やりすぎた魏儒
なんだかんだあっても、無事に港へ到着したナイツ一行。
この港の名前は白安。梅朝の西に巨大港がある故に商業港としては重要視されておらず、地形的に見ても守り難く攻め易い為、軍港にも不向きだった。
柔巧の地形を調べ回った魏儒と侶喧は、この白安港の設備を必要最低限を超える程度まで改修・増強するつもりであった。
「……と言いつつ、ちゃっかり要塞化してる所が魏儒と侶喧らしいよね」
上陸後、現場監督を任されている飛刀香神衆の頭目から説明を受けたナイツは、一通り見渡してから微笑を浮かべて見せた。
手が回り始めたばかりであるが、所々に要塞の基礎となる部分が見受けられる。
恐らくは用兵の玄人たる魏儒と、築城・攻城名人の侶喧に於ける必要最低限以上というラインは、かなり高い位置なのだろう。
「ふははっ! こらこら涼周。あんまり皆の邪魔しない」
一方の涼周はあっちへ行ったりこっちへ行ったりで遊び回っていた。
その様子を見ている分には和むものの、仕事の邪魔になったり危険な場所へ立ち入ったりされたらかなわない。
ナイツは弟の手を引いてシュマーユと左右から挟み込み、涼周をじっとさせた。その様子を見る周りの者達が心を和ませ、密かに士気を上げているとも知らずに。
暫くして馬車の手配が整い、今度は陸路に切り替えて築城現場へと向かう。
御者によれば、ゆっくり進んで二時間。駆け抜けて一時間半の距離らしい。
(軍の移動速度なら二時間ぐらいか。三葉への援軍が必要となった際、軍港まで行くのに時間が掛かる。だからある程度の規模を持った要塞に作り替えたんだな)
ナイツは魏儒の考えを察した。
常時、軍港に遊撃隊を待機させ、三葉の危機にはそれを先発隊として派遣するのだと。
「街道の整備や駅舎の建築までやってる。……凄い本格的に取り組んでるよ」
涼周の希望に沿った本拠地造り故に、ナイツは心の何処かで別荘建築みたく思っていた。
然し、道すがら見る光景は如何にも『国造り』のそれであり、魏儒の本気の程が窺えた。
(…………成る程ね、これは安楽武が詰まらなそうな顔をする訳だ)
久し振りに見た安楽武の顔から感じた違和感の正体は、正にこれだ。
許可した城造りの域を超えた大々的な普請に、彼は不快感を抱いたのだろう。
剣合国の庇護下にある魏儒及び侶喧達のやり過ぎが、同国の内政・外交を司る者として単純に気に入らないのだ。
(軍師は結構固い所があるからなぁー。そんでもって魏儒は剣合国嫌いだし。どっちも優れた人物だけに自尊心も高く、歩み寄る事はしないだろう。……となると、やっぱり……)
ナイツは自分の膝を枕にして眠っている涼周の頭を撫でる。
心なしか、意識がない筈の涼周の頬に、僅かな朱が混ざった感じがした。
「どうしました? 何か考え事でも?」
「その通りだけど、良く分かったね」
「顔に出てました。優しい手付きに反する憂慮の色が」
対面に座っているシュマーユがナイツの顔を覗き込み、彼の内情を悟った。
ナイツは自分も顔に出る質なのだと苦笑し、鋭い観察眼を持つシュマーユに打ち明ける。
「簡単に言うと、父上の仲間と涼周の仲間で馬が合わない二人が居てね。互いの軋轢を払拭するには涼周や父上が仲介するしかないのかな……って」
「そんなに不仲なんですか? その二人」
「まぁ……口論に発展してる訳ではないけど、お互いが牽制し合っていると言うか、進んで距離を取ろうとしていると言うか……兎に角、寄り添う姿勢が感じられない」
実際に喧嘩をしている訳ではないのだ。
ただ、安楽武は魏儒を危惧し、魏儒もまた安楽武を警戒している。
「……時が解決してくれる事もあるでしょうけど……互いに実力者。いがみ合う期間が長ければ長いほど軍内には隙が生じやすくなるものです。多少強引でも、片方をもう片方にくっ付かせたらどうです?」
「えっ? それって、どんな感じに?」
「宴会の席を利用して隣り合わせるとか、ナイト様が二人を誘って碁を打たせるとか、もうどちらかの軍閥を変えてしまうとか」
「いやいやいや、それは絶対ない」
宴会の席には剣合国嫌いの魏儒が来ない、ナイトは碁を打つどころか縁側で饅頭を食べてふて寝する、抑々仲間の関係だから軍閥を移す事も有り得ない。
