第6話 少女の微笑み
ドルグたちが出ていくと、集まっていた冒険者たちは自然と元の場所に戻っていき、ベルだけが残っていた。
「ノアル君、本当におめでとう。ところでさっきから気になっていたんだけど一緒に入ってきた凄く綺麗な女の子は誰?」
ベルが入り口の方に目を配る。
ユアナは騒ぎに関与せず入り口の近くで待っていたようだ。
「ユアナ。来てくれる?」
「うん」
ユアナはゆっくりとノアルのそばまで歩いてきた。
さて、ベルさんにどう説明するべきか。クリスタルの中で眠っていたなんて言ったら大騒ぎになるだろう。それは避けたいな。
ノアルの脳裏にユアナと出会った際の光景が浮かんだ。
「『微睡みの廃殿』からの帰り道で出会ったんだ。自分の名前以外なにも覚えていないみたいで。ユアナって言うんだけど、ベルさん何か心当たりはない?」
結局ノアルは本当のことを話さなかった。
ユアナのことを思えばそれが最善だと思えたからだ。
「それはかわいそう。力になってあげたいけど私も見たことないわね。この辺りの子じゃないのかも」
「そっか。ありがとう。他の人にも聞いてみるよ」
その場を離れ、ユアナを連れながら周りの冒険者に話を聞いてみたが、誰も彼女を知っている人はいない。
ノアルたちは手がかりなく再度ベルの下に戻っていた。
「誰もユアナのことは知らなかったよ」
「私も他の職員に聞いてみたけど収穫なしだったわ」
ユアナは相変わらず無表情でノアルのそばに立っている。
彼女は今何を考えているのだろうか。
「今日は疲れたからそろそろ帰るね。ユアナ、うちに来る?」
「いいの?」
「置いてなんていけないよ。早く知ってる人が見つかるといいね」
「ありがとう」
「私も冒険者ギルドの記録を探したり他の冒険者に聞いたりしてみるわ。何か手がかりになりそうな話があったら伝えるわね」
「ありがとう、ベルさん。またね」
ベルに別れを告げると、ノアルたちは冒険者ギルドを出て、自宅に戻っていった。
…………。
「ただいま」
部屋の中には誰もいない。まだライアは来ていないようだ。
「どうぞ中に入って」
「ありがとう」
誘われるままユアナは部屋の中央にあるテーブルの椅子に腰をかける。
「お腹空いたよね? 今日の夕食はちょっと贅沢しようと思ってるんだけどユアナにもご馳走するよ」
今日は初めてダンジョンボスを倒した。しかも誰も知らない強力な技まで見つけてしまったかもしれない。こんな日くらいは贅沢してもバチは当たらないだろう。
日々のダンジョン通いで稼いだ貯えもわずかだが残っている。
「ごちそう?」
「ふっふ。期待して待っていてよ。ちょっと買い物に行ってくるね」
家に帰ったのも早々にノアルは再度家から出ていく。
そうだ、ライアおばさんに夕食はいらないと伝える時にレベルが上がったことも報告しよう。きっと喜んでくれる。
いつも家には暗い気持ちで帰っていたが今日は違う。
もう昨日までの自分ではない。
そんな気持ちが、疲労の限界にあるノアルの足取りを軽やかにしていた。
…………。
「ただいま」
「おかえりなさい」
再び家に戻るとテーブルの椅子に座ったままのユアナが応えた。
ノアルにはその言葉がとても嬉しい。
両親が亡くなって以来、ライア以外が家で待っていることなどなかった。
そのライアはレベルが上がったことを自分のことのように喜んだ。母の妹である彼女はずっとノアルを気にかけており、今も彼が一人で生活できているのは間違いなく彼女のおかげである。
「ちょっと待ってて」
ノアルは部屋の隅にある調理台に向かい調理をはじめる。
しばらくして複数の皿を持ったノアルがテーブルに戻ってきた。
「お待たせ」
二人の前にはいつもの硬いパンに野菜の塩漬け、そして焼いた肉と具が入ったスープが並んでいる。
「これは?」
ユアナが尋ねる。
「街で山岳豚のベーコンと新鮮な野菜を買ってきたんだ。肉なんて久しぶりだよ。俺には焼いて塩を振るくらいしかできないけどね」
厚く切られたベーコンは焼き過ぎたのか焦げが目立つ。スープに入った野菜は大きさも形もバラバラだ。
ノアルに手の込んだ料理など作れるはずもない。
それでもノアルは自分の手で今日を祝い、そしてユアナにも食べてほしいと思った。
「じゃあ食べよう! いただきます!」
「……いただきます」
ノアルの真似をするユアナ。
彼女は最初にベーコンを食べ、続いてスープをひと口飲み込んだ。
ユアナの反応が気になるのかノアルはまだ料理に口をつけていない。
「おいしい……」
ユアナは微笑みながら言った。
それはノアルが初めて見た彼女の表情。
出会ってからずっと無表情だったユアナがやっと見せた人らしい姿。
ノアルはその姿にみとれている。
「……どうしたの」
「い、いや、なんでもないよ! さあ食べよっと!」
小首を傾げるユアナの前で、ノアルはごまかすように勢いよく食事を始めるのだった。




