トレーニングルーム
「光の帝国……」
大河はその大きな建物に圧倒されていた。青空の下で、薄暗く不気味な佇まいは、恐ろしい怪物を連想させるようだった。
建物は鉄筋コンクリートの近代的なホテルのように見えるが、あちこちが周辺の森の樹々に侵食されているのが見える。いたるところが破損し崩落しており、まさに廃墟といった印象だ。ただ、とても大きい。それだけに余計に怖さを感じた。
突如、「ゴォンッ」という大きな音が響いた。何事かと注意を向けると、また何か別の音が鳴っている。よく聞いてみれば、銃撃の音が小さく断続的に鳴り響いている。
「さっきから銃の音が聞こえるけど――誰か戦ってんのか?」
「そうよ。ここは誰かしらが攻略を目指して、ウイルスとの戦いと探査を続けているわ」
ミユキは、ディスプレイに映るホテルを睨みつけてつぶやいた。
「ミユキ、どこに行く?」
ふいにトーコが言った。
「そうね。とりあえず正面ホール前でいいでしょ」
「了解」
トーコはキャリアを、ホテルの正面へ移動させた。
「それじゃあ、中に入るわよ」
ミユキは自分の愛機、シュトラールを稼働させる。ミユキの操作に合わせてシュトラールは作動し、はじめにキャリアから降りた。アサルトライフルを持ち、セーフティを解除すると周囲の安全を確認するかのように、ライフルを構えて周辺を見回した。そしてホテルの正面玄関を、外から屋内を伺った。
「大河くん、行こう」
イツキが隣の席に座る大河に声をかけると、クラムを操作して愛機イェーガー2を、ミユキと同様にキャリアから降ろしてライフルを構えた。
「よし、やるぜ!」
大河もフェンリルをキャリアから降ろそうとする。しかし、操作にまだ慣れているとはいえないせいか、キャリアの荷台からうまく降りれず、そのまま真正面からばったり落ちてしまった。
イツキが心配そうに声をかけた。
「た、大河くんっ大丈夫?」
「あ、ああ……何なんだ、まったく」
今度は慎重に、ゆっくりとフェンリルを起こす大河。
「何やってんの? 入るわよ」
ミユキは、大河の騒々しい様子に、何事かと見ている。
「あ、待ってください。大河くん、早く」
イェーガー2は、アサルトライフルを構えたまま、シュトラールに続いてホテルの中に入っていく。大河もそれに続いて入った。
「いってらっしゃい」
トーコは普段のすました表情で、前にいる三人に小さく手を降った。トーコはキャリア担当で、ここで留守番になる。もちろんだが玄関口は狭く、キャリアは中に入れないのだ。
屋内に侵入すると、一旦歩みを止めてふたたび周囲を警戒し安全を確認してから、ミユキは大河に言った。
「ま、基本的にはこの辺りはウイルスは出てこないけどね」
この入り口周辺は人類側の勢力圏らしく、ウイルスの気配はない。ただ、どこかから侵入してくる場合もあり必ずではない。人類はこの「光の帝国ホテル」全体を制圧しているわけではないのだ。
この辺りは屋内照明があるせいか、結構明るい。外は夜のようで暗かったが、室内は問題なかった。
「あそこでやるんですか?」
イツキが言った。
「そうね。とりあえずは安全にできるところでしょ」
玄関から入って正面ホールに入ると、ホールは吹き抜けになっていて側面の大きな階段で二階へ上がることもできる。しかし、今回はホール奥の通路からずっと先に進み、そこにあるらしい広い部屋に向かう。
荒廃した内部は崩落の心配はないのかと思うくらい、酷い箇所も見受けられた。が所々、木の根や幹が這いずり回っており、以外とそれらとのバランスが保てているのかもしれなかった。
「これだけぶっ壊れてんだから、相当激しい戦いだったんだろうな」
大河は周辺をキョロキョロと見回している。基地の周辺もあちこちが相当に荒れていたが、まだここまでではなかった。
「戦闘によるダメージもあるだろうけど、ここは元からこんな感じだったらしいよ。でもまあ、廃墟みたいになっている方が雰囲気あるよね」
「まあ、そりゃあな……でも気味が悪いな」
「さあ、着いたわ」
先行していたミユキのシュトラールが部屋の入り口で立ち止まって、警戒しながら中の様子を確認している。なかはかなり広い空間があり、様々な瓦礫が散乱している。
シュトラールがライフルを構えたまま、部屋に侵入した。続いてイェーガー2とフェンリルも入っていく。室内は静まり返っていて、なんの気配もない。
「なんだ、何もいないのか」
大河がそうつぶやいた次の瞬間、ミユキが叫んだ。
「伏せてっ!」
大河もイツキも一瞬驚いたように顔を見合わせたが、ディスプレイに映る部屋の奥の方が、わずかに動いたのをきっかけに慌てて自機を伏せさせた。すぐに何かが飛び出した。
