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スピンオフ置き場  作者: 土広 真丘
第1章
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10.操り人間はもういない

お読みいただきありがとうございます。

 その話ならば知っていると、アルシオは頷いた。神器鎮静のプロフェッショナルである元聖威師の神々をも唸らせるほどに見事な鎮静化を行ったとして、今も使役界に伝え継がれていることだ。ラグドールは感情の起伏のない声で言葉を紡ぐ。


『その際に囁かれたのだ。汝にはいずれ心より愛する身内が2名できる。だが案ずるなかれ、その者たちは最高神より神格を授かり神成するであろう。共に完全な神となり、仲睦まじく笑っている幸福な未来が視えた。これは不確かなものではなく確定している、と』


 アルシオとウォーロックが息を呑んだ。最高神が関わる未来であれば高位の神でも視認は困難だ。しかし、至高神ならば見通せても不思議ではない。見れば他の先達たちも驚いているので、彼らも初耳であったようだ。


『そのお墨付きがあったからこそ、私は辛うじて神成を思い留まった。私が救い上げずとも、弟たちはいずれ最高神様方より神性を賜る時が来ると確信していたがゆえ。なれば、その未来が可能な限り早期に、より良き形で実現することが我が悲願だった』


 だから弟たちが神成し、ぎごちなくとも和解したのを見届けたことで満足して消滅したのか。納得するアルシオだが、今はそのことに思いを馳せている場合ではない。同じように思ったか、シルファールが切羽詰まった口調で言葉を挟む。


『先達さ……伯父様。そのお話は興味深きことですが、また後日に。今は使役界の件です。何卒ご助力を……』

『使役界への情については、私も他の者たちと同様だ。完全に使役を脱した今、もはや未練はない。殊更に助けようとするつもりも含めてだ。ゆえ、ただ今述べられた願いを聞く気にはなれない』


 かつてのような食えぬ老害爺の笑みは欠片もない、ひたすら淡々とした態度。艶麗な美貌はチラとも揺らがない。まるで糸から解放された人形だ。

 使役時代のラグドールは、影から手綱を取り使役界を操作していた。だが本質を紐解けば、実は彼こそががんじがらめに縛られ、天界の裏の均衡を保つために踊っていた操り人形だった。使役界という領域そのものが、彼を縛り操る巨大なマリオネット装置だった。


 だが、ラグドールが神成し、使役の枠から完全に脱した時点で、その糸は無くなった。束縛を抜けた人形は、もう都合良く踊ってはくれない。生命を得、感情を帯び、魂を宿して動き出す。己の思うまま、したいがまま、自由に。


『っ、ではどうすれば――』


 使役界は今にも崩れそうに大きく揺れている。万策尽きたかと思いかけたアルシオの耳に、力強い声が突き刺さった。


『頼んで下さい父さん、アルシオ様!』


 全員の視線が集中した。眦を決したアーディエンスが、赤々とした双眸でアルシオとウォーロックを見ている。


『使役界を救って欲しいと、神器を直して欲しいと頼むんです!』

『『…………』』


 アルシオたちは唖然とした。だから、たった今それをやって拒否されたのではないかという空気が満ちる。


『アーディエンスさん……今、同じことをお願いして断られたばかりです。他の表現や角度から頼むにしても、それを考えている時間があるかどうか』


 困惑気味に口を挟むシルファールに、アーディエンスは首を横に振った。


『断られたのはお前や俺たちが言ったからだ。そうじゃない、それじゃ駄目なんだ。父さんとアルシオ様からラグドール様に、いや違う、ラーグ様に頼んでもらうんだ。そうすれば聞いてもらえる。必ず!』


 その自信は一体どこから来るのか。思わず問いかけたくなったアルシオだが、ウォーロックの方が早かった。


『うん、何だか良く分からないけど分かったよ』


 安定の素直さで受け入れると、トパーズの眼差しがラグドールを――いや、ラーグを見た。遠き大兄(たいけい)を正面から見つめ、切々とした目で訴える。


『ラーグ兄さん、どうか使役界をお助け下さい! ほら、アルシオ兄さんも』

『――()の神器を直し、使役界の未来をお繋ぎ下さい……兄上』


 もう破れかぶれだと、アルシオも弟に倣った。最後にぎごちなく兄上という語を発した瞬間、胸の中に泣きたいような温かさが宿る。だが、結局はシルファールたちが行ったことの焼き直しだ。これで結果が変わるとは思えないが――



『分かった』



 何故かあっさりと了承が降って来た。アルシオとウォーロックはポカンと瞬きする。シルファールとミスティーナも呆気に取られ、イルーナは目を点にしていた。


『神器を修復し、境界の設定を元に戻すことで使役界を救う。それで良いだろう』

『老爺が言うなら仕方ない。儂らもやるか』

『よしよし、アーディエンスはきちんと分かっておる』


 当たり前のように告げたラーグに続き、先達たちが肩を竦めた。瞬く間に神威が展開され、遠隔で修復が行われていく。あっさりと翻意した彼らに付いて行けず、アルシオはその場で固まっていた。


『ほーら見ろ。……神器を修復する目処が立ったことも含め、大精霊に念話します』


 やっぱりなと言わんばかりに唇を歪めたアーディエンスが、さっと神威を放った。先方に思念を飛ばしながら、何度も落ち着けと繰り返している。


『分かったな、とにかくそのままじっとしてろ。……はぁ、ったくアイツ。肝心な時にパニクりやがって』


 舌打ちしている息子が念話を切ったのを見計らい、イルーナが恐る恐る聞いた。


『……アーディエンス、どういうことなの? どうして同じお願いをしたのに、先達様は真逆の反応をなされたの?』


 同じ疑問を込めた視線を浴びたアーディエンスは、眉間に皺を寄せてラグドールにジト目を送った。


『大事なのは()()頼むかではなく、()()頼むか、なんです。……あの方は弟だけが大事なんですよ、あらゆる意味で』

ありがとうございました。

お読みいただきありがとうございます。

次話から24話までアーディエンスの回想に入るので、時系列が過去に飛びます。

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