新参故に剣合国軍の実態を知らないシュマーユならではの考えに、ナイツは全否定した。
そして、そうこう言っている内に一行は築城現場に到着した。
「皆、久し振り! ちょっと色々あって帰りが遅くなったよ!」
本陣を訪れると、魏儒や侶喧や李洪を筆頭とする将達が議論を交わしていた。
「若、お帰りなさい。聞きましたよ。戀王国でも戦があったそうですね」
「……あんまし活躍できなかったけどね。寧ろ敵に助けられたぐらいだよ」
「敵に助けられた? ジオ・ゼアイ殿、それは一体どんな状況だったのだ?」
大まかな事象だけが先行して伝わったようで、仔細はまだのようだった。
ナイツは本当に信頼できる者以外も混ざっているこの場を危ぶみ、シュマーユの存在を隠しながら、戦の詳細な報告のみを行った。
だが流石と言うか、魏儒だけは話の流れからシュマーユの目的を見抜いたらしく、一人で不敵に笑うや否や、ナイツの話に合わせてくれる。
「それは大変だったな。その長兄派とやらには感謝せねばなるまい。何せ、我等が主・涼周殿を危機から救ってくれたのだからな」
魏儒はシュマーユに対して暗に礼を言った。
ここで彼女を名指しすれば、その存在を衆目に知らしめかねないと思ったのだ。
ナイツは魏儒の気配りに感謝の念を抱くとともに、逸早い話題変換を望んで、彼らしくない問い掛けをする。
「因みに俺も救われたけど? 魏儒は俺の為には感謝してくれないのか?」
「ククッ! ジオ・ゼアイ殿は御身だけであれば脱出可能な程に強い。故に心配は一切しておらん」
自分の事も心配して欲しいと暗に訴えるナイツに対して、悪人面を浮かべた魏儒は何とも歯に衣着せぬ発言を返す。
ナイツの武勇を評価しているのか、涼周以外の存在だから軽視しているのか、良く分からない反応ではあったが、愉快そうな言動から察するに彼なりの安堵を示している様だった。
「……兎に角、皆様が無事で何よりでした」
締めは侶喧。この場に於ける最年長者なだけあって、絶妙なタイミングで纏めてくれた。
「魏儒、侶喧! これ見て! 張真くれた!」
「ん? 何をです――ハヌゥオォッ!?」
然し、結も束の間に、次の瞬間には纏めた侶喧本人が大声を上げて感銘を受ける。
そう、張真お手製の可憐な木彫り人形達が、彼の心を射抜いたのだ。
「成る程、これは正しく達人の技だ。その張真とやら、ゲルファン王国にあって名うての名人でもあるようだ」
否、心を射抜かれたのは魏儒もだった。
侶喧と二人して精巧に作られた一品を鑑賞し、張真が名将たる所以を知る。
「うむ……これでは私の作品などは遠く及ばぬ……」
「魏儒が素直に敗けを認めるなんて珍しいね」
「美しい物は誰が見ても美しい。ただそれだけだ。そこに勝ち負けを挟んで初心を忘れる様であれば、それはボンクラ芸術家に他ならん」
「因みに魏儒の作品ってどんな物なんだ? 良かったら今度見せてくれ」
立派な心掛けをする魏儒。何よりあの魏儒である。彼の作品はよっぽど素晴らしいのだろうと期待したナイツは、彼の創作品を見たいと申し……
「…………!!!(ブンブンブンブン)」
魏儒の背後に控える彼の側近達が、一斉に首を振って思い止まらせる。
物凄い剣幕さと首を千切らんばかりの勢いを保ちながらも、その気配を殺して魏儒に悟らせない辺り、余程慣れているようだった。
ナイツは彼等が見せる必死かつ無言の忠告を、素直に聞き入れる事にした。
「あっ、やっぱり俺には美的感性がないから止めとくよ。無駄に失言しかねないし」
「何事もそつなくこなす貴殿が感受性に欠けるとは思えぬ。……そうだな、三日前に作ったあれを持ってきてくれ。涼周殿にも見てもらいたい」
ナイツと涼周を見据えながら作品運搬を部下に頼む魏儒。
彼の後ろで絶望に満ちた表情のまま大口を縦に開ける側近達の姿が、魏儒と彼等を除いた皆の目に焼き付いた。
そして、運ばれてきた一品はと言うと――
「何これっ!? 悪魔!?」
「ほぅ……ジオ・ゼアイ殿ともなれば流石に分かるか。正しくその通り、熊だ」
「正しくないよ! 一文字違いで大間違いだよ!」
侶喧が白眼を向いて吐血して倒れ、李洪とシュマーユの思考を停止させ、涼周が木彫り人形を抱きながらにぃにの影に隠れる程の、これだけで確実に敵軍を足止めできると思う程の……最終兵器だった。




