探偵② 異常
「で、誰なの?」
「…………………………」
私の目の前でこれ見よがしに通話を切った木船は、おそらくこの場で取り調べを始めようとしているみたいでした。
もちろん、私がそんなものに応じるはずがありません。
「まだ推論未満の妄想に過ぎません」
「澄美ちゃんの妄想なら信用できるよ」
木船と多村のボーイズラブ妄想でも、彼は信用してくれるのだろうか――試そうと思いましたが、そこまでの妄想力が私にはありませんでした。そもそも、そういう妄想に信用もクソもないでしょう。
ツッコミを引き受けてくれる友達がいなかったおかげで培われたセルフツッコミ技術を目の前の刑事課長に披露してやりたい気持ちを抑えて、私は話を誘導させます。
「そういえば、この前は大阪にいたんですよね? どうでしたか?」
「どうって?」
「感想とか、ないんですか?」
「みんな優しかったよ。ノリは合わなかったけど」
「孤立したんですか」
「いや、ノリ合わせたから」
「器用ですね」
「ありがと。そんで――」
「そういえば、一昨日は華の誕生日でしたよね」
「俺以外の同期のことも覚えてたんだ」
「バカにしないでください。唯一仲よくしてくれた女の子なんですから、覚えているに決まっているでしょう」
「ごめんって。それで――」
「なにかあげましたか? 私は財布をプレゼントしました」
「豪華だね。なんか稼いでんの?」
「百均のですよ」
「もうちょい心込めたほうがいいよ」
「検討しておきます。でも、デザインが格好よかったんです」
「子ども用の財布じゃないよね?」
「まさか。子どもにドラゴンは過激すぎますから」
「同期の感性が小学生だ……………………」
「同期ビリだった木船くんがバカにしてきます」
「してないよ。あとビリじゃないし。んで――」
「あのメンバーの中なら、華がいちばん出世しましたよね」
「ノマド調査官だっけ?」
「最近読んだんですね。まだ読書は続けているんですか?」
「一日一冊って決めたしね。漫画は一日で全巻読んじゃうこともあるけど」
「一冊は少ないです。本で頭をよくしたいなら、最低でも十冊は読んだほうがいいのでは?」
「ただでさえ過労だってのに」
「私は自由です。あなたもやめれば?」
「やめねぇよ。あと、いい加減話逸らさないで」
しつこい男は嫌われるぞと返そうとしましたが、これ以上のやり取りは不毛だと気付きました。
そもそもの話、私は会話が苦手なのです。私の得意分野は、傷口に塩を塗り込むことだけでした。塩を塗り込まれた被害者からの情報は、ただの副産物に過ぎません。
「華については後でじっくり話そうぜ」
「……………………そうですね」
そして木船は、聴取が大の得意なのでした。
「質素な部屋だな」
「ミニマリストですので」
部屋に男の人を招き入れた経験は、今までに一度たりともありませんでした。大したものでもありませんが。
ましてや、相手は既婚者です。
しかも警察で、私が受けようとしているのは取り調べです。
「ただの事情聴取だよ」
そう言って彼は笑い声を上げました。目は笑っていませんでした。
「で、なにが知りたいんですか?」
「犯人について。あと、証拠」
証拠に関しては、見つけられる自信がありません。被害者が生きていれば、まだやりようはあったのですけどね。さすがに、死体から情報を得ることはできませんから。
「あなたは犯人の目星をつけていないのですか?」
木船のことですから、すでに犯人の正体を見抜いている可能性があります。彼がどんなプロセスを経てその仮定に行き着いたかは定かにできませんが、彼がそういう人間であることは間違いありません。
しかし、私の期待はあまり当たってくれませんでした。
「いや、今回の事件についてはさっぱり。レジ袋を持ち去った理由くらいなら分かってたけど、いかんせん情報が足りないから」
「柏ちゃんの情報ですか」
それを希望として彼が私を頼ったんだとしたら、残念なことに私は期待に応えることができない。
私は、柏ちゃんのことなんてなんにも知らないのだから。
「証拠は難しいですし、犯人だってあてずっぽうですよ?」
「別に、それでもいいんだよ。どんなに小さくてもいいから、なにか手がかりが欲しい」
私の発言が事件の手がかりになるとは到底思えないのですが、やはり木船は頭がおかしいのでしょうか?
