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02. 悪役令嬢とヒロインのテンプレート

 予想した通り、八歳の私はお茶会で、第三王子の周囲の大人達に目を付けられた。前回の金髪の私が辿ったのと同じように、黒髪の私と第三王子との交流は付かず離れずで続いて、私が十歳、殿下が十二歳の時に正式に婚約が結ばれた。

 何もかもすべてが全く同じ、という訳ではなかった。殿下は交流の一環としてよく花を贈ってくれたが、金髪の私に贈られる花は大抵の場合バラだった。私の悪役っぽい顔立ちと、なによりあの派手な色合いの金髪に真っ赤なバラが似合っていたからだと思う。でも、今回の黒髪の私に贈られる花はカスミソウのような小花のブーケがほとんどだ。殿下には、本当はスミレをブーケにしたかったけど、ちょっと難しいみたいだ、と言って謝られた。私は大輪のバラよりちまちました小花が好きで、スミレは特に好きなのだ。それを私が殿下に言った覚えはないのだが、どこかで私の好みを調査してくれたのかもしれないし、大きな赤いバラと今の私だと、年齢に対してどぎつくなりすぎてふさわしくない、と思われたのかもしれない。


 そういう、細かい差異はあった。あったけど、大筋の流れを覆すことにはならなかった。前回と同じように結婚の話は出ないまま、私との婚約は破棄されて、かわりに銀髪の侯爵令嬢との婚約が結ばれた。この先の流れも同じなら、私は十八歳になったところで死ぬ。婚約破棄自体は仕方がないとして、できるなら、せめてもう少し長生きをしたい。

 だからといって、優しく気を使ってくれる二人の近くにいるのはつらい。二度目なせいで余計に惨めさを感じてしまう。耐えきれなかった私はやっぱり家の事業を手伝うことになったし、結婚式の招待状は領地で受け取った。前回同様、家同士の問題になりかねないから、参加しないという選択肢はない。せめてもの抵抗として、式の日よりもかなり早めに領地を出ることにした。移動ルートも少し変えた。別の用事を兼ねるようにして、途中で寄り道する作戦だ。さすがに護衛の数を大幅に増やすことはできなかったが、日程が長くなったので、交代要員などの都合で少し人数が増えた。

 私の乗った馬車は、王都へ向かう道を逸れ、立ち寄った父方の伯母の家で歓待を受けた。王都に向けて改めて出発した私たちの一行は、両側を崖に囲まれた道、日本人風に言うなら切り通しを通過していた。道の一番狭いところを抜けた時、外からガラガラと大きな音が聞こえて、馬が暴れて馬車が揺れた。落石です、という叫びを聞いたところで更に大きな音がして、私の意識はそこで終わった。大きな岩が落ちてきて、馬車ごと潰されたのだと思う。もう少しで十八歳になるところだった。





 ……ということを、鏡に映った自分の顔を見た瞬間に思い出した。

 朝の身支度をしてもらっていた。手に持った鏡には、美しい金色の髪を持っていて、意思の強そうな、いかにも悪役っぽい顔立ちをした八歳の私が映っていた。


 さすがの私もうんざりした。三回目だ。また悪役令嬢だ。


 第三王子との婚約が避けられず、婚約破棄も避けられないらしいことはわかった。それならせめて長生きをしたかったけど、これも叶わないことになっているらしい。命を奪いにくるものが盗賊のような輩であれば、体を鍛えて生き延びる可能性を上げるとか、まだ希望をもって対策を考える気にもなるけど、事故ではどうしようもない。この世界の悪役令嬢の正しい情報はわからないから、私の死は全部が誰かに仕向けられたものの可能性も一応ある。ただ、政治的にさしたる影響力を持たない、という理由で王子の婚約者に選ばれるような存在が私だ。どう考えても刺客を差し向けるほどの価値はない。だからきっと、運が悪いということまで含めて「悪役令嬢」なのだろう。

 何をどうやっても避けられないなら、もう難しく考えることはやめにして、ただ流されておけばいいのかもしれない。


 八歳の私はその日のお茶会でやっぱり選ばれて、そのまま十歳で第三王子と婚約した。決まった道筋をなぞるだけの人生はとても色褪せていて、すべてが頭の上を通り過ぎていくようだった。良かったことといえば、王子妃になるための教育を合計三回受けたので、表面を取り繕うのがとても上手になったことぐらいだろうか。

