18.先代大精霊は視た①
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《先ほどは言わなかったが、お前を神成させてやろうと思った理由はまだある。めげずに努力を重ね続けた者が、今後もずっと体良く利用されるのは憐れだと思ったからだ》
『は? 体良く利用?』
《正当な努力には結実を、賢しい依存には不毛を。額に汗した者が、適正に報われる結末をくれてやっても良いだろう》
『いや、ちょっと何言ってんのか分からないです……』
《分からぬならば良い。お前は辛い境遇に挫けず這い上がった。それだけで十分だ。よく頑張ったな。これからは存分に幸せになれ》
ポン、と軽く頭をひと撫でされたような感触が走る。
《ではまたな、ガキ》
捨て台詞を最後に、ラグドールの思念の気配が遠ざかって行く。きっとウォーロックの所に行ったのだろう。
『……な、何なんだよアイツ。神威持ってるとかあんな口悪いとか知らねーし』
しばし呆然としていたアーディエンスは、苛立たしげに毒づく。原初の精霊の気が消えたことを再確認し、ずっと身に纏わせていた防御を解いた。
『ウォーロック様はあの腐れ爺がすごく優しいって言ってたが……今までの礼儀正しい姿しか見てないからか? つかアイツ、ウォーロック様のトコ行ってどんなツラ見せるつもりなんだ?』
これからは気遣いしないと言っていたが、もしや今の尊大な態度のまま、神威を使えることを伝えるつもりなのだろうか。狼狽えてたくさん質問すれば、やかましいと怒られて縛り上げられたりしないだろうか。そんなことをされたら、きっと温厚なウォーロックは萎縮してしまう。かくいうアーディエンスも先ほどラグドールの神威を受けたが、それはもう凄まじい強さだった。自身の力で抵抗しても意味を成さないほどに。
非常に気になったが、今は副大精霊の様子を見に行く途中だ。見送ってくれたウォーロックも、『彼女は優秀だけどあの性格だから少し心配だよ』と眦を下げていた。
大急ぎで目的の殿舎に駆け込むと、実力はあるが臆病な副大精霊フィーラスが気弱になっているのを喝を入れて励ます。現状確認も兼ねて大精霊選の資料を用意してもらっている隙に、こっそりウォーロックの様子を遠視した。そして脳裏に投影された光景を見て、口を半開きにして固まった。
《そんなに固くならなくて良い。もう何もしない、約束する》
星雲の神威を見て動揺したのか、身を縮めてソファに崩れ落ちているウォーロックに、打って変わって優しい声のラグドールが語りかけている。脇のベッドではイルーナが未だにスヤスヤと寝入っていた。
『ど、どうしてあなたが神威をお持ちなのですか? しかも星雲の御稜威を……。力はほとんど使えない意思の名残だと仰せだったのに。神威を持っておられるのはあなただけですか? 他の御先達様は……』
《神々が使えるようにして下さった。私たち全員がそうだ。だが怯えることはない。私はもう何もしないし、お前自身も神成した立場だろう。仮に私が何かしようとしても、己の力で自衛できる》
『それは……そうですが……』
《そうだろう。だから大丈夫だ。落ち着いてゆっくり深呼吸して、もう少し体の力を抜いてごらん》
『はい』
まるで子守唄のように穏やかな声。言われるがままに、ウォーロックが素直に深呼吸している。眩い御稜威が、温かな煌めきと共にその体に被さった。まるで陽光をたっぷり吸い込んだ羽毛布団で柔らかく包み込むように。揺らいでいたトパーズの双眸が安心したようにトロンと緩み、体から強張りが消えた。
《一度防御を実践しておこうか。そうすれば安心できるだろう。ほら、一緒にやってみよう。意識を集中して、神威を展開し、自身の周りに張り巡らせる……そう、上手い上手い》
上手いも何も、神格を解放した神は最初から自身の力を十全に使えるので、過不足なくできるのが当たり前なのだが、そんなことは関係ないようだった。指示通りに力を使うウォーロックを褒めちぎる声はどこまでも優しい。氷点下の神威の縄で締め上げてもいないし、ガキだのザル頭だのアンポンタンだの脳足りんだのバカタレだのと言ったりもしない。もちろん、木偶の坊だとか情けないだとかの罵倒も一切吐かなかった。
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