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第7話 赤月の行進

 「ごちそうさま」


 ノアルたちが食事を終えて食器を片付けると、テーブルの上にはお湯が入った木製のカップが2つ並んでいるだけとなった。


 「おいしかった。ありがとう」


 ユアナはまた無表情に戻っている。


 不思議な子だな。それにしても、なぜクリスタルに。


 ノアルは今日の出来事に思いを馳せたが、答えは出ない。


 「喜んでくれて良かった。明日からまたダンジョンで稼がないと」


 レベル8になった今なら、これまでより強い敵とも戦える。モンスターのドロップアイテムだってもっと良い物が出るはずだ。


 期待は膨らんでいく。


 それにスキル融合もある。いつでも使えるようにならないと。


 ノアルが考えているとユアナが尋ねてきた。


 「ダンジョンってなに?」


 「え、知らないの? 君がいた『微睡みの廃殿』もダンジョンだよ」


 「ごめんなさい……」


 俺はバカか。記憶がないんだからダンジョンのことだって知っている訳ないのに。彼女に謝らせるようなことをするなんて。


 ノアルは自らの発言を後悔した。


 「ダンジョンっていうのは、モンスターの巣みたいなものかな。街の外にいつの間にか出来ているんだけど、放っておくと成長するし、中のモンスターもどんどん増えていく。そして成長しきると中からモンスターが溢れ出てくるんだ。だから俺たち冒険者が中に入って、モンスターを討伐している。モンスターを倒せばダンジョンの成長が止まるし、おまけで珍しいアイテムも手に入るからね」


 「危なくないの?」


 「ダンジョン放っておくと溢れ出てきたモンスターが近くの街を襲うからね。5年前のこの街みたいに……」


 「5年前……?」


 つい要らないことまで話してしまった。ユアナはあの日のことなんて知らなくていいのに。


 何故かユアナには、口に出してしまった以上、隠すようなことはしたくなかった。


 ノアルはぽつりぽつりとその日の出来事を話し始める。


 「うん……。5年前、赤い月が夜空に昇った日。急に近くのダンジョン『帰らざる坑道』からモンスターが溢れ出てきてこの街を襲った」


 脳裏にあの日の情景がまざまざと浮かんできた。


 「俺も小さかったからそこまで詳しくないけど、『帰らざる坑道』はまだ成長途中で危険はないはずだったらしい。それなのに、なぜかあの日、無数のモンスターが溢れ出て、街を飲み込むように蹂躙していった。モンスターの群れは散々街を破壊すると、翌日には姿を消していた。街の外れにあるこの家はなんとか無事だったけど、その時の戦闘で俺の両親も命を落としている。この街では5年前のこの出来事を『赤月の行進ブラッディマーチ』って呼ぶ」


 ノアルが掴んでいる木製のカップが小刻みに揺れるカタカタという小さな音が室内に響いている。

 

 「ごめんなさい。わたし何も知らなかったから……」


 俯きながらユアナは言った。


 「謝らなくていいよ! ユアナは何も悪くないんだし、5年前のことだから俺ももう悲しくないから」


 ノアルは大きく手を振る。


 室内を静寂が支配していた。

 

 「そ、そろそろ寝ようか! 体を拭くタオルと水桶はあそこにあるよ。あと、服は母さんの古着があるから奥の部屋を使ってよ」


 雰囲気に耐えられなくなったノアルは、部屋の隅にある水が入った大きな木桶とそばにある小さめの水桶を指さした。


 「ありがとう。体を拭けばいいんだね」


 椅子から立ち上がったユアナは、木桶の方に歩いていく。


 そして、おもむろにその場でワンピースを脱ぎ始めた。

 

 ユアナは両腕を袖から抜き、頭を首元に通す。


 ワンピースの裾からは太ももがあらわになっている。


 眼前で起こった衝撃の事態に言葉を発せないでいたノアルはやっと我に返った。


 「ユ、ユアナ! こ、ここで脱いじゃダメだよ!」


 ノアルは手で目を覆いながら、早口で話す。手の隙間から見える彼の顔は茹でダコのように真っ赤だ。


 「どうして……? 体を拭くんでしょう……」


 ノアルは目を塞いでいるせいで見ることはかなわないが、既にユアナは一糸纏わぬ姿になっている。


 「どうしてって……。当たり前じゃないか! 女の子は人前で裸になっちゃダメなんだ! 早く服を着て!」


 「よくわからないけど……。服を着ればいいんだね」


 記憶がないのは分かっていたけど、ここまでなんて。


 ノアルの焦りとは裏腹にユアナは淡々とワンピースを着なおした。その間、彼は後ろを向き、手で目を覆い続けている。


 「着たよ」


 ユアナの方を振り向き、恐る恐る目を開けるとワンピース姿のユアナが見えた。


 「じゃあ、その水桶に水を入れて、奥の部屋に持って行って。そこで服を脱いで体を拭くんだよ」


 「わかった」


 ノアルに言われたとおり、ユアナは水桶を持って奥の部屋に向かう。


 ユアナが部屋を出ようとした時、ノアルが声をかけた。


 「ユアナ。おやすみ」


 「……おやすみ」


 不思議そうに返事をしたユアナは奥の部屋に消えていく。


 「はあ……びっくりした」


 ノアルは小さく呟くと、ユアナと同じく自室に戻り就寝した。


 少しの後悔を胸に残しながら。


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