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01. 悪役令嬢のテンプレート

テンプレート (template)… 雛形・定型書式

 いわゆる「悪役令嬢」に転生した。


 気が付いたのは八歳の時で、朝の身支度をしてもらいながら、鏡に映った自分の顔を見た時だった。整ってはいるけどこの年齢にしては愛嬌が薄い顔に、派手な金髪。意思の強そうな、いかにも悪役っぽい顔立ちだな、と思ったのがきっかけで、日本の、たぶん私の前世にあたる記憶がなだれこんできた。

 私は裕福な伯爵家の長女で、家は一歳下の弟が継ぐことがもう決まっている。そして今日は午前中に、王家主催で同世代の子供たちの交流のためのお茶会があって、私も弟もお呼ばれしている。私には妹も二人いるが、まだ四歳と二歳なのでお留守番だ。そして、このお茶会には第三王子と第四王子が参加されるのだという。両親からは何も言われてないけれど、今日のお茶会は第三王子の結婚相手探しでもある、ということを私は知っている。私の世話をしてくれるメイドたちがそういうことを教えてくれたのだ。つまり私は、第三王子の婚約者になる可能性がある状態だ。


 これはもう、完全に悪役令嬢っすわ。

 乙女ゲームとかはよくわからない。けど、アニメや漫画では見たやつなので知っている。


 頭の中にある記憶を照合すると、悪役令嬢は本当に悪辣だったので婚約者に捨てられて失脚するパターンか、実はヒロインのほうが酷く悪役令嬢が実質ヒロインなパターンか、だいたいそのどっちかになるような気がする。ということは、迂闊な行動をすると私は失脚してしまう。失脚するだけならまだしも、最悪の場合は若くして死ぬことだってあり得るし、一族郎党路頭に迷うなんてことも起こり得るんじゃなかろうか。

 運が良ければ、実質ヒロインとして順風満帆に生きてゆくことができそうだが、もう一つのパターンのほうが怖い。我が家は裕福で、両親や弟妹との関係も良好なのだから、こんな危ない博打をわざわざ打ちたくはない。

 悪役令嬢は、たいてい高貴な殿方の婚約者になっていたと思う。ということはつまり、今日のお茶会で王子様の目に留まらず、王子様の周辺の大人の目にも留まらず、印象が薄い子供として存在していれば、王子様との婚約からの博打コースに入らなくても済むのでは?

 単純かつ素晴らしい打開策である。

 全てが今日のお茶会にかかっているが、前世の私は気配を殺すのが得意だった。教室の隅で静かに生息しているタイプの生徒をやってる歴が長かったのだ。たぶんなんとかなる。


 ここまで考えている間に髪はきれいに整えられていた。我が事ながら惚れ惚れするほどゴージャスな金髪だ。

 八歳の私は上機嫌で部屋を出た。



 ――そして、結論から言うと、作戦は失敗した。


 マナーからギリギリ外れない程度に気配を消すつもりが、今生で物心ついた時から身に叩き込まれた礼儀作法がそれを許さなかった。お茶会には私の家より高位な家の、高貴なご令嬢も何人もおられたのに、第三王子の周囲の大人たちが目をつけたのは私だった。

 改めて王宮に呼ばれて紹介された二歳上の第三王子殿下は、淡い金色の髪に翠の瞳を持った優しいお兄さんで、八歳の私は素直に好感を持ってしまった。好感は持てるが、この御方は悪役令嬢である私にとっての特大破滅フラグにもなりうる人である。あまりにも危険だ。かといって、こちらから突っぱねられるような相手でもない。

 心の距離をあけたまま、それでも付かず離れずの交流は続いて、私が十歳、殿下が十二歳の時に正式に婚約が結ばれた。王族に対してうちの家では身分が低すぎるのではと思ったけれど、そこは問題がないとのことだった。この国の第二王子は隣国の王女と結婚して外交官として国外に赴任するのが決まっているので、第三王子と第四王子は国内に残り、なおかつ第三王子は王佐として王宮に残る予定なのだという。王位継承で変に揉めないよう、結婚相手はあまり強い後ろ盾にならないほうがいいらしい。

 なんにせよ、婚約してしまったものは仕方がない。王族の婚約者となってしまった以上、恥ずかしい姿は晒せない。家の評判にも関わるし、私本人にも一応プライドってものがある。ますます悪役令嬢っぽくなっちゃうなあ、と思いながら真面目に王子妃教育を受けたし、実践もした。周囲からの評価も悪くなかったと思う。


 婚約者となった後も、淡い金の髪をした第三王子殿下はやっぱり優しいお兄さんで、私はやっぱり好感を持ってしまう。

 それでも、私は悪役令嬢の役どころである可能性が高いのだ。ということはつまり、殿下が結ばれるべき相手は別にいるかもしれないわけで、それを考えると、変にのめり込んで醜態を晒すようなことは避けたい。

 慎重に距離を測りながら、それでも婚約者同士として問題がないような交流を重ねた。そこに特に問題はなかったはずだった。


 不穏な気配が漂い始めたのは私が十五歳の時、婚約当初の予定では、あと一年で結婚、となる頃だった。きっちりした結婚式を行うなら、準備にはとても時間がかかる。令和の日本ですらそうだった。今世の、王族と貴族の結婚式など猶更で、最低でも一年前には準備を始めていないと間に合わない。それなのに、結婚式の話が一切出てこなかったのだ。

