03. モブ令嬢のテンプレート
この展開にもいい加減飽き飽きである。三回連続の悪役令嬢、その次は失敗型のヒロインで、どっちにしても他害か事故の早死にだ。
諦めの境地で鏡の中の自分を改めて見てみると、今回の髪の毛は、この国の平民層でよくある地味なこげ茶色をしていた。顔の作り自体は前回までと変わっていないのだが、髪色の特異さが一切ないので、そこらへんにいたら埋没する雰囲気になっている気がする。
もしかしたら、今回は悪役令嬢でもヒロインでもないのかもしれない。
悪役令嬢やヒロインが出て来るタイプの話の中には、物語上の役割を持たないモブの令嬢が主人公のものもあった覚えがあるので、今回はそれの可能性がある。ただ、モブキャラが主人公の場合の展開に、はっきりした類型があったような記憶はない。今回の私のこの先がどう転ぶのかはわからないが、出しゃばらずに過ごしていれば、可もなく不可もないような、平穏な未来を手に入れられる可能性がある。今までの末路が全部ろくでもない状態なので、私の中のハードルは低い。
とりあえず、今日この後には王家主催のお茶会がある。そこで第三王子の周囲に目を付けらたらおしまいなのだが、地味な見た目の私なら、日本人の頃に培われた壁際で気配を殺す技術が生きる可能性は高い。駄目だった場合でも、個人的な交流の打診が来るまでにはタイムラグがあるし、正式な婚約が結ばれるのは二年後だ。それまでの間にさっさと身の振り方を決めてしまえばいいんじゃないか。
私はまだ八歳だが、八歳にしては利発であるとされている。家のメイドたちの中には見習いとして九歳で勤め始めた子がいたはずだし、母付きの侍女の中にも幼少期から見習いとして入った子がいると聞く。ということは、今日のお茶会で銀の髪の侯爵令嬢と仲良くなれたなら、侍女として雇ってもらえないか、その場で直接お願いしてみるのもありなのでは?
礼儀作法的にはかなり微妙だと思うが、私はまだ八歳だし、相手もまだ八歳だ。きつく咎められるようなことはないだろう。ここは重要な人生の岐路なのだ。初手の軌道修正を自力でできる可能性があるなら、それに掛けてみるのも悪くない。
そんなふうに考えている間に、髪はきれいに整えられて、私は上機嫌で部屋を出た。
お茶会では銀の髪の侯爵令嬢と仲良くなった。帰り際、名残惜しそうにする彼女に対して、私は自分を侍女にして欲しいとお願いした。それならずっと一緒にいられるから、という誘い文句が効いたのか、私は本当に侯爵令嬢の侍女になった。八歳はさすがに幼すぎるとされたが、それでも十歳になる頃には侍女見習いとして侯爵家で勤め始めることができた。
今回のあのお茶会で、第三王子は誰も選ばなかった。前回までなら正式な婚約を結んでいた頃になっても、まだ誰も選ばれてはいなかった。友人からお嬢様になった侯爵令嬢に付いて参加したお茶会に、第三王子も参加していることがあり、そこで見た限りでは特定の女性と親しくしているという感じは受けない。寄って来る令嬢たちへの応対はとても穏やかだが、態度や言葉で明確に一線を引いているのがわかるのだ。
誰も選ばないままの第三王子だが、私の主となった銀の髪の侯爵令嬢とのやり取りは比較的気安い。脳筋気味なところのある第四王子の発言を、第三王子がその場で翻訳して伝えているのを見てしまった時など、後で笑いを堪えるのが大変だった。顔を真っ赤にした第四王子を挟んで、楽しそうに笑う第三王子と侯爵令嬢の姿は眩しい。
私は最初の悪役令嬢の時からずっと、優しい銀の髪の侯爵令嬢が好きなのだが、より身近な立場になってみると、外から見た以上に魅力あるお姫様だなと感じる。やっぱり第三王子とはお似合いだと思うので、二人のことは心の中で応援をしていた。