さすが、大学校時代に周りから『人外』と呼ばれていた男です。
「………………………………」
言わなくちゃ、ならないのか。
せっかく警察を辞めたのに、私はまたこういう事件に関わってしまったのか。
本当は、協力なんてしたくない。自分の証言で人の人生を左右してしまうことが怖い――というわけではなく、ただ元同僚に協力したくなかっただけなのだ。
でも――同期のためなら、まあ、いいか。
それに――
……………………。
「須々木孝久さんって、まだ事件現場の周辺に住んでいましたよね?」
研修時代に、現場の仕事を教えてくれた私の先輩であり、元巡査部長です。
彼は、疚田英愛のそこそこ近所に住んでいました。そして――柏ちゃんが殺された現場の、ちょうど真ん前に住んでいます。
現場で、須々木さんに繋がる手がかりは何ひとつ見つかっていませんが、もしも須々木さんが犯人であれば、その謎を説明することができてしまいます。
なにしろ彼は、元刑事なんですから。鑑識の目をかいくぐることも、可能だったかもしれません。
動機については、たとえ脳内であってもあまり説明したくありません。
でもきっと、私のせいです。
完全に須々木さんの責任ではありますが――それでも、私のせいなのです。
「………………………………これまた、意外な名前が出てきたな」
「もちろん、確定ではありませんよ。ただ、少しは説明できるようになるというだけで」
こうやって、保険をかけておくことは忘れません。もしも私の推理が間違えていたとき、万が一にも私が責められるような事態になっては困ります。木船に限って、そんなことは億が一にもありませんけど、一応です。保険が保険なのです。
「事件からもう一週間。証拠は処分されているだろうな」
「事件当日だったら、独断で無令状捜索で事後報告で逮捕できたでしょうに」
「無茶言うなよ………………」
私だったら絶対にそうしていましたし、それで私が処分されたところで関係ありません。犯人と共倒れするのが警察のお仕事ですから。
「話はもうおしまいですよね?」
「おう。じゃあ、俺はもう帰るから」
「え」
約束が違うじゃないか、と抗議したくなりました。しかし、自制心を働かせて気持ちを落ち着かせました。
華についてじっくり話したかったです。ですが、木船は警察官です。忙しい彼を私の都合で拘束するのは、さすがの私でも心を痛めて罪悪感にむせび泣いてしまうでしょう。
「では、無事で」
「澄美ちゃんも、お礼参りに気を付けてな」
「…………………………」
かなり笑えないジョークでした。
私はいつかきっと、誰かに殺されて死ぬのです。
もしかしたら、酷い目に遭うかもしれません。自業自得で惨めな死に様を晒すくらいなら、自殺したほうがマシだと思いました。もちろん、そのつもりはありませんが。
あまりにも、人を傷付けすぎた――という自覚は、余りあるほどあります。
私が壊した人間は、事件の被害者だけではありません。
被害者の家族や、友人。もちろん加害者もそうです。あと、無関係の他人から情報を抜き出したこともありました。
結局のところ、私はただ、人を傷付けることしかできないのです。
私よりも警察に向いていない人を、私は見たことがありません。
本来なら私は、『人間ぶっ壊し屋』を開くべきタイプの人間なのです。
だけど、それでも――せめて、今だけは誰にも殺されないでいようと思いました。
柏ちゃんを殺した犯人が、罪を償うことになるまでは。
という決意を掲げて、私は今日も生きています。
元同僚と元同期の負担を減らしてあげる、心優しい私なのでした。




