第328話「祭り」
ー2年前、俺が1年生の頃、人数の少なかった3年生の先輩から言われた。“俺らの仇をとってくれ”って。
雄ヶ座高校の1stコンマス、相田快人にとって、全国大会は約束の舞台だった。2022年大会時、1年生だった彼らは当時の2、3年生の演奏を舞台袖で見ていた。まだ右も左も分からない初心者だった快人にとって、それはもう凄まじい演奏で、自分たちも来年、再来年はあんな演奏をしたい。そう本気で思った。
実際結果発表の場では優秀賞を獲得し、上位に食い込んだ。さすが自慢の先輩、そう一緒に喜ぶつもりだった。しかし、
ー絶対特別賞獲るつもりだったのに...!!
演奏した先輩たちは悔しそうだった。この時快人は気づいた。先輩たちはもっと上を狙っていたんだと。それだけ本気だったんだと。先輩たちは自分が思っている以上に上を目指していた、それを知った快人は先輩たちに一度“おめでとうございます”と言いかけたことをとても恥ずかしく感じた。
その時引退する先輩とした約束がある種今の快人のモチベーションを保っているのだった。
“来年か再来年の全国大会で、必ず一位を取って俺らの仇をとってくれ”
それは、本気で部活にうちこみ、全国大会に懸けてきた先輩からの本気の願いだった。そんな先輩との約束を守るため、快人は仲間達ともう練習に励んだ。
ー江沢...!!?女子校に負けたのか...!!?
ーあんの共学め...!!またしても...!!
それからの大会では雄ヶ座魂を胸に、男子校というパワフルな個性を活かして全力でライバルたちを迎え撃ってきた。なかなか結果が出ないこともあった。俺たちは恋愛も封印して全てを部活に捧げて頑張っているのに...!そんなふうに各大会の優勝校を妬むこともあった。
そんな中迎えた2023年の県大会。転機が訪れた。雄ヶ座高校にとって史上初となる県大会での優勝。自分たちの代でこれを成し遂げることができたというのは大きな自信になった。“今年は今までとは違う”、臥薪嘗胆の思いで練習に打ち込んできたことがようやく身を結んだ瞬間だった。
その後、地方予選では西田高校に優勝を許し、雄ヶ座自身も5位と大きく順位を落としてしまったが、これは気を抜くなという神からの警告と受け取り、気を引き締めて練習を続けた。
ー本当の決着は全国だ。
そんな思いで今日は全国大会の舞台に立つ。計を始めとする、ずっと一緒に戦ってきた仲間たちと一緒にここに戻ってきた。それだけが快人にとっては大事な事実だった。
そんな快人の思いをよそに、アナウンスが演奏曲を読み上げる。
「貴志康一作曲、交響組曲“日本スケッチ”より、第四楽章“祭り”」
雄ヶ座高校が全国大会に向けて取り組んできた曲で、元が管弦楽のために書かれたものなだけあって華やかで迫力満点な楽曲だ。田舎の田園の抒情的でありながらも活力に満ちた人々のパワーが、日本的なサウンドの中に込められている。
ー俺らにとっての王道、全力の直球ストレートで必ず1位をもぎ取ってやるんだ...!!
雄ヶ座高校が最も得意とするタイプの楽曲。地方予選で初めて披露した時には準備不足あってか芳しくない結果に終わったが、そこからおよそ半年、じっくりと煮詰めて仕上げてきた。これでダメなら仕方ない。そう思えるくらいに全てを懸けて頑張ってきた。
「カイトたち、ものすごい剣幕だな...」
「ああ。執念の演奏。そんな感じだ...」
客席で演奏を聴きながら奏太と糸成はそう呟いた。雄ヶ座高校の“祭り”の演奏を聴くのは春の定期演奏会以来だが、あの時とは段違いの仕上がりになっているのを感じた。曲をしっかりと研究し尽くし、管弦楽の原曲の雰囲気を大事にしながらもマンドリン合奏の演奏としてしっかりと仕上げられている。
「さすがは雄ヶ座、こういうのをやらせたら強いね」
そう感心しながら聴いているなか、奏太たちの心を強く打つ瞬間があった。
それは曲の中間部。曲がゆっくりになり、風のような穏やかな場面だ。
〜♪
「え...」
それまでの力強いお祭り騒ぎが嘘かのように、ゆったりとした心地よいトレモロの音が会場に鳴り響く。
「この感じ…」
それは奏太が知るかつての雄ヶ座高校の演奏とは違った。男子校ならではの迫力重視の演奏を得意とする雄ヶ座高校マンドリン部は、こういう静かな場面の表現が苦手だと思っていた。だが、実際に聴こえてきたのはまるで江沢高校のそれのような繊細で綺麗な音だった。
「カイト…」
他の学校の表現をもとに、自分たちの演奏を変えていく。それは決して珍しいことではない。なぜならかつて西田高校が江沢を、江沢高校が雄ヶ座を参考にして自分たちの表現を変えていった過去があったからだ。だが、奏太のイメージする快人や雄ヶ座高校はどちらかというとそういった手法を嫌うのではないかと思っていた。それがまさか、目の敵にしている江沢の表現を取り入れるとは。
客席の奏太たちがそんなことを思っている間、快人は演奏しながらそれまでの様々なことを思い返していた。
“クソッ、県大会と同じようにやったのに何がダメだったんだ...!”