そんな感じの日々を過ごすうちに、成人として扱われる年齢になった第三王子は、銀の髪の侯爵令嬢と婚約を結んだ。第三王子殿下が十六歳、私のお嬢様こと侯爵令嬢が十四歳の頃のことだった。
結婚は侯爵令嬢が成人を迎えたら間を置かずに、ということになった。あと二年で王子妃教育を全て終えるのは難しいのではないかと言われているが、侯爵令嬢は真面目なので、課程を着実に熟している。そして私は前回と同じように、頻繁に相談を受けていた。同じ内容を合計三回受けた記憶があるままなので、王子妃教育に詳しい侍女という、謎の存在のできあがりである。なし崩しに彼女の家庭教師のような感じになってしまったのだが、私自身には無用な知識だ。役に立つのならいくらでも協力したい。
第三王子は、侯爵令嬢にあまり無理をしてほしくないようだ。それでもがんばっていることに対しては褒めてくれる。二人は順調に交流を続けて、私はそれを壁と同化しながら眺めていた。前回の私の反省を生かし、侯爵令嬢の侍女としての分をはみ出すことがないように、細心の注意を払った結果、侍女の私が侯爵令嬢の周りの高貴な男性たちと個人的な会話をするような事態は起こらずに済んでいる。今回の私は、少なくとも前回の私のような醜聞を抱えることだけは避けられそうだ。
第三王子の結婚式は、当初の予定通り、侯爵令嬢が十六歳の誕生日を迎えてすぐに執り行われることになった。王子妃教育はまだ途上だが、残りは結婚後に学ぶという話になっており、侯爵令嬢は主に結婚式の準備で忙しくなっている。
彼女の結婚後も侍女を続けるのなら、私の所属先は王宮になる。前回の経験上、王宮所属の侍女にはなりたくないが、侍女として侯爵令嬢を支えたいという気持ちもある。それをしばらく悩んでいたのだが、最終的に、私は結婚式を見届けたところで職を辞することにした。実は私宛にいくつか縁談が来ていて、そのうちの一つがまとまったのだ。相手は第三王子の幼馴染にして友人である侯爵令息である。
侯爵令息と今回の私との間に個人的な接点はほぼないが、私の弟が懐いていたようで、そちらの縁で釣書を送ってくれていた。彼は次期侯爵でもあるので、結婚すれば私は次期侯爵夫人である。さすがにそのまま王宮で侍女を続けることはできない。
前回の私が侯爵令息とも親しくしていた関係で、彼の人柄はわかっている。整った顔立ちとそつのない態度で熱狂的女性ファンが付いているような、典型的な腹黒インテリ枠にある人だ。でも、言動に理不尽さはないし、見かけに反して意外と情が深い。いずれ誰かと結婚すると考えると、おそらく最良のお相手だと思う。
侯爵令嬢は付いてきて欲しかったと言ってくれたが、私の夫になる予定の人は、彼女の夫になる人の友人で、きっと相互の往き来は頻繁にある。そんな話をしたところ、夫という言葉が慣れないと言って、侯爵令嬢はふんわりと笑ってくれた。
とはいえ、私は侯爵令嬢の結婚式までの間は侍女である。侯爵家から王宮に入る予定の侍女は二人いて、一人は以前からのベテラン先輩同僚だけど、もう一人は基礎研修を終えたところで付けられた、私と同世代の新人さんだ。半年ほどかけて引き継ぎをしたので、結婚式を目前に控える頃には完全に任せられるようになっていて、指導役として付いた私はすっかり後ろで見守る係と化していた。
結婚式の前日、最終確認で王宮に行った時も、私の出る幕はもうなかった。私も明日で退職である。今回はちゃんと二人の結婚式を見ることができそうだ。
侯爵令嬢は第三王子と話していて、近くには第四王子と侯爵令息が控えていた。失礼にならないように注意しつつ、周囲をそっと見回していた私は、第四王子の表情に違和感を覚えた。明日には夫婦になる二人を、眩しそうに、切なそうに見つめている――
