9.すっかり無くなった
お読みいただきありがとうございます。
『『え?』』
完全に予想外の反応。今度はアルシオたちの声が重なった。
『もう我らは完全な神になったじゃろ。何故使役界のために動かなければならんのだ?』
『使役のことは使役で片を付ける。そういう決まりだでなぁ』
呑気な台詞に、シルファールの瞳が見開かれた。動揺を表すように、父親譲りの水色の髪がふわりとなびく。
『……何故そのようなことを仰せになるのですか。使役界の存続危機なのですよ。私たちの、あなた方の故郷です。あなた方が永い時をかけ、どのような手段を使っても守ろうとした場所ではありませんか』
そこはかとなく意味深な言葉だった。嫌味や棘は全くない。だが、『私たちを片端から賭けとやらに巻き込んでショックを刻み込み、大騒ぎを繰り広げてまで維持せんとした世界ではないのですか?』と暗に告げている。そこまでして守って来た世界の危機だというのに、何故このようにのんびりしているのかと。
だが、投げられた応えは冷徹だった。
『あぁ〜。それは全て、儂らの使役の部分が持っていた愛着や義務感であったからのう』
『神成した今はすっかり無くなってしもうたわい』
アーディエンスが舌打ちし、シルファールとミスティーナも息を呑む。イルーナの顔がみるみる青ざめた。
『そんな……!』
ウォーロックが悲壮な面差しで呟き、アルシオも愕然と先達たちを見た。これは予想外の展開だ。彼らは使役界のためならば自身の全てを投げ出して動いてくれる。その前提あっての復活だったのだから。
『のぅ、可愛い後進たちよ。かつての我らは神々より幾度も神成の打診を受けており、たった一言諾の意を示せばその瞬間に完全な神格を得られる状態にしていただいておった。場所も状況も選ばず、いつでもどこでもじゃ。それでも、最後まで決して首を縦に振ろうとはせなんだ。それは何故だと思う?』
先達の一柱が揶揄い混じりの声で尋ねた。笑いを含んだそれに、ヘラヘラしている場合かと抗議したくなるアルシオだが、彼らが放つ得体の知れない圧がそれを許さない。果たして、こちらが口を開く前に正解が告げられた。
『――儂らはお主らのように優しくないのじゃよ。使役界や使役のことを、お主らは己が魂の全体で大切に想っておる。焔神様もそうであらせられよう。ゆえにこそ、神成しようとも幾ばくかの情は残す』
『然るに我らは違う。確かに使役界を守るためならば、その均衡を保つためならば、どのような道化にでもなった。自身の全てを捧げ、投げ打ち、落ち度のないお前たちを巻き込み、重く辛い負の念を処理し続けて来た。だがそれは、魂の全部ではなく、使役としての部分のみが宿す想いと責務感であった』
『左様。お前たちのように、魂の全域にまで浸透するほどの愛着や保護欲は持っておらなんだ。それを自覚していたからこそ、全使役の夢である神成をしたい衝動を必死に堪え、精霊のまま留まっておった。完全なる神になったが最後、使役界に対する情を失くし、今まで担って来た全てを捨てて背を向けると分かっておったがために』
『老爺は危なかったがのう。目に入れても痛くない弟が生まれ、しかもどちらも性格に難ありとなった際は、弟を守るために神成しようと思いかけておった。ご自身が神成し、弟たちを愛し子にして使役から脱出させようとお考えだったのじゃ。幸い、どうにか思い留まって下さったが……老爺が抜けては負の念が受け切れぬとヒヤヒヤものであった』
彼らもギリギリであり、誰か一体でも欠ければ負の念を昇華し切れなくなる綱渡りの状態であったという。そうなれば使役界はあっさりと腐敗して崩れ落ちていただろう。
『……かつて私は、超天より天界へ降りておられた至高神が一、絳月神フェンレイル様に御目通りしたことがある』
今まで黙していたラグドールが、ここに来てようやく口を開いた。スラリとした指で涙を払う、その無造作な仕草にすら優雅さと気品が宿る。
『私は直前に神器の暴走を鎮めていた。天界で使役が管理を任されていた神器だ。絳月神様はその様をご覧になられており、中々の手並みを見せた褒美として、これで良き物でも用立てよと下賜品を下さった』
ありがとうございました。




