刑事④ 解決
ここ最近、世間を賑わせていた女子高校生殺人事件の被疑者が取り調べですべてを自白したということで、これからさらに忙しくなる刑事課のみなさんをよそに交番勤務の私は気を楽にしていた。
第二の被害者になる予定だった彼――疚田英愛くんも、どうやら無事だったようだし。
私の中では、一件落着だ。
ちなみに動機は、
「あのふたりを、楽にしてやりたかったんです」
というわけの分からないものだった。噂によると、芹梨澄美が関わっているようだけれど……。
犯人が逮捕されたからといって、問題がすべて解決するというわけではない。私の出番はもうないが、当事者たちにとってはこれからが肝心なのだ。
被害者の遺族や関係者に、警察にできることなんて、なにもない。
彼らは、彼らの意思で進まなければならない。
娘を失った両親と、妹を失った兄、そして――最愛の人を亡くした少年。
また、元同僚が人を殺してしまった刑事課の先輩方もいる。
芹梨以外の人間は軒並み不幸になったこの事件は、いったいどのように着地するのだろうか。
無関係(一度だけ協力はしたが、なんの成果も得られなかった)の私が気にするのもどうかと思うが、どうだろう。もしかしたら、私が彼らの役に立てる日も来るのかもしれない。
「やっと来たか、静木。約束の時間より五分遅いぞ」
「すみません」
いきなり、多村先輩から呼び出された。なんと、プライベートで。
これがデートでないことだけは確かだが、いったいなんの用があって有能な先輩が非番の私を頼る事態になったのか、とても気にならないので一刻も早く自分の部屋に帰してほしかった。
「でも、十五分前にいきなり『十分後に俺の部屋で集合な』はちょっと理不尽だと思います」
「理不尽は慣れっこだろ」
慣れても感じたくはないだろう、理不尽になんて。
というか、冷静に考えるとここは男の人の部屋じゃないか。まだ二十歳の私を部屋に呼び出して、いったいなにをするつもりなのだろうか。この寮は壁が薄いので、変なことをしたらほぼ確実に周りにバレるのだけれど。勇気あるなあ。
「なんか、変なこと考えてないか?」
思ったよりも先輩が鋭かった。
「本職、変なことなんて考えていません」
「………………………………」
呆れた、と言わんばかりの堂々とした呆れ顔で先輩が圧をかけてきたが、そんなものに怯む私ではなかった。
そしていい加減、用件をお聞かせ願いたいのだけれど。
「結局、なにが目的なんですか。カラダですか?」
「身体目的でお前なんて選ばねぇよ。それなら生安の橘さん選ぶわ」
「そのまま伝えておきます」
「おい馬鹿やめろ」
橘さんは私の一個上の先輩だ。警察学校時代にお世話になったので、かなり仲よしだと私は思っている。相手がどう思っているかは知らないが、表面上は仲よくしてくれているので大満足だ。
「つーか、お前相手に欲情するのはちょっと無理だわ。橘さんでも無理だけど」
「それセクハラですか?」
「モラハラのほうが近いだろ」
腹立たしい物言いだが、職場の人に性的に見られるのはこちらとしても困るので、このくらいの関係がちょうどいい。それはそれとして、多村先輩のモラルは疑う。
下手なその辺のヤンキーより、同業者のモラルのほうが余裕で欠けていることに気付いた私であった。
「というか、結局なんの用で私は呼び出されたんですか」
「ああ」
話が二転三転して、中々本題に辿り着けない。こういうのを不毛な時間というのだ。
「実は、ちょっと付き合ってほしいんだ」
「………………………………」
つまり?