明日はよろしくお願いします、と声をかけて退出する侯爵令嬢が、第四王子に目線を投げた。整えられた彼女の表情が僅かに歪んで、そのまますぐに目を伏せた。
部屋を出る間際に見た第三王子は、侯爵令嬢の背中を申し訳なさそうに見ていた。
どうして私は、これを今まで気付かなかったんだろう。
どうして私は、今更これに気付いてしまったんだろう。
第四王子は侯爵令嬢が好きなのだ。でも彼女は第三王子の婚約者で、第四王子にできることはない。
侯爵令嬢は第四王子の好意に気が付いているし、好意を抱いてもいる。でも彼女は第三王子の婚約者で、第四王子の好意に応えることはできない。
第三王子はそれに気付いている。けれど、第三王子と侯爵令嬢が婚約している以上どうしようもない。
本当にどうしようもない。このままでは誰も幸せにならない。私にはもっと、できたことがあったんじゃないか、と考えてしまう。第三王子と侯爵令嬢はお似合いだけど、それを呑気に応援していた自分が嫌になる。
侯爵令嬢に仕えて、私が彼女を支えている気になっていただけで、私は自分のことばかり気にして、周囲のことなんか何にも見ていなかった。
もう取り返しがつかないこんなことに、今更気付く、――ある意味今までで最悪の展開だ。
前回のピンク髪のヒロインだった私は、攻略した覚えのない第三王子の求婚を受けたが、あの時の婚約破棄も、もしかしたらこういう事情だったのかもしれない。そうだとしても、誰も幸せにはならないであろう結末だった。優しい侯爵令嬢と真っ直ぐな第四王子の二人が、あの状況でそのまま結婚したとは考えにくい。
それでも、今回よりはまだ救いがあったのではないか。
私は何度も繰り返しているのに、ただ繰り返しているだけで、改善できたことなど何一つないのだ。
私がいくら落ち込んでいようが時間は過ぎるし、「幸せな花嫁」になる侯爵令嬢にこんな曇りは見せられない。悪役令嬢の時の技能をフルに生かして取り繕った私は、花嫁の身支度という最後の仕事を無事終えて、神殿の支度部屋にいた。
王族の結婚式が行われる王都の神殿には、招待客のための部屋もある。私のように、新郎新婦の準備を手伝った後に招待客として参加する例はままあるそうで、着替えのための部屋を借りることができるのだ。神殿の人手を借りて簡単に支度を済ませた私は、パートナーの侯爵令息が来るのを待っていた。彼は今、第三王子の控え室に挨拶に行っている。
賓客が多く訪れるこの神殿の警備は手厚く、各部屋の入り口には常に二、三人の帯剣した神官が控えている。室内にはそういう配置はないのだが、訪問客がそれぞれ従者や護衛を連れてくるのが普通なので問題はない。侯爵令息と婚約したばかりで、さっきまで侍女として働いていた私に付く従者はいないので、この部屋の中で私は一人だ。部屋には茶器があり、神殿の下働きの人がお茶葉とお湯を用意してくれたので、ありがたく使わせてもらうことにした。お茶をいれるのは得意なほうなのだ。
カップに注いだお茶を飲みこんで数分、激しい吐き気に襲われた。毒だ。茶葉や茶器におかしなところはなかったはずだがわからない。もしかしたらお湯に入っていたのかもしれない。
侯爵令嬢や第三王子は大丈夫だろうか。でも、あの二人の周囲にはそんな隙はないはず。狙われたのが私自身だとするなら、熱狂的なファンがたくさんいる侯爵令息の関係?
どちらにせよ、今の私に理由なんてわからない。内臓が焼けるように熱くて痛い。こみ上げるたびに喉には激痛が走る。呼吸がままならない。ただただ苦しい。それをまた、あのはじまりの日に鏡の前で思い出すことになるのだ。
――嫌だ。
次があるなら、絶対に、絶対に前世なんか思い出しませんように。
それだけを願って、私の意識は暗転した。