――ウイルスだ。
そのウイルスはかなり小型で、犬か猫くらいに見えた。
箱型の胴体を横にして側面に脚が付いたようなシンプルな形状をしている。よくみると、その左右の脚のすぐ上に、拳銃サイズの銃らしきものが取り付けられているように見えた。
「ラビットだ!」
イツキが叫んだ。
飛び出したウイルスは、両側面の銃らしきものの端部を前方に向けると、大河たちに向けて銃声を鳴り響かせた。
しかしミユキは、落ち着いてシュトラールにライフルを構えさせると、すぐにウイルスに狙いを定めて射撃した。ウイルスの正面にある、赤い目のような丸いレンズの部分に見事命中させると、ウイルスはその場にバタリと倒れて動かなくなった。
「やったのか?」
大河はディプレイの向こうのウイルスと、反対の席に座るミユキの顔を交互に見て言った。
「大丈夫よ。――イツキ、周囲を警戒!」
ミユキはシュトラールにライフルを構えさせたまま、さらに部屋の中を見回す。
イツキもすぐに、イェーガー2を起こして射撃姿勢を取らせると、周辺を警戒した。どうやら部屋の中には先ほどの小型ウイルスが一体いただけだったようだ。
「なあ、さっきのがウイルスなのか?」
大河は真剣な目つきでイツキに聞いた。
「うん。小型のウイルスで、通称『ラビット』って言うんだ。ほら、あのサイドの拳銃みたいな部分がウサギの耳みたいでしょ」
「ああ、なるほど。……そのラビットってウイルスは強いのか?」
「いや、最も弱い部類だと思うよ。攻撃手段だって体当たりか、さっきのように撃つかだけど、それもハンドガン程度でABSの装甲を撃ち抜けるほどの威力はないし」
ウイルスにも多種多様な種類がある。
先ほどのラビットのような小型のものから、ABSの何倍、何十倍もあるような大型のものも存在する。形状も様々で、それにより強い弱いがあり、またワールドによって出没するウイルスが違ったりする。
「よっしゃあ、やるぜ! 先輩、ここでウイルス退治するのか?」
すでに興奮気味の大河は、ライフルを構えて周辺をキョロキョロしている。
「そうよ。って、退治っていうよりも、あんたの訓練よ」
「えぇっ……また訓練かよ!」
「今日は実戦経験を積むのよ。これまでは的を狙ったり、トレーニングモードだったけど、今日は実戦。壊したら直すまで元には戻らないわよ」
「ちぇ、わかってら! まあいいぜ、どっからでもかかってこいってんだ!」
大河は腕まくりをして気合をいれると、思い切り吠えた。
「じゃあ、やるわよ。イツキ、扉を開けて」
イェーガー2は部屋の奥側に見える大きな扉の前にやってくると、扉の前面に装着された太めの横棒をスライドさせると、取っ手を握って一気に扉を動かした。ガラガラという重い金属を引きずるような音をさせながら、ゆっくりと扉が開かれた。
「開けましたよ」
イツキがミユキに向かって言うと、シュトラールとフェンリルが扉のところまでやってきた。大河は扉の奥を見て、その先が薄暗い通路であるのを見て言った。
「先輩、この先に何かあるのか?」
「そう。まあ、この先じゃなくて「ここ」だけど。ここは所謂――『トレーニングルーム』なのよ」
実はこの部屋は、人類側の実戦経験を積むためのトレーニングルームになっていた。この奥の通路の先に小部屋が一つだけあって、そこに「ファクトリー」と呼ばれるウイルスを発生させる設備があった。
この「ファクトリー」は人類にとってはウイルスを発生させる厄介な構造物だった。破壊可能で、壊してしまえばもうそのファクトリーからは発生しない。
しかし、破壊しない限り定期的にウイルスを製造し、出来上がったウイルスは人類に牙を剥く。また、一定の数か時間で機能を停止するわけではなく、壊れない限りずっと製造され続ける。
この部屋は、そのファクトリーから通路一本のみで繋がっているため、扉を取り付けて遮断してしまえば、出現量を制御することができた。訓練の時にのみ扉を開いて、必要な量だけウイルスをこちらの部屋に呼び出して行う。
これも、そのファクトリーが小型のウイルスしか製造しないものであったことと、ファクトリーも、ひたすら作り続けるのではなく、状況を判断して製造しているらしく、部屋に溢れかえりそうになる前に製造をストップさせる特徴があることで、こういう仕掛けを作ることができた。
「へえ、考えるもんだな。……うん? 何か来る!」
大河はフェンリルのディスプレイの先に、二、三体のウイルスらしきものが通路を通ってこちらの部屋にやってきているのを見つけた。
「さあ、来たわよ。大河、射撃用意!」




