探偵① 普通
「お断りします」
現在、芹梨澄美に捜査協力を必死にお願いするという仕事――を失敗している最中である。
こんな人間に頭を下げるために、警察という職業を選んだわけではないのに。どうして、こんなことになってしまったのだろう。こんなのに頼らなければならないほどに、中西警察署は退化してしまったのか?
正義感が強かったわけでもなければ、これといってなにか特筆すべき能力があるわけでもない一般人で普通人の私がどうして警察という職業を選択してしまうミスを犯したのかと言われれば、それは推理小説が好きだからという結論に収束する。
たいていの場合、推理小説で活躍するのは探偵だ。推理小説に限らず、作品内では基本的に嚙ませ犬として描かれることの多い警察という職業をどうして推理小説を好いている私が選んだのかという質問に答えるとするならば、それは私が現実を見ているからに他ならない。
そう――現実の探偵は、たいていの場合殺人事件の捜査なんてしないのだ。それをするのは刑事で刑事以外ない。なんなら、無関係の一般人が捜査なんて許されすらしないだろう。一般人が二次元の真似で推理をしても、どうせ間違っているのだから。
推理小説の探偵だなんて、ただの虚像でしかない。ただの偽物で、ヒップホップじゃない。
閑話休題。
私は今、道警の歴史でいちばんの問題児を目の前に頭を下げて頼みごとをしている。
公務員の仕事である。
「お願いします! 警察は、あなたを必要としているのです!」
私だけは一ミリも必要としていないから安心してほしい。
これは完全なる私情だが、私は芹梨澄美が嫌いだ。
というのも、彼女は基本的に性犯罪事件を担当していた。私もそういう事件が多いのだけれど、彼女はさらに多い。なぜなら、彼女が担当した事件は必ず通報があった日の当日中に犯人が特定・逮捕されるのだ。
午前十時に通報があれば、午後二時には犯人が捕まっている――という状態。
性犯罪者を捕まえるには良い道具である。
だが、私やほかの警察官はみんな、芹梨澄美のことを嫌っている。
彼女自ら危険を冒して、直接犯人に手錠をかけに行くそのスタイルが嫌いなわけではない――嫌いなのは、犯人特定の方法である。
芹梨が担当した事件の被害者は、そのほとんどが精神を著しく病んでいる。また、半数以上は自殺者で、行方不明者も大勢。囮にされ、二度目の被害に遭ってしまった被害者だっていた。
彼女は――被害者を、事件解決のための駒としてしか見ていないのだ。
署内で数少ない同性の先輩なのに、仲よくなろうとはまったく思えなかった。
「誰かに必要とされることに、価値なんて感じません」
厨二病みたいなことを言ってそっぽを向く芹梨に、段々イライラが溜まってくる。
おそらく、わざとやっているのだろう。私を苛立たせて、そのまま帰るように誘導しようとしているのだろう。芹梨はそういうことをする人間だと、時任先輩も言っていた。
本当はとっても帰りたいけれど、我慢する。我慢こそが公務員の仕事なのだから。
「お願いします!」
「さっきからワンパターンすぎてつまらないですね。もっとこう、犬みたいに『くぅ~ん♡』と可愛く鳴いてみてはいかがですか?」
「帰ります」
やっちゃった。
「本当に申し訳ございません…………」
「相手は澄美ちゃんだし、しゃーないって」
刑事課長はそう言って、失態を犯した私をフォローしてくれた。優しくされるとすぐに靡いてしまうチョロい私ではあるけれど、残念なことに彼は指輪を薬指にはめていた。畜生。
「つーか、アイツを説得できる人間なんているのか?」
多村先輩の言葉に、私は全力で同意した。芹梨澄美を都合よく利用できる人間が、この世に存在するとはとてもじゃないが思えない。彼女は本当に完全な『異質』なのだ。
普段は交番勤務の私ですらそういう認識でいるのだから、改めて彼女の異質さがうかがえる。
「新任相手になら警戒心を緩めてくれると思ったんすけどね………………」
「そんなに甘くないってことだろうな」
多村先輩と刑事課長が次の策を練っている間、私はなにも口出しできずにいた。
だって――私は、直接知ってしまったから。
これ以上、彼女に関わるような行動をしたくない――そう思ってしまったのだ。
なぜだろう。
今までに感じたことのないような嫌悪が、今になって私の心を蝕んでくる。
あんなのと一緒にされるくらいなら、苦労してなったこの職業も容易に投げ捨ててしまえるくらいに。
常に周囲から嫌われる程度の能力でも持っているのだろうか?