 銀の髪の優しい侯爵令嬢とは、今回は特に仲良くならなかった。優しい人たちの優しさを、ただ道筋をなぞるだけの私の世界に混ぜることは、お互いにとって不幸だと思ったのだ。そういうものとはなるべく距離を取っておきたい。

 婚約破棄の申し出を淡々と受けた私は、そのまま王都の屋敷に残って社交を始めた。侯爵令嬢との個人的な付き合いがない状態なので、二人と同じ場にいてもそこまで気まずい気持ちにはならなかった。というか、どうでもいいと思っていた。あの二人の未来に私が関わることはないのだ。

 表面の取り繕い方が上手くなった結果、家にとって有益な縁をいくつか結ぶことができたように思う。私は今回もきっと早々に人生から退場するけど、私の家族たちはその後もちゃんと生きていくはずだから、育ててもらった分を多少なりとも恩返ししたかったのだ。


 やり遂げた気持ちでいたある日、観劇のために一人で訪れた劇場で、私は賊に攫われた。金銭目的の誘拐だったようだが、さすがは王都、市街の警備にあたる人員が多い。広域で包囲網が敷かれたようで、賊が逃げ込んだ根城が見つかるのも時間の問題だと思われた。私を連れて立てこもったならず者たちは、道連れと言わんばかりに私を雑に蹂躙した後、彼らが持っていた安物の剣を私の胸に突き立てた。

 痛みも光も何も感じず、ぼんやりと世界が閉じていくことだけを認識しながら、私はちょうど九年前の出来事を思い出していた。九歳の誕生日、殿下が私にちいさなスミレのブーケをくださったのだ。かわいらしい花束をどうしても残しておきたくて、なんとかしてブーケっぽい押し花絵を作った。すっかり忘れていたけれど、あれは、どこに仕舞っていただろうか。


 悪役令嬢三回目にして、一番酷い末路だったと思う。





 ……ということを、鏡に映った自分の顔を見た瞬間に思い出した。

 ああ、またか、と辟易しながら改めて見てみると、髪の色はピンクゴールドとでもいうべきか、今までにないパステル調になっている。その髪を整えて貰っている最中の、八歳の私の顔の作り自体は前回までと同じに見えるが、意思の強そうな、でも淡い色合いが似合いそうな、そんなふわっとした雰囲気になっている気がする。

 なんだか悪役令嬢っぽさがない。

 もしかしたら、今回の役どころはヒロインなのかもしれない。悪役令嬢の出てくる話のヒロインはピンク髪とは限らないが、悪役令嬢がピンク髪の可能性は低い。悪役令嬢は、派手だったり濃かったりする、強さのある色合いを持っているものだと思う。


 もしかしたら、もしかしたら本当に、今回は違うかもしれない。今日の午前にあるお茶会で、私は第三王子のお相手から外れるかもしれない。婚約者にもならないで済むかもしれない。


 ドキドキしながら参加したお茶会で、私は本当に選ばれなかった。銀の髪の侯爵令嬢が選ばれたいうことを、後で母から教えて貰った。納得の結果である。

 これで、今回は少なくとも悪役令嬢じゃないことは確定した。今回はヒロインの役どころというなら、どういう道筋を辿るんだろう。第三王子を攻略する?

 第三王子は今回もやっぱり優しいお兄さんで、銀の髪の侯爵令嬢は優しいお姫様だ。お似合いなあの二人の邪魔をするとか、さすがにやりたくないし、それをやったら悪辣なヒロインとして断罪されるルートに行く気がする。


 子供たちのお茶会はその後も時々開催されて、そのたびに二人とも顔を合わせていたのだが、どういう訳だか侯爵令嬢にはことのほか懐かれた。私が悪役令嬢の一回目と二回目をやっていた時にも懐かれてはいたのだが、今回はすごい。私を見つけると嬉しそうに寄ってきて、パートナーの殿下が迎えに来ても、離れたくないと控えめにイヤイヤするのだ。なんだかめちゃくちゃかわいらしい。

 なだめすかして話を聞けば、私の近くは安心するのだそうだ。侯爵令嬢は高貴でかわいいお姫様だが、なにしろ子供ばかりがいる場なので、王子様のパートナーというだけで邪険に扱う子も時々いる。その点、王子妃教育を三回も受けた記憶がある私は、表情の作り方とか人のあしらい方とか、意識するまでもなく対応できてしまうので、侯爵令嬢を保護するにはうってつけの存在なのだ。

