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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第30章「決着の全国大会」
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第329話「審査されるための演奏」

 2024年度全国大会1日目、雄ヶ座(ゆうがざ)高校の演奏の後も様々な学校が自分たちのもてる力を出し切った。奏太たち西田高校マンドリン部の生徒たちはそんなライバル校の演奏を聴きながら明日の自分たちの演奏に向けての意識を高めていった

 そして1日目の終盤に差しかかったプログラム28番目、奏太たちが警戒しているとある強豪校の演奏の番になった。

 「プログラム28番、覇英(はえい)高等学校マンドリン部」

アナウンスに紹介され、入場してきた。そう、2年前2022年度大会において、初出場でありながら優勝を掴んだ学校だ。新たに赴任した顧問が相当なやり手なようで、部員たちの得意を踏まえて自ら作曲した曲で1位を獲ってしまった。2023年度の大会でも同じ方法で連覇を狙ってきたが、さすがに二度も同じ方法では通用しなかったようで5位に終わっている。とはいえ、5位でも十分上位なので強力なことには変わりないが。


 生徒たちが全員入場し、チューニングを行なっている間、指揮台に向かって歩いてくる男性がいた。客席の糸成はそんな男の姿を見て、眉をひそめた。

「多分、あの人が顧問だな」

30代くらいの比較的若い男性だが、目つきが鋭く、キリッとした様子だった。部員たちとコミュニケーションをとりながら椅子や指揮台の位置を微調整している様子だった。

演奏者が準備をしている間、アナウンスが曲目を読み上げた。

「曲はブラッコ作曲“マンドリンの群れ”です」

「え?」

奏太たちは思わず反応した。

「今回は顧問の作曲じゃないんだな」

「しかも“群れ”って...」

奏太たちが反応したのも無理はない。覇英が演奏する曲はこれまでのように顧問の作曲した曲ではないばかりか、かつて自分たちが初めての県大会で演奏した曲だからだ。初めて聴く曲で来ると思っていた学校が自分たちのよく知る曲を演奏する。俄然興味が湧く。


 奏太たち以外の聴衆も覇英の今回のアプローチに興味を持っているようで、多くの観客が集まってきた。そんな客席の強い期待をよそに、指揮者は思い切り指揮棒を振り上げた。


 サッと空気を切るような呼吸とともに緊張感をもって演奏が始まる。最前列の生徒たちが小さな音でざわざわと細かいトリルの音を入れる。

「...ん?」

ここで奏太がなにかに違和感を感じたので眉をしかめた。その後も客席と一体になったような緊張感を保ったまま演奏は進んでいき、徐々に音量を増すようにして盛り上がっていく。そして曲が一番の盛り上がりをむかえる場面、その迫力の強さに、奏太は全身に鳥肌が立つような感覚を覚えた。

「すごい音量...!覇英ってこんなに表現の振り幅があったのか...!」

覇英高校の演奏はかつて自分たちが同じ曲を演奏した時よりも明らかに広い範囲で音量変化をつけており、聴衆の興味をしっかりと惹きつけている。その凄まじさは曲を演奏したことがある奏太たちには余計に感じさせられたが、そうでなくとも分かるくらいハッキリと表現できていた。

 奏太はそんな覇英高校の技量に、口をつぐんだまま演奏の最後まで食い入るように見ていた。そして演奏が終わるなり、焦るような顔で糸成と顔を見合わせた。

「今の演奏、凄かったな...!既存曲だから油断していたけど、明らかに普通の“マンドリンの群れ”とは違った」

「ああ。俺らもよく知る曲だったからこそ余計にヤバさを感じた。ソウタ、お前は気づいたか?」

「ああ。イトナリも分かったんだな」

2人は覇英の演奏についてあることに気づいたようだった。お互い分かっているようで黙って頷いてから声を揃えて言った。

「編曲が違う...!!」

 2人のやり取りを後ろで見ていた律が落ち着いた様子分析する。

「覇英のことですから明らかに意図的ですね。おそらく顧問の先生が覇英メンバーの得意不得意を踏まえて楽譜を書き換えているのだと思います。音量の小さい場面は思い切ってソロにして、音量が必要なところとの差を明確にしています。それだけでなくフレーズごとに奏者の得意不得意を踏まえて再度パートを振り分けているんでしょう。きっと同じように作ったオリジナル曲では去年順位を落としたことを踏まえての対応、()()()()()()()()()で挑戦しようという意図なのでしょう」

「審査員にウケるかな...?」

「微妙なところですね...、演奏がいいのは事実ですからそれだけで評価すれば上位になりそうですが、審査員によっては大会用に編曲を行うことを嫌がる方もいますから、ある種賭けでしょうね。でもひょっとしたらねじ伏せることができそうなくらいには説得力のある演奏でしたから可能性はあります...」

「確かに、原曲では2ndがやっていたメロディをDolaにやらせたりしてたからな。高音域が得意なDola奏者がいたのか...、実際かなりの迫力になっていた」

律の分析を聞いて、糸成もそう唸った。そんな2人の話を聞いて、奏太は悔しそうな顔で言った。

「...く、で、でも俺たちは楽譜通りしっかり練習してきたんだ...!絶対に負けたくない...!」

「それは俺もそう思うよ、覇英のやり方は邪道だが、優れた演奏を作るための方法としては合理的だから審査員次第だな」

審査されるいい音楽を作るために、自団体の技術に合わせて曲の方をアレンジする、あまりにも大胆な覇英高校の、もっと言えば顧問の先生のやり方に驚きと疑問を感じながらもこの日の大会は幕を下ろした。