「退官後でもあの力は健在だったようだな………………」
「え、本当にそんな能力持ってるんですか」
「冗談だよ。だが、研修時代に芹梨の教育係だった人間は、軒並み退官しているらしいな」
冗談じゃない。
現実にそんな誰も得しない異能力があっても本当に無意味だ。もしかしたら、彼女は心の底からマイナスなのかのかもしれない。それでも悪いのは芹梨澄美だった。
衝撃的な冗談じゃない事実に、しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を打ち破ったのは、刑事課長だった。
「しゃーなしなんで、もう俺が行くっすよ」
え?
「え、刑事課長………………?」
「仲よかったし、俺が行けば話し合いには持ち込めるんじゃないすかね」
なら最初からお前が行けよ、とその場の誰もが思った。
というか、芹梨澄美と仲がよかった…………? 初対面なのに数分話しただけで猛烈な吐き気を催す怪物とまともな人間関係を築ける人間が存在したのか?
「信じられなさそうな顔をしてるな」
多村先輩が小声で話しかけてきた。信じられなさそうな顔――一瞬、悪口を言われたのかと思った。『信じられないほど醜い顔』って。オタクは卑屈が売りなのである。
「だって、芹梨………………、さんと仲がよかったって…………」
「お前、心の中ではさん付けしてないだろ」
私の拙い隠蔽工作はあっさりとバレたが、それで怒られるようなことはなかった。
「お前、東城をなんだと思ってるんだ?」
「え、刑事課長を…………?」
なんだと思ってるって、どういう意味だ?
私の認識と多村先輩の認識に、どこか食い違いがあるのかもしれないと思った。
多村先輩は言った。
「芹梨澄美は普通に人間かもしれないが、東城木船は立派な人外なんだぜ」
「…………………………次は、木船ですか。本気で私に捜査協力を求めているんですね」
「久しぶり、澄美ちゃん。ちょっと老けたね」
「お互い様です」
「ホントだ」
「お帰りください」
「え、どうして?」
「あなたに協力する気が起きません」
「殺されたのは沙藤柏で、死因は撲殺で現場は――」
ちょっ――
声が出そうになって、慌てて抑える。が、別に抑えなくてもよかった。
現在、私たちは芹梨説得中の刑事課長と通話を繋いでいた。こちらはミュート状態になっているので、声を抑えなくとも声が相手に伝わることはない。
それにしても――まだ協力するとも言っていない芹梨に、こちらの情報を暴露しても大丈夫なのか?
芹梨は元警察官だが、今はただの一般人だ。一般人にそんな易々と情報を渡していいわけがない。
「――が凶器なんだけど、分かる?」
「………………………………私に、推理させようとしているんですか?」
「そうかも」
「だったら、情報が足りなさすぎます」
「犯人が卵を持ち去った理由だけでも分かんない?」
「卵はレジ袋に入っていたんでしょう?」
「うん」
「ならば、犯人にとって大事だったのはレジ袋でしょう」
「………………あ、そういうことか!」
「わざとらしいですね」
「いやいや、俺は信用ないからね。んじゃ、次は?」
「…………………………は?」
「怒らないでよ、澄美ちゃん。次の推理」
「………………動機がそうであるなら、犯人は特定できます」
「誰?」
「言いませんよ」
「えー、言ってよ」
「こればっかりは、あなたの頼みでも不可能です」
「………………ってことは、澄美ちゃんの関係者なんだ」
「無関係ですよ」
「あの人かな」
「知りません」
「捜査協力、ありがとね」
という刑事課長のセリフと一緒に、通話が途切れた。