「スイーツバイキングにでも行きたいんですか」
「いや、違う。ちょっと、ふたりきりでは会いたくない奴がいてな」
だから私に同行してほしい、というわけか。ほんの少しだけ期待したが、期待は裏切られるのが世の常である。今までの業務でもさんざん裏切られてきたのに、今さら自分の期待を信じられない。
「はあ、分かりました。というか、私に拒否権はあるんですか」
「親が死んだとかなら、仕方ないかもな」
「そのレベルですか」
もはや人権が認められていないんじゃないかと疑いたくなるが、そういえば公務員にそんなものは存在しなかった。まあ、普段よりかは多少気が楽だけれど。
警察って、上下関係が体育会系なんだよなあ。
「で、どこ行くんですか」
「着いてからのお楽しみだ」
不安しかないデートだった。
「ねえ、多村先輩」
「なんだ?」
「嵌めましたね」
「別に嵌めてないぞ」
「ここに来るって事前に知らされていたら、私は親を殺していました」
「殺人事件を防げてよかった」
多村先輩は、ここに来るまでにひとつも嘘をついていない。だからこそ、悪質なのだけれど。
先輩の、『ふたりきりでは会いたくない奴』とは、すなわち――
「あら、多村先輩と……………………、ふたりとも、お久しぶりです」
退官した元刑事こと、芹梨澄美である。
「あなたのお名前は?」
「……………………静木です」
「ふうん」
相変わらず、気味の悪い人間だ。
彼女を人間と評していいのかどうかすら曖昧だ。先輩は『人間かもしれない』と言っていたけれど、私の脳は目の前のヒトを人間であると認識できていない。
そのレベルだった。
「それで、いったいなんの用ですか? 私、暇じゃないんですけど」
どうやら、芹梨はほんの少し気分を害しているようだった。無職のくせに『暇じゃない』というのは働いている人間にあまりにも失礼だと思うのだけれど、そんなことはどうでもいい。
それにしても、本当にどうして多村先輩はわざわざこんな奴に会いにきたのだろう?
先輩は芹梨の問いに、とくに出し惜しみすることなく答えた。
「ちょっと、様子を見にきたんだ」
様子? 誰の? 芹梨の?
「え、私のですか?」
思考が芹梨と被っていたことにショックを受けたが、そうとしか考えられなかった。
ただの情報不足である。
「いや、お前のじゃねぇよ。英愛くんの様子を見にきたんだ」
「え?」
私に足りなかった情報――疚田英愛くんは現在、芹梨澄美と一緒にいるのだ。
「久しぶりだな。喋れるようになってよかった」
「ははは………………」
先輩の声かけに、英愛くんはとても気まずそうな顔をしていた。三週間前の事情聴取にて、彼は喋れなかったのではなく喋っていなかっただけなのだろう。
それにしても、意外だ。
芹梨澄美と一緒にいることを選ぶ――そんな人間が実在するだなんて。
「約束したんですよ」
「え」
私の内心を読み取ってか、芹梨が私の驚愕に応じて説明をしはじめた。蛇足だと教えてあげることはしなかった。
「私は、彼を幸せにするんです」
「…………………………」
あっちも細かいことはなにも教えてくれなかったので、お互い様である。
というか、幸せにするってなに?
「次の話で分かるんじゃないですか?」
「次の話ってなんですか?」
私の質問をガン無視し、芹梨は言った。
「それにしても、静木さんはおかしいですね」
「え?」
ほぼ初対面に近しい人間に対してそんなことが言えるその図太い神経に今とても驚いている。
図太い無神経、というべきだったか。
「どうしてですか?」
とりあえず、平静を装って理由を尋ねる。
すると、返ってきた答えを帰らせたくなった。
「こないだ協力を頼まれた時も思っていましたけど…………、公務員が女装って、おかしいですね」
「………………………………」
今回は、素直に感心した。
今までの仕事で、私の性別に気付いた人間はひとりもいなかったからだ。
というのも、私の活動服は一昨年に廃止されたはずのスカートタイプなのだ。もちろん許可は取っていないが、その分活躍しているので許されている――言いかたを変えれば黙認か。一応、外では上になにかを羽織ったりしているのだけれど。
化粧だってしているし、髪も伸ばしている。小柄で骨格も若干中性的なので、外見から性別がバレることなんて今まで一度もなかったのに。少しだけ悔しい気持ちになった。
「おかしい、ですか?」
「ええ。おかしくって、素敵です」
素敵であろうがおかしいことに変わりはない。やはり無神経だなあ、と思った。