 だいぶ嫌な予感はしたが、藪をつつきたくなくて、何も気にしていないふりをした。心配する両親にも、何も問題はないと説明を続けた。この頃、第三王子殿下はすでに、王太子殿下の補佐としての仕事をはじめられていた。そのせいで忙しいのだと、そう思い込もうとしていた。


 私が十六歳になり、本来ならば結婚式を挙げているはずだった頃、家に訪ねて来られた殿下は、私との婚約を破棄したいとおっしゃった。王佐となる第三王子の結婚は、この国の制度では義務となるので、結婚相手の座が空くことなどありえない。新たな婚約者には、侯爵家の令嬢が内定しているのだそうだ。あの八歳の頃のお茶会にも来ていた、銀の髪が美しいご令嬢である。

 どう考えてもすべてはもう決められている。私に目立った瑕疵はなかったはずで、だからこそ殿下はわざわざ我が家まで足を運んで、私や両親に頭を下げられたのだ。婚約破棄に伴う慰謝料の提示もされた。元々が政略的なパワーバランスの都合で決められた婚約だったのだから、こういうこともあるんだろう。王子妃教育を受けたからよくわかるのだが、実際のところ、第三王子の結婚相手は同世代のそこそこの家格であれば誰でもよく、私である必要は特になかったのだ。新たなお相手である侯爵家の令嬢とは、同じ歳ということもあって仲良くさせて貰っていた。美しくて優しいお姫様、という感じの人なので、私よりも断然お似合いだと思う。

 こうなると、悪役令嬢っていうよりただの当て馬だよねえ、と思いながら、私は婚約破棄を素直に了承した。


 まだ本格的に社交デビューする前の年齢だった私は、第三王子の婚約者として表立って活動することはしていなかった。そして、野心に溢れた家が狙うにしては、第三王子の立場は少し物足りない感じだったようだ。お陰で我が家の評判が下がることはなかったし、私への蔑みもさほどではなかったように思う。

 それでも、元婚約者と、その新たな婚約者である友人が揃った場にいることは、私にとっては苦痛だった。当然のようにお互いちょっと気まずいのだけど、それ以上に二人が私を気遣ってくれるのが嫌だった。それが全くの善意から来ていることは疑いようもなかったけれど、それだけに、自分がすごく惨めなもののように思えてしまった。ただでさえ、私は悪役令嬢っぽい立ち位置なのだ。嫉妬に狂って、本当に悪辣なことをしてしまっても不思議じゃない。

 自分が一番信用できなかったので、私は両親にお願いして、領地に引っ込むことにした。何もせずに穀潰しとなるのも嫌だと言ったら、家のやっている事業の手伝いもさせて貰えることになった。社交界の伝手がものをいう流通・販売系の事業ではなく、農産品の加工事業のほうだ。うちの領地では砂糖を作っているのだが、その辺の管理とか改良とかの方面である。幸いにして、私には令和の日本の記憶がある。前世チートなどでは全くないし、伯爵令嬢に肉体労働はいろんな意味で無理だけど、事務仕事ならなんとかなる。


 私が領地に住むようになってからしばらくして、第三王子の結婚式の招待状が届いた。結婚式は半年後、私との婚約が破棄されてからは一年半後だ。元は私が婚約者だったことを知っている人はそれなりにいるので、互いに隔意はないことを示すためにも、これには絶対に参加しなければならない。

 あまり気は進まないが、式の間はにこやかに寿げばいいだけのことである。以前受けていた王子妃教育のお陰で、そういう表情の作り方は子供の頃よりだいぶ得意になった。王都には取引先の商会もあるので、お願いして流通倉庫の現場の状態や砂糖の使われ方を見させて貰うのもいい勉強になりそうな気がする。


 第三王子の結婚式の五日前、少し早めに領地を出た私の乗った馬車は順調に進んだが、王都近くの森のそばで強盗に襲われた。我が家が裕福なことは知られていたし、そのせいで移動中に襲われることもままあったが、大抵は手厚く配置された護衛達によって阻まれていた。でも今回、馬車に乗っている家の人間は私一人だ。伯爵家当主でも次期当主でも夫人でもないし、手厚く守らねばならない子供という訳でもない。

 いつもよりやや少な目の護衛達は、催眠性のガスで無力化されてしまった。馬車の中にいた私にその毒は届かなかったが、扉を開けられたところで強盗達とばっちり目があった結果、「顔を見られたから」という理由であっさり殺された。

 私以外には致命的な怪我を負った者はいなさそうなことは不幸中の幸いだなあと思いながら、地面に血を吸われた私はそのまま息絶えた。数日前に十八歳になったばかりだった。





 ……ということを、鏡に映った自分の顔を見た瞬間に思い出した。


 朝の身支度をしてもらっていた。手に持った鏡には、つやつやの黒い髪を持っていて、意思の強そうな、いかにも悪役っぽい顔立ちをした八歳の私が映っていた。

 髪の色が違う以外は全部同じだ。裕福な伯爵家の長女で、家は一歳下の弟が継ぐことがもう決まっていて、そして今日は午前中に、王家主催で同世代の子供たちの交流のためのお茶会がある。第三王子の結婚相手探しのための催しだ。

 本当に全部同じだ。

 家族の名前も顔も性格も、私についてくれているメイドたちも、私自身の顔立ちも。異なっているのは私の髪の色だけなのだ。


 私はこの後、「悪役令嬢」っぽい存在として生きて、婚約は破棄されて最後は殺されるのだろう。

 そういうことなんだろうなあと、なんとなく悟ってしまった。





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