございました。
本話で回想終わりです。




