第3話 秘められた力
ミノタウルスは鼻息を荒くしてノアルをジッと見ており、今にも飛びかかってきそうな雰囲気だった。
たしかミノタウルスのレベルは10。レベル3の俺じゃ絶対に勝てない。戦っても間違いなく死ぬ。逃げるしかない。
一瞬のうちにノアルの頭の中を様々な思考が巡ったが、彼が選択した答えは逃げることだった。
ノアルはゴクリと唾を飲み込んだ。彼の額に汗が浮かんでいく。
そうこうしているうちにしびれを切らしたのか、ミノタウルスが先に動いた。
「ブモオオオオ!!!」
ミノタウルスは両手を下げ両足で床を強く踏みしめ、両手で持った巨大な石斧を左横に水平に構えると、空気を振るわせるような咆哮を発し、ノアルに向かって力の限り振り払ってきた。
死ぬ……。
ノアルの感覚のすべてが同じ未来を予想した。
その瞬間。
「ダッシュ!」
ーードガアアァァン!!
ミノタウルスの巨大な石斧が壁を直撃し、砂埃を舞い上げながら巨大な穴を開けた。
スキル『ダッシュ』により、間一髪で振り払いを回避したノアルだったが、その瞳には恐れの色が浮かんでいる。
危なかった。今は運よく避けられたけど、あれを食らったら確実に死ぬ……。
俺が使えるスキルは、ホッピンラビッツの『ダッシュ』と愚者火の『フレイム』、そしてソードスケルトンの『一刀両断』の3つしかない。このスキルでどうにか逃げる隙を作れるのか……。
頭を恐怖が支配していく。
だが、ミノタウルスは先ほどの攻撃から体勢を戻せないでいる。
今しかない!
ノアルは自分を奮い立たせて、右手をミノタウルスに向かって伸ばす。
「フレイム!」
ーーゴワッ!
右手から出た炎の玉が空気を燃やす音を立てながらミノタウルスの背中を直撃した。
しかし、背中に当たった炎はその場で四散し、ミノタウルスは何事もなかったかのように体勢を戻そうとしている。
まったく……効いていない……。
目の前の光景に絶句するノアル。
周囲を見渡してみるが、入ってきた扉以外に逃げられそうな場所はない。しかし、それでも他に考えられることはなかった。もしかしたら扉が開くようになっているかもしれない。
体勢を立て直したミノタウルスがゆっくりと歩きながら近づいてくる。
そして、今度は右手に持った石斧をノアルに向かって思い切り振り下ろす。
ーードガンッ!!
だが、今回も石斧は空を斬り、地面を抉り取るだけに終わった。
再度『ダッシュ』によって攻撃を回避したノアルはミノタウルスの背後に立っている。
ミノタウルスの攻撃をなんとか躱していたが、このままでは体力が持たずジリ貧であることは明らかだった。
それなら! あのでかい脳天に一撃入れてやる!
再び恐怖を押し込むように自分を奮い立たせるノアル。
剣を構え両手で強く握り、そしてミノタウルス目掛けて高く飛び上がった。
「一刀両断!!」
気合の掛け声とともに繰り出したスキル「一刀両断」は確かにミノタウルスの脳天を捉えている。
だが……。
それは鈍い音を立てて僅かばかりミノタウルスの頭を揺らしただけだった。
直後、ミノタウルスは思い切り振り返ると、丸太のように太い腕でノアルを吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
ーーズガァァーン!
ノアルは反対の壁にまで吹き飛ばされ、その場で壁を背にして動けなくなってしまった。
それを見たミノタウルスは石斧を下に構えたまま、ノアルの方に向かって歩き出す。
意識が遠のいていく……。
結局、父さんと母さんみたいな冒険者にはなれなかった……。物語の英雄のように華々しい功績があるわけじゃないけど、その力で街を守った二人は俺の誇りだった。
父さん。母さん。二人みたいになれるように頑張ってみたけど無理だったよ。俺じゃあ二人みたいな冒険者にはなれないみたいだ……。
薄れゆく意識の中、思い浮かぶのはずっと憧れ続けた両親。
その間にもミノタウルスは着々とノアルに向かってきている。
あの日、赤い月の日。なぜ二人は俺を置いてモンスターの群れに向かって行ったんだろう。一緒に逃げてくれれば今も三人で暮らせていたかもしれないのに……。
『誰かを守れる力を持て』
諦めかけたその時、脳裏に父の声が響いた。
この言葉は……。あの日、最後に俺を撫でてくれた時の父の言葉。
『忘れないで。誰かを守りたいと思う心が力になるの』
優しく響くのはあの日の母の声。強く抱きしめてくれたあの温もりは今も覚えている。
そうだ……。二人はあの時、俺を守るために、街のみんなを守るために、モンスターの大群の中に向かって行ったんだ。
どれだけ逃げ出したかっただろうか……。
それでも逃げなかった。
それに比べて俺は……まだ、何もできていない、何も守れていないじゃないか……。逃げ出すことだけ考えていたら勝てる訳がない。
ミノタウルスの巨体がノアルの目前に迫っている。
今、俺がすべきは立ち向かうことだ! あの時の父さんと母さんのように!!!
「あああああ!!」
消えかける意識を叫び声で無理やり押さえつけながらノアルは立ち上がった。
揺れる視界には、両手で巨大な石斧を水平に構えながら、地面を踏みしめ歩いてくるミノタウルスが映っている。
また、それか。
ノアルにはもう避けるつもりはない。
「俺の持てる力を全部出し切ってやる! 来い!! ミノタウルス!!!」
「ブモオオオオ!!」
ミノタウルスは大きく一歩を踏み出すと、ノアル目掛けて力の限り石斧を振り払ってきた。
だが、ノアルは微動だにしない。
静かだ……。あと少しすればあれを受けて死んでいるかもしれないのに。
あの巨大な咆哮すら耳を通り過ぎていく。
その時、ノアルの脳内に声が響いた。
『ふた……のスキルは混ざ……合う。自分……信じて……』
それは消え入りそうなほど微かな声。だが、その声はノアルの心に強く響いた。
二つのスキル……。自分を信じる……!
ノアルは剣を両手に持ち真っすぐ構える。
「ユナイト!」
無意識に口をついて出た言葉だった。
「一刀両断! フレイム!」
ノアルの左右の手から溢れ出た力が奔流となって体の中心に迸る。
混ざり合い、一つになったその力は、真っ赤な炎となってノアルの剣を覆い、そして、火花を放ちながら全てを燃やし尽くすかのように天井に向かって伸びていった。辺りに鉄が灼ける臭いが漂い、熱せられた空気がノアルの髪や服を揺らす。
「はああああああ! 火炎断!!!」
ーーズバアアアアアアアン!!!!!
ノアルが渾身の力を込めて振り下ろした剣は、巨大な炎の斬撃となってミノタウルスの全身を燃え上がらせながら真っ二つに斬り裂き、更には後方の地面を真っすぐに抉り取った。




