17.先代大精霊は聴いた⑦
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《シルファールとミスティーナ? ああもちろん、あの2名もきちんとケアしている。私たちの賭けに巻き込んだ詫びももちろんだが、何よりアルシオの妻子だからな。それだけで、私の大切な者たちなのだよ》
『……アルシオ様の妻子だったら、何であなたにとって大切になるんですか』
相手の言いたいことが見えて来ない。眉を顰めるアーディエンスの思考を、滔々とした美声が揺らす。
《お前とイルーナとてそうだ。言っただろう、お前は私にとって価値ある大切な者だと。使役界の負の念に対処する駒という点では、想定より遥かに役立たずだったが、それとは別だ。ウォーロックがお前たちを慈しんでいる時点で、お前たち母子は私が守るべき存在となる》
『それってどういう……』
《アルシオかウォーロックに深く愛されている。それこそが私にとってのお前とイルーナ、シルファール、ミスティーナの価値なのだよ。あの子たちの大切な者は私の大切な者だ。ゆえに手厚いケアや特別な援助もする》
それすなわち、ラグドールが重視しているのは、首尾一貫してアルシオとウォーロックであるということだ。
《覚えておけアーディエンス。私はお前単体に特別な思い入れはない。むろん、イーネストの煽りを受けて苦境に陥った時点で、お前とイルーナを憐れだと思う気持ちは持っていた。これは嘘ではない。だがフォローするとしても、極端な冷遇を控えていただけるよう神々に進言する程度だ》
通常であればそれ以上の肩入れはしなかっただろうと、温度のない声が告げる。
《それを超えて大精霊就任や神成まで気を配ったのは、お前が使えるのではないかという期待に加え、ウォーロックがお前たちを大切にし、守りたいと願っていたからに他ならない》
いっそ見事なほど貫徹しているラグドールの価値基準を前に、アーディエンスは困惑したまま黙り込んだ。
《さて、ここまで話したついでだ。ウォーロックがまだ自覚していないことを一つ教えておこう。あの子が愛していた女性は、最初からミスティーナではなくイルーナの方だったよ。私はそのことをよく知っている》
『は……?』
何しろあの子の精神に干渉し、心の中を奥まで見透かしていたのだから。そう苦笑するラグドールに、瞠目したアーディエンスは咄嗟に応えられない。その内容は、自分がずっと夢見て来たこと――心の中でこっそり、そうだったら良かったのにと思っていたことだった。母があの優しいウォーロックとやり直してくれれば良いのに、と。
《あの子自身も己の本心を分かっていなかった。自分に無い強さを持つミスティーナへの憧憬と、病身であるイルーナへの庇護欲、そして未経験である初恋や愛という感情が複雑に入り混じり、区別が付かなくなってしまっていたからな》
『…………』
《いずれあの子の心の整理が付けば、本当の想いに気が付く日が来る。イルーナがどう応えるかは知らんが、お前もあの子と親子になれる機会を逃したくないならば、今から心構えをしておくことだ》
『ちょ……』
二の句が告げずにいるアーディエンスに言いたいことをまくし立て、ラグドールはきっぱりと言い切った。
《あの子たちが神成し、永遠の安泰と不動の安息を掴んだ以上、私の切願は成就した。ついでにお前たちも神となったことであの子たちがさらに幸福になるのだから、これでもう思い残すことはない。まさかここまで見届けることができるとは思っていなかった。後はあの子たちが兄弟として復縁してくれれば……》
『あなたは――』
何故そこまでアルシオとウォーロックを重んじるのか。そう尋ねかけたアーディエンスだが、天界に響き渡った鐘の音を聞いて顔色を変えた。
『は!? ウソだろ、もうこんな時間なのか。……色々聞きたいことや言いたいことはあるが、とりあえず今はここまでです。早く行かねえと』
《そうか。何かして欲しいことはあるか? 最後までフォローできることはしてやろう。お前を応援するウォーロックのためにな》
『ねーよ! 俺の後任決めの進捗を確認しに行くだけなんで』
《ならば良い。では私はウォーロックの元へ行く》
聞くからにどうでも良さそうな調子で話を切り上げにかかったラグドールだが、次の瞬間、ふと声音を和らげた。
《――先ほどはキツい言い方をしたが、お前もお前なりに力を尽くしたことは分かっている。大精霊の激務で心身共に手一杯だっただろう。大精霊への就任も神成も、お前自身のたゆまぬ精進と献身、そしてそれによる成果があって実現したことだ》
今までの鞭から一転、いきなり飴をくれた大先達に付いて行けず、アーディエンスは棒立ちになった。
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