 私が本当にヒロイン役なら、お相手は第三王子でなくてもいいはずだ。こういう話のヒロインは、複数のお相手候補のうちの誰かを選ぶパターンが多かったと思う。王家の慣例に則る以上、殿下の婚約の流れ自体は前回とそう変わらないだろうから、私は二人の結婚を見届けた後に婚活しても問題がないはず。

 そういえば、私はこれまでに一度も二人の結婚式に参加できていない。今回は悪役令嬢ではないようだし、変な断罪フラグさえ立ててしまわなければ生き延びられそうな気がする。結婚式にだってちゃんと参加できるかもしれない。

 胸の内で想像する結婚式の二人の姿はとても美しい。なので、私の心に少しだけ引っかかった棘のことは無視した。


 その後も私たちは仲良く過ごした。侯爵令嬢は無事に第三王子の婚約者に収まったが、その後も私に懐き続けて、なんだか幼馴染の集団のような雰囲気になっている。同世代のお茶会には第三王子の一歳下の第四王子と、一歳上で王子二人の乳兄弟でもある侯爵令息も参加していて、同じ場にいる私の弟も含めて幼馴染六人組である。第四王子と侯爵令息とは前回までも面識があったが、私がこんなに気安く過ごす仲間内に入ったことはなかった。

 能力のバランスが取れてるタイプの第三王子とは違い、第四王子は武闘派だ。剣の稽古が楽しくて仕方がないようで、その腕前は同世代の貴族令息たちの中では突出している。前回までの彼は確か、騎士団上層部にいる侯爵の、跡取りになる令嬢と婚約していたと思う。

 王子たちの幼馴染の侯爵令息は、第三王子とは特に仲が良く、わかりやすく頭脳派である。いわゆる腹黒インテリ枠だ。伯爵家の嫡男でもある彼は、前回までは家門の子爵家の令嬢と結婚していた覚えがある。

 今回は、二人のどちらにも婚約者が存在しない。第四王子は剣を極めたいという希望を全面に押し出している状態で、王宮に残らないし、王位の継承権は早めに放棄したいと本人が明言している。そのため、内部的には王族からの離脱がもう決定している状態だ。王族の慣例を守る意味があまりないので、早めの婚約・結婚をしていなくとも、まあ不思議ではない。頭脳派の侯爵令息も、急いで婚約者を探す気はないようで、来ている縁談は断っているという話が聞こえてくる。貴族家の嫡男の結婚は王族に比べて遅いことが多いので、これも不思議ではない。前回までの彼は私との接点が少なくて、詳細は不明だが、私が婚約破棄を言い渡される直前ぐらいの時期に結婚したという話を聞いた覚えがある。


 私が銀の髪の侯爵令嬢と会う機会はとても多い。そこに時々第三王子と第四王子が顔を出すので、政治的に大した影響力を持たない伯爵令嬢の割には、王子たちと顔をあわせる機会が多いという状態になっていた。というか、王子妃教育を受けている侯爵令嬢の相談に頻繁に乗っていた関係で、私まで王宮にお呼ばれすることがままあった。

 王族とその婚約者の近くに集まる男性たち。そしてそこに何故か入っている、取るに足らないピンク髪の伯爵令嬢の私。

 この構図、思いっきり何かのヒロインのようだし、しかも予後が悪いパターンじゃないだろうか。


 嫌な予感がしたので、私は物理的に距離を置くことにした。幸いにして、私の弟以外の男性陣は、もう成人済で各々仕事をはじめていたし、家の跡継ぎである弟も、教育の一環として仕事を割り振られはじめている。侯爵令嬢もそろそろ結婚式の準備に入るはずだし、幼馴染の仲良しクラブが活動休止するにはいい頃合いだと思う。私も以前の時のように、領地で家の仕事を手伝わせて貰えばいい。第三王子の結婚式に出られないフラグが着々と立っているような気はするが、ここまでの記憶にある三回とも無理だったものだ。今のまま王都に残って悪いルートに入ってしまい、周りを巻き込むような醜聞に発展するより余程いい。

 そう思って両親にお願いしたのだが、少し待てと言われてしまった。理由を聞いてもはぐらかされる。弟はむっつりと黙り込んでいて、何かを知っていそうだけれど、話す気はないようだ。

 そうこうしているうちに、我が家に第三王子殿下がおいでになった。我が家でのお茶会に、侯爵令嬢のパートナーとして第三王子が一緒に来ることはままあったが、単独での来訪は今回では初である。

