光の帝国
「どこまで行く?」
トーコが、ミユキに聞いた。
「ホテルまで行きましょ」
ミユキは、ディスプレイから目を離さずに答えた。
「例の場所、行くんですか?」
イツキはミユキに尋ねた。
「それはまだ無理ね。今回は大河にウイルスを見せるつもりよ」
東高情報技術部の基地から、大河たちのABSをトラックに乗せて出発する。
「すげえな、ABSで車に乗るのか」
大河は自分のディスプレイに、走行するトラックを見下ろし視点で映して眺めている。
「ちょっと歩いて行くには遠いからね。キャリアがないと行動範囲がかなり狭くなるんだ」
イツキが言った。
東高情報技術部のキャリアは、いわゆる荷台のついたトラック型である。サイズ的には小型トラックくらいであり、ABSは荷台に最大五機ほど載せられる。
こういったトラック型のキャリアは、シンプルかつ安価で故障し難い反面、基本的には輸送用であり戦闘用ではないこともあって、攻撃を受けるとあっという間に破壊されてしまうことも多い。
しかし、サイズの割に載せられるABSや荷物が多く、IFV(歩兵戦闘車)やAPC(装甲兵員輸送車)タイプが主流になっている現在でも、数多く運用されている。特に彼らのような学生には汎用トラック型が安価で便利だった。
トラックに乗せている間、大河たちのABSは待機状態にある。別に稼動状態でも構わないが、稼働したままだとジェネレーターが作動し続けることになり、少量でもエネルギーを消費し続けることになる。無駄な浪費を避けるためにも、不要な時は待機させておくのだ。
「なるほど、楽なもんだな。……おっ、山道になってきた」
大河は椅子の背もたれに深くもたれかかると、部室の大型モニターをぼんやりと眺めた。
部室モニターには、キャリアの視点からの映像が表示されている。人工物が大半だった映像は、もう鬱蒼とした樹々に占領されつつあった。森の中を走っている印象だ。
「もう少し行ったところで脇道に入るんだよ」
イツキはタブレットパネルに周辺の地図を表示させて、大河に見せた。
「へえ、その先がさっき言ってたホテルなのか?」
「そうさ。そこが目的地だよ」
「なあ、だったらこの道を真っ直ぐ行った先はどうなってんの?」
「その先は「ゲート」よ」
ミユキが言う。
「ゲート? ゲートって……ワールド同士を繋いでいるっているアレ?」
「そうよ。でもね、そのゲートは開いていないのよ」
「なんで?」
「どこかにそれを開くスイッチがあるはずなんだけどね。それはゲートの近くにある場合もあるし、結構離れた場所にある場合もある。そのゲートは後者の方ね。困ったことに」
「場所わかってんの?」
「それがわかったら苦労はないわ――って言いたいところだけど、どうやらそのスイッチが、これから行く場所にあるという噂ね」
「じゃあ、そのスイッチを探しに行くのか?」
「違うわよ。今回は、あんたの経験値を稼ぎに行くのよ」
「経験値? もしかしてまた訓練……」
大河は嫌な顔をした。
「当然でしょ。大河、ウイルスと戦うことは、とても大変なことなのよ。前から言ってるけど、やり直しはきかない。奴らも私たちを潰しにくるのよ」
しばらく進むと、横に一本脇道が見えてきた。イツキは早速、大河に説明を始める。
「ここだよ。この道からずっと先にホテルがあるんだ」
「へぇ、そうなのか。……なあ、この辺にはウイルスは出てこないのか?」
「この辺は昔はそこら中に徘徊していたっていうけど、今はもう僕たち人間側が勢力を回復しているから、ほぼ排除できたっていうね」
実際、この真夜中峠の周辺ではウイルスを見かける機会はとても少ない。現在はウイルスが発生するのは、大河たちの目的地であるホテルに限られているようだ。
大河は部室のモニターを見ていて、ふと周辺の様子がおかしいことに気がついた。
「あれ、夜になったのか? なんかやたらに暗いけど」
「このホテル周辺は、夜みたいに暗いんだ」
「大河、フェンリルの視点で空を見てみなさい」ミユキが言った。
「うん? どういうことだ……あっ、空が……青い。ということは、別に夜じゃあないのか」
大河は驚いた。見上げた空は晴天だった。しかし、目線を水平に持ってくると、森の中は完全に夜の森だ。キャリアはヘッドライトを照らして走行している。
「そうなんだ。森が深すぎて、昼間なのに夜に見えるんだ」
樹々があまりにも深く茂っているため、空は青いのに、真夜中としか思えないほどに暗い。この場所が「真夜中峠」と呼ばれているのは、こういった特徴から名付けられた通称だった。
ちなみに、暗いのはこの辺だけではなく、ゲートなどの方でも同様の状態にあるという。
「もう少しよ。……ほら、あれを見て」
ミユキは、部室の大型モニターに映し出される深い森の道の、その向こうにわずかに見える小さな何かを指差した。
さらに進むと森の向こうに見えるものが、次第にはっきりとしてきた。
「なんだあれ。建物か何か……?」
「そうよ」
ミユキがそう言った後、急に視界が開けた。その前方には、大きな建物が建っていた。
「な、なあ……あれ、もしかして、あれが言ってた……」
「そうよ。あれが今回の目的地、『光の帝国ホテル』よ」