 ・

 ・



 この日の夜、西田高校マンドリン部の部員たちはまた宿泊するホテルの食堂に集まって夕食の準備をしていた。例によってビュッフェ形式の食事なので全員が食べたいものを皿に盛り付けて着席したのを確認し、部長の(だん)が立って話をする。

「皆さん、本日はお疲れ様でした。様々なライバル校の演奏を聴いてそれぞれ刺激を受けたことと思います」

部員たちは敦の顔を見ながら黙って頷いた。

「食事の後、宿での最後の練習がありますから、得た刺激を存分に発揮して最後まで曲を仕上げていきましょう」

ずっと争ってきた雄ヶ座(ゆうがざ)高校や斜め上のやり方で常に驚きを与えてきた覇英高校など、様々な学校の演奏が記憶に残っている。そんな1日目のことを総括した後、敦は真剣な顔で周りに話を続けた。

 「さて、明日はいよいよ大会2日目。僕たちの本番の日です。今年は打楽器(1ねんせい)も含めて部員全員で出場となりますので、ここにいる全員がそれぞれ違った緊張感とともに今この瞬間を迎えていることと思います」

敦がそう言って見回すと、やや緊張で引き攣ったような顔の1年生の姿が印象に残った。敦はそんな後輩たちの心中を察してニコッと笑ってから続けた。

「ですが、部員全員で挑むということは、大きなチャンスだと思います。今の西田高校マンドリン部の全部を出し切って戦える、これは過去の大会では一度も試していない未知の領域です。どんな結果になったとしても、絶対に意味のある本番になる。第64代部長として、それだけは自信を持って言えます」

「...!」

指揮者である糸成は敦の話を聞きながら頭の中で様々な思いを巡らせた。

「山崎先生の異動などで、一時はバタバタした僕たち西田高校マンドリン部ですが、その分自分たちで演奏を作っていく自主性を高めることができた。どんなピンチも力を合わせて乗り越えてきた僕らなら、きっとチャンスを掴み取ることができます...!いい演奏にしましょう...!!明日は頑張るぞー!!」

「おー!!!かんぱーい!!」

敦の乾杯の音頭を受けて、部員たちは大きな声で掛け声を揃えた。今まで様々な苦労があったがなんとかここまで来れた。そんな確かな手応えを、全員が感じていた。

 「先生それお酒ですかー?」

「とんでもない、私の中では今は勤務中という認識。皆さんを正しく導くためにも気を緩めるつもりはありませんよ」

「えー、先生酒癖悪いんですかー?」

「そんなことありません...!!」

奈緒から聞かれ、赤坂先生は笑ってそう否定した。そして、話を逸らそうとして指揮者である糸成に話を振った。

「今までの大会はどうだったんですか?」

「全国大会は去年惨敗です。当時の3年生の人数が少なく、2年生(ぼくら)の力不足が祟って優秀賞を逃してしまいました」

「そうだったんですか。それで今年はと気合が入っているのですね」

「そうです。今の代になってからは、県大会3位、地方予選1位といい調子です。この流れに乗れれば明日もいい結果が出せると思ってるんですが、なにせ全国大会は強敵揃いなので」

「ふむ...」

糸成がそう言ってしみじみと飲み物を飲んでいる横で、今まで口数が少なかった奏太が口を開いた。

「でも、勝つだけです...!」

「...!ソウタ?」

凄みのある奏太の声に、同じテーブルの皆の注目が集まった。

「去年の悔しさをもう一度繰り返すわけにはいかない。だから死ぬ気で練習して今日まで1日も手を抜かず頑張ってきました。明日は全てを出し切って、絶対に勝つ...!」

「大橋くん...」

赤坂先生は少し困惑した様子で、そう噛み締めるように言う奏太の顔を見つめた。


「たとえ死んでも、俺たちは必ず優勝してみせます...!!絶対に...!だから、見ててください...!!」

「...!!」

奏太のそんな強い思いの表れた顔はとてつもない剣幕だった。そんな生徒の顔に、赤坂先生は呆気にとられるばかりだった。

「わかりました、見せてください。皆さんの全てがこもったその演奏を...!期待していますから」

「ありがとうございます...!必ず勝ちます...!!」



 ・

 ・



 その夜、練習が終わった後宿の大浴場で入浴を済ませた奈緒は自販機のところにいた糸成を見つけ、美沙たちを先に行かせた。

「イトナリ」

「ナオか、お疲れ」

「うん、明日指揮頑張ってね」

「ありがとう」

自販機で好きな飲み物を買いながらそう激励の言葉をくれた奈緒を見ながら、糸成は自分の買ったコーヒー牛乳を飲んでいた。少しの沈黙があってから、糸成は奈緒に声をかけた。

「なあ、ナオ」

「ん?」

「どう思う?ソウタのこと...」

「え?」

急な質問に、奈緒は思わずそう聞き返した。糸成の顔は真剣だった。何かを恐れているような、そんな複雑な表情だった。

今回の引用楽曲

・小交響詩「マンドリンの群れ」("I Mandolini a congresso!" pezzo sinfonico)(Calogero Adolfo Bracco=C.A.ブラッコ/1860~1905:イタリア)


参考音源

https://youtu.be/rjaQgo_uOWw


1年生編の県大会で演奏した曲ですが、覇英高校が今回取り上げました。ただ、顧問の先生によってより覇英の良さが目立つように編曲されているようです。

参考音源は元となる原曲を掲載しています。

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