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第4話 動きだす時間

 もうもうと砂煙が舞っている。


 ノアルが全ての力を絞り出した火炎断はミノタウルスを二つに引き裂き消滅した。


 全身の力を使い果たしたノアルは剣を振り下ろしたまま、地面にへたり込んでいる。


 「やったのか……。さっきの力は本当に俺が……」


 もはや立ち上がる力は残っていない。


 無心で繰り出した「火炎断」だったが、ノアルは持てる体力のすべてを消費していた。通常のスキルでこれほど多くの体力を消費するものはない。


 ノアルは自らが起こした事実を信じられないでいる。しかし、目の前でミノタウルスが光の粒となって消えていくに至って彼は理解した。


 「……勝った! やった! やったんだ!」


 ノアルは、そのまま床に倒れこんで両手を頭上に伸ばし、全身で喜びを表した。


 「……やったよ。父さん……。母さん……。ありがとう」


 あの時、脳内に響いた声。あの言葉がなければ、きっと今も生きてはいない。


 もう会うことはできないけれど、今も見守ってくれているんだろうか。


 ノアルの脳裏に優しく微笑みかける父母の姿が浮かんだ。


 でも、その後に微かに聞こえた声……。あれは二人の声ではなかった。誰かが俺を助けてくれたんだろうか……。


 謎の声について考えを巡らせていると、ミノタウルスが最後の光の粒となって消え去っていった。そして、ノアルの脳内に響く無機質な声。


 『レベルが8にアップしました』


 それを聞いたノアルは急に上体を起こした。


 「8!? 一気に5も上がったのか! ずっとレベル3だった俺が……」


 更に脳内に響く声。


 『スキル「ブルスイング」をラーニングしました』


 ミノタウルスのスキル! これで俺ももっと強くなれる!


 それよりもあの時の力だ。あれをもう一度使えれば……。

 

 ぼんやりと2つのスキルを混ぜ合わせ融合させた感覚は残っている。だが、再現できるかと言われれば心許ないのが本音だった。

  

 しばらく休んだ後、ノアルはおもむろに立ち上がり、周囲を見渡した。


 「噂通りドロップアイテムはなし、か……。そりゃあ誰も攻略しに来ないわけだよね。崩壊もしないし変なダンジョンだな」


 名残惜しく周囲を探索していると入口の扉のちょうど反対側の壁に見たことがない紋章が刻まれているのを見つけた。複数の直線で構成された樹のようなその紋章からは何故か引き寄せられるように感じる。


 「なんだろうこの紋章……」


 そっと紋章に手を触れた瞬間、ノアルの胸のあたりが光を放ちだした。


 「うわ! なんだ!?」


 光の元は首から下げたペンダントだった。


 「これは、母さんからもらったペンダント。どうして光を……」


 それは幼い頃に母から送られたもの。今でもノアルはお守り代わりに常に身に着けている。


 ノアルの手の中のペンダントは益々輝きを増していき、更に紋章も輝き光を放ちだした。


 そして、紋章の下部から一本の光の線が伸び、部屋の中央に向かって走り出す。


 部屋の中央に辿り着いた光の線はその場で大きな円を描き、「ボコッ」という音を出し、円の部分の床が上に持ち上がると、そのまま横にスライドする。


 そして、円形の床があった場所には地下に続く階段が現われていた。


 「階段? この部屋に続きがあるなんて聞いたことがないけど……」


 脳裏に最悪な考えが浮かぶ。


 もしかしたら、ミノタウルスはダンジョンボスじゃなかったのかもしれない。この奥に真のダンジョンボスが待っている可能性も十分にある。


 それなら、ミノタウルスを倒してもダンジョンが崩壊しないことも説明がつく。


 階段の前でしばらく思考を巡らせた。 


 ここは一旦引き返すべきか。でも、なんだろうこの感覚は。何かに呼ばれている気がする。


 「まあ、モンスターがいたら逃げればいいか。もう扉を閉めるやつらはいないし」


 そう言うとノアルは階段を下っていった。


 …………。


 思いのほか階段は長く続いているが、両脇の壁に灯火が掲げられているため視界に不便はない。


 長く下り、この階段に終わりなどないのではないかという不安が頭をよぎり出したころ、ノアルの目前に扉が現れた。


 今度の扉は人ひとりが通れるほどの大きさ。扉に罪はないが、ドルグたちのせいで印象が悪い。


 苦笑いしながら慎重に扉を開けると、そこは大きな円形の広間だった。


 かなりの高さがありそうに見える天井は、地下深くにあるにも関わらず複数の光が差しこんでいる。


 そして、天井の頂点から差し込む最も大きな光が指し示す場所、部屋の中央には巨大な八面体のクリスタルが浮かんでいるのが見えた。


 「ここは、なんだろう」


 ノアルは独り言を呟きながら、部屋の中央にあるクリスタルに向かって歩き始めた。今のところ周囲にモンスターがいるような気配はない。

 

 荘厳な雰囲気の中、靴音のみがどこまでも響いていく。


 クリスタルのすぐそばまで辿り着いたノアルは思わずその足を止める。


 「な、なんだこれ……」


 ノアルが見上げた先、八面体のクリスタルの中には少女が閉じ込められていた。


 輝くような白く長い髪に簡素な白のワンピースだけを身に着けた少女は、両手で折りたたんだ足を掴みながら浮かんでおり、まるで止まった時の中を眠るように目を閉じている。


 「生きてる……のか……」


 思わずノアルが手を伸ばした瞬間、突如クリスタルにヒビが入ったかと思うと、そこから一条の光が漏れ出しはじめた。


 「え、な、なんだ……!? 俺、何かした!?」


 目の前で起きた急な異変に慌てるノアルだったが、クリスタルは更にヒビを増していき、漏れ出す光が四方八方に束を伸ばしていく。


 そして……。


 ーーーパリィィィィン


 漏れ出す光に耐えられなくなったかの様にクリスタルが音を立てて砕け、周囲に眩い閃光が走った。


 「うわっ!?」


 余りの眩しさにノアルは思わず目を閉じた。


 光が収まり、再び目を開けた彼の瞳に映ったのは、空中から落ちてくる先ほどの少女の姿だった。

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