 我が家の応接室で両親と弟が見守る中、殿下は銀の髪の侯爵令嬢との婚約が破棄されたことを教えてくれた。そしてそのまま、私に求婚した。


 恐れていた展開が現実になってしまった。これではまるっきり、友人の婚約者を横から奪うピンク髪の女である。


 両親と弟の様子を見る限り、全部がもう決められているのだと思う。前回までの私が婚約破棄を言い渡された時より一年ほど早い。私はこの国ではまだ子供として扱われる年齢なので、大人たちの社交の場には出ておらず、そういう意味ではまだマシだった。

 それでも、おそらく醜聞は免れない。私たちが幼馴染として仲が良かったことは多くの貴族たちが知っているし、私はごく最近まで頻繁に王宮に顔を出していた。私が王宮に行っていたのは銀の髪の侯爵令嬢の希望だったのだが、内情を知らない人がこの結果を知ったなら、実態とは違う景色が思い浮かぶんじゃないだろうか。醜聞は家にも降りかかるはずで、両親が難しい顔をし、弟が不機嫌そうな顔をしているのはそのせいだろう。醜聞が長引けば、妹たちの評判にすら影を落とす可能性が高い。

 全部が全部手遅れだ。殿下と友人との婚約は破棄されてしまっていて、全てが不可逆な状態で、私はこの差し出された手を取るしかない。


 どうしてこうなってしまったんだろう。

 そう思いながら、私は求婚を受け入れて、第三王子の新たな婚約者になった。



 第三王子の婚約者になったピンク髪のヒロインとして訪れる王宮は、居心地が悪いものだった。王宮で働く優秀な人たちは態度に出したりしないが、それでも視線からは蔑みの感情が読み取れる。婚約者の変更は第三王子の強い希望で行われたことは知られていて、彼はそのせいで株を下げていた。第三王子は王宮関係者の評判がとてもよかった人なので、悪意がかかる比重は私のほうに偏り気味である。私はまだギリギリ子供の年齢なのだが、私が王子を誑かしたのではないかと、そういう疑いを持たれているのだ。

 婚約者になったからと改めて受けた王子妃の教育は、私の習熟状況を確認だけして終了した。もともと過去に三回も受けているものだし、今回だって銀の髪の侯爵令嬢から散々話を聞いているので、新たに学ぶことは残っていなかった。残っているのは後々の社交のために貴族家の力関係を学ぶ授業だけで、今はほぼそのためだけに王宮に通っている。あとは殿下と会うためだ。


 針の筵になった王宮の中で、殿下は過保護だったと思う。可能な限り私と一緒に居ようとする。でも、彼には既に公務もあって、そういうものは成人前の私を伴える場ではない。私には王宮所属の侍女が付けられたが、私を悪意から守ることは彼女たちの業務の範疇にはないし、そもそも私に好意的でもない。

 蔑む視線は止むことがなく、そのうち細かい嫌がらせが行われるようになった。忙しい殿下を待っているときに出された紅茶がめちゃくちゃ苦いとか、殿下に会った後、通りすがりに汚れ水を被る事故にあうとか、そういうよくあるやつである。嫌がらせを仕掛ける側は、私が忙しい殿下に訴え出ることはないと高を括っているのだろう。その通りである。

 嫌がらせには淡々と対処した。苦い紅茶は苦いだけで害がなかったので普通に飲んだし、水を掛けられたときは被害が服や持ち物にも及んだので、その場で淡々と苦言を呈した。ここまで来れば、自分の末路がろくでもない可能性が高いのは、さすがにわかる。こんなかわいい嫌がらせに思い悩むほどの繊細さはとっくに擦り切れていた。家族や殿下に被害が及ばないのであれば、大抵のことはどうでもいい。あんまり痛い死に方でないといいなと思う。


 そんな感じで過ごしていたある日、王宮の廊下を歩く私の目の前で、床に油が撒かれた。転ばせて無様な姿を晒させたかったのだろう。避けるのも面倒だなと思いながら足を進めた私は滑り、そのまま後ろに転倒した。両手で本を抱えていたので、受け身を取ることはできなかった。

 私の意識はそこで終わった。後頭部を強く打って、脳内出血を起こしてそのまま死んだと思われる。十六歳の誕生日を迎える三日前のことだった。





 ……ということを、鏡に映った自分の顔を見た瞬間に思い出した。




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