16.先代大精霊は聴いた⑥
お読みいただきありがとうございます。
『…………』
立ち尽くすアーディエンスの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。暴力親父が失脚し、巻き添えでどん底に落とされた幼い自分と母。弱い者を踏みにじるイーネストへ注がれていた周囲の恨みは、彼の妻子にも容赦なく向けられた。
誰もかれもに白眼視され、嘲笑われ、後ろ指をさされ、罵倒される日々。やるせなさに耐えかね、自暴自棄になりかけていたアーディエンスに、ウォーロックだけが正面から手を差し伸べてくれた。僕が必ず守ると言って。
咎者の子だからという理由で、アーディエンスが受けるはずだった上級使役の講習の教師になりたがる者が出なかった時は、激務の合間を縫って自分が講師を務めてくれた。ウォーロックの激励と庇護があったから、自分はもう一度気力を奮い起こして再起できた。
《神成の後押しをしてくれた礼を言いたいならば、ウォーロックに言え。あの子がひれ伏さんばかりに願わなければ、私は応えなかった》
『だからガレーンのことは無視したんですか』
《そうだ。あの時、アルシオもウォーロックもガレーンを助けてやって欲しいとは頼んで来なかった。しかも、ガレーンはまだ使役になっていなかった。地上の神官ならば主任神官や聖威師がフォローする領分だ。ゆえに私も動かなかった。神々に変心や翻意を促すなどという骨が折れる行為、あの子たちの頼みでもなければしてやるものか》
ガレーンが徴を出した当時、アルシオがそのことを知っていたかは分からない。だが知っていたとしても、生真面目で公正な彼のことだ。ラグドールと同じく、地上の神官のことは神官府や主任、あるいは聖威師の管轄だと考えて介入しなかったのではないだろうか。
ウォーロックもウォーロックで、あの時分は後悔と自責の海に沈んでいる真っ最中であり、ガレーンの存在など認知もしていなかった。必然、ラグドールたちに請願はなされなかった。
『だけど……それじゃあ最初に言ってたのは何だったんですか。よくできましたというご褒美代わりに俺を神成させたのか聞いたら、そうだと言ったじゃないですか』
《違うな。正しくは、それも理由だと言ったのだ。メインの理由はウォーロックが頼んだから。褒美というのは副次的なものだ》
『サブの理由ってことですか』
《そうなるな。言っておくが、褒美とは使役界の闇を処理する算段を付けたことに対してではない。お前が一貫してウォーロックの味方でいたことに対するものだ》
お前ならばそうすると最初から見込んで計画を立てていたのだがな、と、ラグドールは述べた。アーディエンスは憮然とした表情で首肯する。
『そんなの当然ですよ。外道親父が勝手に馬鹿やらかして勝手に落ちてった後、孤立した俺と母さんを正面切って守って下さったのはウォーロック様だけだったんですから。立場が変わったなら、今度は俺がお助けするのは当たり前でしょう』
《ふふ……その点に関してはお前は我が期待を裏切らなかった。私の読み通り、一貫してあの子を守ってくれた。ゆえに謝礼も兼ねて褒美を与えようと思った。そういうことだ》
『あの子……』
何故か満足げに笑うラグドール。彼がいつの間にか多用していた表現を、アーディエンスは無意識になぞっていた。――あの子。おかしな言い方ではない。悠久の時を在る原初の精霊にとって、ウォーロックは小さな子どものようなものだろう。
だが、何か違和感がある。ラグドールの語調はとても温かなのだ。単なる歳下ではなく、もっと大事な者を指すかのように。しかも、ウォーロックを守ったことで何故ラグドールが謝礼を出すことになるのか。
《それだけではない。お前が大精霊となった際は、どうか色々教えてやって欲しいとも頼まれたから、幾度も思念でフォローしてやった。イルーナの治療も進むよう影から手助けしてもいた。全てウォーロックがそう望んだがゆえだ》
『何でそこまでウォーロック様を特別視するんです? 散々利用して傷付けた罪滅ぼしのつもりですか? シルファール様やミスティーナ様のアフターフォローもしてるってことですし』
言いながら、自身と同格の神性を持つアルシオとシルファールはともかく、神格が下位であるミスティーナにはもう敬称は不要なのだとチラリと思った。
ありがとうございました。




