第327話「最後の全国大会」
2026年1月15日追記.今後の構成を検討し、ここからを第30章とすることにしました。
「みんな、バスを降りたら一旦集まって...!」
貸切バスを降りた西田高校マンドリン部の部員たちはそれぞれ様々な思いを秘めながら全国大会会場を見た。
「いよいよだな」
「ああ。またここに帰ってきたんだ」
特に3年生の部員にとっては全国大会は昨年の苦い敗北の記憶と結びついた強烈な印象が残っている大会で、1年ぶりに目の当たりにした会場を前にぶるるっと武者震いをした。
「ソウタ、あれ」
「ん?」
糸成が奏太に声をかけて見させたのは他校の集団だった。西田高校とほぼ同じタイミングで会場に着いたようで、荷物の積み下ろしをしていた。楽器などを運び出しているのを見るに大会1日目である本日が本番なのだろう。全員が見慣れた制服に身を包んでおり、女子の姿は見えない。...この学校は、
「雄ヶ座...」
そう、同じ県からの出場校のなかでは唯一1日目に演奏することになっている雄ヶ座高校だった。
「カイロ...」
奏太と同じく1stマンドリンの3年生、相田快人の姿も見えた。向こうもこちらに気づいている様子だったが、特に声をかけてくるわけではなく真剣な顔で積み下ろしを行っていた。思えば去年も大会前に同じようにバスから降車する場でフランクに宣戦布告をして来た記憶があるが、今年はしてこないところを見るに、最後の全国大会を前に、気持ちが入っているのだろう。彼らの演奏は9番目、奏太たちもここは空気を読んで本番前に余計な絡みをさせないようにした。
バスの運転手さんに全員で送迎のお礼をいってから会場に足を踏み入れる。毎年のことだが右も左もマンドリンなどの楽器を持った中高生の姿で溢れていた。地域で見ると少ない部活だが、全国にはこんなにも沢山の学生がギター・マンドリン音楽に打ち込んでいるのかと、意外に感じる。
「あの制服...」
「龍門だ」
特に強豪校は服装を見ただけでそうと分かる。自分たちにとって越えなくてはいけないライバル校があちこちにいる様子はどうも緊張する。奈緒や美沙がそう言って話していると遠くから同じようにこちらを見ている他校の生徒の声が聞こえた。
「おいあれ、西田高校だぞ」
「ほんとだ、“舞踊風”楽しみだなあ」
県外の部員が自分たちのことを知っているという事実に、2年生の愛衣はクスッと笑った。
「ひょっとして私たち注目されてる...?」
「知ってくれている人は確かにいるけど、注目されているのはやっぱり特別賞獲っているような上位校。うちらは注目まではなかなか...」
そんな愛衣の様子を見て、奏太はそう、落ち着いた口調で言った。2年前に似たようなことを言って舞い上がっていたら当時2年生だった中川から冷静に落ち着かされたことを覚えていたからだ。だが、そんな奏太の後ろで律が言った。
「それが意外とそうでもなさそうですよ。父が他県でセミナーやった時に高校生から聞いたそうなんですが、地方予選での優勝で、西田の演奏に注目している他県の生徒も結構いるみたいです。特に当日会場で私たちの演奏を聴いた人たちは、今年はひょっとしたら西田に刺されるかも、そう言っていたらしいですよ」
「へえ、そうなんだ...」
律からの情報に奏太は意外そうな顔でそう呟いた。すると隣で愛衣がはしゃいだ。
「りっちゃんそれマジ!?ほら!今年いけるかもですよ先輩!」
「でも慢心は禁物よ...!全国から集まっているんですもの...!」
愛衣と律がそんな会話をしている間も奏太は黙ってボーッと考えていたが、うんと深く頷いてから歩みを早めるのだった。
今の体制になってからは県大会の3位、地方予選の1位、例年とは違い手応えを感じる結果にはなっている。63期の先輩が少なく、ずっと自分たちの技量を求められて戦ってきた去年の経験や、ずっと同じ曲で戦うという作戦が生きている気がする。だが、昨年までとは違い、山崎先生がいないことなど、不安要素もあるが、糸成の指揮のもと、1年生の打楽器も加えて試行錯誤をしてきた。
ー確かに今年はひょっとしたらひょっとするかも...
そんな微かな期待感を感じさせられる気もした。
・
・
ホールに入ってからまもなくして、開会式が行われた。例年通り審査員の紹介や主催者の講話など儀式的な内容で進んだが、ほとんどの学生たちは演奏への期待と不安から真剣には聞いていなかった。
開会式が終わると1校目の演奏から順に行われた。最初の学校は人数も少なくまずまずといった演奏だった。特に1年生の部員たちは全国大会でもこんな感じなのかと、若干面食らった様子で演奏の合間の度に若干騒ついていたが、この先の強豪校はもっとすごい演奏だよと2、3年生の先輩からなだめられていた。
そんな様子で大会が進み、プログラム9番目、この学校の出番がやってきた。
「プログラム9番、雄ヶ座高校。」
前の学校の生徒たちと入れ替わりでぞろぞろと舞台上に入ってきたライバルの顔を見て、奏太はふと呟いた。
「カイロ...頑張れ」
コンマス席に座っている快人は真剣な面持ちで足台などの準備を進めていた。普段のおちゃらけた様子とは大きく違い、最後にして最大の本番の前のプレッシャーを感じているようだった。
「ついに始まったな」
「うん」
糸成が奏太にそう囁くと奏太はステージ上をじっと見たまま小さく頷いた。
ついに全国大会が始まる。