“原曲のスコア買ってきたよ”
“ここの音は管のニュアンスを出せないと...”
ー地方予選でアイツらに負けてから、一から出直すつもりでやってきた...!表現の仕方も全部考え直した...!その結果分かったことがある...!
周りのメンバーとピッタリ呼吸を合わせながら演奏を続ける快人はそう頭の中で考えながら、ひと呼吸置いてから大きく息を吸って思い切り溜めるようにしながらしっかりと頭をつけるようなハッキリした音で次のフレーズを弾き始めた。
「おお…」
その魅惑の音に、客席の糸成は思わず感嘆の声をもらした。
空気を切るようなマンドリンのトリルの音。1stマンドリンのソロだ。
「カイト、こんな音色を...」
それはかつての奏太が知る快人の演奏とは明らかに違った。以前は音量に任せるように、力一杯出していたが、今日の彼の演奏はゆったりとした雰囲気のなかで、まるで泣くような切ない音。細く繊細な、でもしっかりと芯の通った音だった。
自分自身の表現力と技術力を見せつけんばかりに、思いっきり表現をしながら快人は心の中で大きく叫んだ。
ー同じようにやってきたからダメなんだ...!アイツらからでも何でも学んで演奏を変えていかなきゃ結果は変わらないんだ...!!!
そこにはこれまでとは違う。新しい雄ヶ座の演奏があった。それもライバル校たちとこれまで切磋琢磨し、鎬を削ってきたからこそ気がついた、たどり着いた領域だった。
ー今思えばこれまでの俺たちはあまりに幼稚だった。自分たちのやり方だけを信じて、アイツらの演奏を認めようとはしなかった。でも、それだけじゃ勝てないって、やっと気づいたからだから癪だがアイツらから学んで俺らの演奏をアップデートしてきたんだ…!だからもう絶対に負けない…!!
ーでも…!
ソロが終わると、曲はまた元の迫力を取り戻そうといわんばかりにリズムを立てながら推進力をもって進んでいく。再び雄ヶ座の一番得意な迫力重視の場面だ。
ーあくまで俺らは雄ヶ座高校…!!!俺らの王道は迫力なんだ…!!!
最後に向かって曲は最大限の盛り上がりを見せる。そこでの演奏はやはり、雄ヶ座の得意技。力強くパワフルな表現だった。曲がフィナーレへ向かい始めてから最後の一音まではあくまでも自分達の得意技を貫いた雄ヶ座高校の演奏に、客席からは大きな拍手が送られた。コンマス席の快人は思いっきり立ち上がって皆と共に礼をした後、じっと客席を見つめた。
ー見たか、これが雄ヶ座高校だ…!!どんな結果になろうとも、やっぱり俺らの一番の強みだけは譲れない…!
拍手をしながら奏太はぶるるっと身震いをした。
「カイトたち、すごい演奏だったな…!まさかアイツらがこういう演奏を仕掛けてくるとは…!」
「ああ、いままでの雄ヶ座を知っているからこそ意外性を感じるけど、表現としてすごく説得力が出るようになったよ。自分たちの得意な迫力を活かすために、静かな場面の表現にこだわる、ある種ワンパターンだった雄ヶ座が二面性を意識して演奏してくるとは。これはやはり強敵だ。」
糸成も拍手をしながらそう分析した。これまで強く意識しあってきたライバルの最後の演奏は奏太達にとっても感じるものが多かったのだ。
遅ばせながらあけましておめでとうございます。
昨年は更新頻度を落としてしまい、物語の進捗がだいぶ遅めになってしまっておりますが、ようやく最後の全国大会まで漕ぎ着けましたので、今年1年間で完結することを目標に頑張りたいと思います。
今回は雄ヶ座高校の最後の演奏ということで、快人のこれまでにフォーカスしてお送りしました。いかがでしたでしょうか。今まであまり語られることのなかった快人のこれまでですが、1年生の時に引退した先輩との約束が活力になっていたようです。
自分たちの表現に絶対の自信と信念を持っていた快人が奏太達と戦う中で変わってきたさまが最後の演奏にも現れていたようです。この演奏はきっとこのあとの奏太達の演奏にも大きな影響を与えることでしょう。
引用楽曲紹介
交響組曲「日本スケッチ」より第4楽章「祭り」
参考音源(19:49から始まる曲が今回登場した第4楽章「祭り」です)
https://youtu.be/SNoWCO2NVVs?si=Ve66ttCuKyugSleI




