19.先代大精霊は視た②
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『誰だよあんた……』
『えっ、何か仰いました?』
内心の声がまろび出ていたらしい。半眼で呟いたアーディエンスに、大精霊選の資料を用意していたフィーラスが首を傾げた。書類や写真として出力している資料の他、霊威を用いて記録してあるデータを呼び出して虚空に並べている。
『いや、何でもない。続けてくれ』
目を逸らして手を振り、アーディエンスは口の中で呻く。
『何だアレ。俺ん時と態度も神威も違いすぎだろ。別の奴じゃねーかよ』
あの態度ならば、確かにすごく優しいと評するだろう。ついでに、あんなに優しい御稜威ならば、余裕で防御も抵抗もできるだろう。だが、ウォーロックを怖がらせるような言動をしていないのは良かった。その点で胸を撫で下ろしていると、ザッと全身に寒気が走り、ドスの効いた低音が頭を揺らした。
《さっきから何だ。コソコソ覗き見するとはマナーの悪いガキだな》
どうやら視ていることを察知されていたようだ。覗き見どころか他者の精神に手を突っ込んで改竄しまくった奴にマナー云々を指摘される筋合いはない。そう言い返してやりたいが、遠視越しでも伝わる不機嫌な気に言葉を封じられる。というか、仮に言ってもさらに凄まじい百万言を投げ返されそうな予感がする。
なお、ウォーロックは何も気付いていないようで、ぽややんとした顔で『先達様〜、結界張れましたー』と呑気に喜んでいる。《良かったな。これで安心できただろう》と返すラグドールの声と気は、アーディエンスに放っているものとは別物だ。
頷いたウォーロックが、やれやれ一仕事した〜と言わんばかりに防御を消した。そして日向ぼっこする猫のように目を細め、未だ体にかけられたままだった羽毛布団の御稜威を堪能し始めた。温かくて気持ちが良いらしい。無防備にも程がある。
この隙にまた何かされたらどうするんですかと頭を抱えたくなったアーディエンスだが、ラグドールの神威はふんわりとウォーロックを包んでいるだけだ。もう何もしないというのは本当なのだろう。例えしたとしても、アーディエンスが感知できる。
《……お前は他者を疑うことを知らなすぎる。あれだけの目に遭わされてなお、私を拒絶しない》
すっかりリラックスしているウォーロックに、ラグドールが呟いた。優しさと愛しさ、切なさとほろ苦さを織り交ぜた声。淡い黄色の眼差しが薄っすらと開いた。
『拒絶はしていません。これからもしないでしょう。でも怒ってはいます。私を通してミスティーナ様とシルファール様を傷付けたのですから。それによりアルシオ様やシルファール様の教育係など多くの者も巻き込まれ、被害を被りました』
自分が操られて精神を改竄されたことより、他者が受けた傷のために怒る。ウォーロックはそういう性格だ。
『被害と言っても、落ち度なく巻き込まれた者に関しては、彼らの心身が損なわれることがないよう影から調節されていたようですが。ミスティーナ様、シルファール様、アルシオ様たちもきちんとケアなされたとのことですし。……しかしそれでも、シルファール様は子どもの頃から抱いていた夢を潰えさせました』
アルシオの後を継いで大精霊になる、という夢。むろん神成の方が夢のまた夢であるため、結果的にはこれ以上ない境地に飛び級で行けたのだが、短期間だけでも念願の大精霊に就いてから神成する未来もあったかもしれない。
《シルファールは真っ直ぐすぎる。まさしくアルシオとミスティーナの子、光を超える光の化身にして申し子だ。念願叶った暁には、歴代でも指折りに崇高で高潔な大精霊になっていただろう。それがゆえに外したのだ》
語るラグドールの声は静かだ。奥にはシルファールへの申し訳なさを抱いているのかもしれないが、表面上からは窺えない。
『ですが、あんなに苦しめるようなやり方を取らなくても良かったのではないですか? あなたが神々に取り成せば、穏便に神成させてやれたのでは?』
《私が仲介したとて、肝心の推薦者が神々に認められるほどの何かを成し遂げていなければ無理だ。あの時分、シルファールは講習中の身だった。奇才と名高くはあれど、まだ神々の御前にはほとんど出ておらず、神成させる器量だと推薦できるほどの手柄を立てていなかった》
その手柄を立てさせるためにも、シルファールを徹底的に追い込み、命懸けでその至誠と行動を示させて神の目に留まるようにした。シルファールならばそれをやり遂げる心技体を持っていることは分かっていたからだ。
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